小学校/総合/ボランティア/ブラインド・ウオーク 制作・実践:三村 弘
’99.1.20
NO.32
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ボランティアの授業〜ブラインド・ウォーク |
1.はじめに
これまでのことを想起するに、「福祉」というものに真正面から取り組んだ授業実践があったかどうか、自戒を含めて首をかしげてしまう。
「福祉の心」とか「福祉の教育」は以前からもその必要性を取り上げられてはいたが、文部省指定とか教育委員会からの委嘱の要請がなければ、研究校として特別熱心に取り組むといったことはなかったように思われる。しかし、昨今、「福祉の教育」は、今日的な教育課題として再び浮上し、注目を浴びている。
新指導要領においても、「環境教育」「情報教育」「国際理解」などと並んで、21世紀の重要な教育テーマとして小学校段階から「総合的学習」の中で取り扱うべきだという提言が強く打ち出されている。
これまでも、人間の生き方において最前線に「福祉」というものが位置付けられてはいたが、今こそ積極的に授業レベルで「福祉の教育」に取り組んでいかねばならないと実感しているところである。
2.「福祉」(ボランティア)をどんどん授業化する!
ボランティアの学習については、生活科や社会科・国語科などで「安全なくらし」「社会のしくみ」「手と心で読む」というような単元や教材で、わずかながらふれるだけにとどまり、福祉(ボランティア)が大きくクローズアップされるようなことはなかったと言える。
もちろん、特別活動などの領域で、福祉施設の慰問や地域清掃という形でボランティア活動を教育活動の一つとして位置付けてきた経緯はある。だが、積極的に福祉(ボランティア)を授業化する試みは、やっと始まりかけた段階にあると言っていい。
ある意味において福祉というのは、学校教育において重要であるにもかかわらず、どの教科・領域においても欠落してきた部分であったとも思われる。
だからこそ今、このボランティア教育は、重要な教育活動の一つとしてクローズアップされるべきなのである。
ところで、「福祉」というが、その語意は「さいわい・しあわせ・幸福」である。「福祉教育」といった場合、小学校においては何をどう学ぶべきかが、まず吟味・検討されなくてはならない。
広義に解釈すれば、「人としての思いやりの心・人をいたわる心」の教育と言うことができるだろうが、実際に授業化するとなるとあまりに幅広く、学校教育の中に位置付けられる「人間教育」であると考えれば捕らえ所のない大きなテーマとなり、一時間の授業では、ねらいすらぼやけてしまう。
そこで、ここでは「福祉(ボランティア)の授業」というものを、一つの窓口から覗いていくことで、学ぶべきものは何かを思索していきたい。よって、窓口を「身体の不自由な人」に関する福祉というところに焦点を当てて、そこからボランティアとは何ぞやということを探る糸口にしていきたいと考える。
3.授業で取り扱うのは、これだ!
現行の指導要領(’01.1現在)で言えば、この「福祉」という指導の部分は、「主として他人との関わりに関すること」の中の「思いやり・親切」「友情・信頼・助け合い」という価値項目にあたるだろう。
しかし、この価値項目は、一般の私達の生活している言わば何不自由ない健康な人との関わりの中での「思いやり」と言える。身体の不自由な人に対する「思いやり・親切・助け合い」というのは、意を異にするのである。単なる同情や憐を抱いたり、私達と違う世界にいる人と考えたのでは、それは、本来のボランティアから遠ざかってしまう。
子供は、「身体の不自由な人」を「私達とはあまり関係のない人・特別な人」と見ている。また、その人たちが私達と同じ状況の中で同じように生きようとしている、生きているという事実や、そのように暮らせる社会が現実に作られているのだということを全く知らないでいる子も少なくないのである。一部を除き、そのような無関心の風潮が、今、子供たちを包んでいる。
だからこそ、「身体の不自由な人」に焦点を当てたボランティアの授業を学校教育の中に組み込み、子供に考えさせ、自分自身を見つめ直し、人としてどう生きるべきかを問うていくことは、極めて大事なことである。
そうすることによって、子供の視野を広げ、単に「やさしくしてあげる」「助けてあげるのがよいこと」という「理解」の価値から、実践に結び付く「同じ人間として当り前のこと」というもっと高い価値へと自然にそして緩やかに引き上げていかねばならないのではないかと感じている。
4.授業の実際(授業記録から)〜対象学年 3年生
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(ねらい)アイマスクをして歩行し、目の不自由な人の心情の理解を深めるとともに、介助の大切さとその方法に気付く。
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子供たちは「えっー。」と言いながらも期待と不安の表情を見せている。
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説明を続ける。
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ここで「介助」という言葉を押さえておく。ノートにもきちんと書かせる。
こういう言葉は、何気無く素通りさせずに授業の中できちんと教えていく必要があると思う。
次にコースの説明をする。
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子供たちからは「えー。できるかなぁ。」「こわそう。」「先生。階段危なくない?」という声。
にっこり笑いながら、
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以上教師の説明が長くなったが、これ以上のことはいっさい口にしなかった。
必要以上に教師が話すと、介助の仕方を子供たちが自ら気付くと言った点から浅いものになるし、アイマスクをした時の心理状態を予想すると、話したことも理解の許容範囲をこえてしまうからと判断したからである。
それでも、3年生という発達段階と安全第一を念頭におくと、この5つは最低守るべきこととして指示する必要があると考えた。
とりあえず、実際体験である。
アイマスクをして、いよいよスタートさせることにする。
それぞれ慎重に心許無くスタートする。
教師は、特に下り階段の安全を重視し、程良くスタートしたところで先回りして、そこのポイントに付くことにする。
できるなら、TT方式を取り指導にあたると、よりつぶさに観察でき安全も保障してあげられることだろう。
なるべく必要以上の言葉掛けはせず、目隠しの子の歩行状態や介助している子の様子を観察チェックする。
ゴールすると、今度は立場を交替し、再び同じコースの歩行を試みさせる。
全員に体験させなくては意味がない。
子供等の表情を見ていると、予想以上に慎重で、身体もこわばっているように見える。
不安で恐くてたまらないのだ。
いつも歩き慣れているはずの廊下なのに・・・・。
介助している子も、どういう声掛けをしたらいいのか、おどおどしながらも、手取り足取り誘導していた。
まさに、真剣さながらである。
事前は、教師側でも少々不安はあったが、無事全員ゴールすることができた。
活動終了後、本時の授業感想文を書かせた。
いくつか紹介する。
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体験活動はこれ程までに、子供の心に押し迫って感じさせるものなのである。
授業の最後に「目の不自由な人は、白い杖一本を使ってね、介助の人もいないで一人で街の中を歩いているんですよ。もちろん、車の通るあの道路をね・・・。」と言うと、子供たちからは、「すげー。」「こわいよー。」「・・・・・。」様々なつぶやきが聞こえてきた。