’00.1.21

                                         NO.95

  新しい道徳の授業を創る
  
〜イソップ物語で討論〜

                        

1 主題名 「お互い歩み寄って」

 

2 指導にあたって

 今回扱った資料は,副読本にも掲載されている読み物資料である。

 「道徳用」に創作された読み物資料には,いかにも教材的で,どことなく恣意的な価値の押しつけが感じられることがある。

しかし,このイソップ物語は,もともと有名な寓話であり,何気無く過ごしている人間の愚かさを自然な形で風刺しているという点で趣がある。

そういった教訓を内在させているだけに,扱い方によってはおもしろい資料に成り得ると考えた。

また,子供から大人まで親しまれてきたように,万人に分かり易く内容把握も容易である。

 今回はこれを使って,討論を盛り込んだ授業展開を試みた。

 原実践の佐藤陽一氏の修正追試という形になるが,ポイントは単に討論の授業で終わらせないというところである。

 終末で自分を第三者として見立て、視点を変えて再度考えてみる発問を用意する。

実施学年は6年生である。

内容的には,どの学年でも追試可能であると思われる。

 

3 授業の流れ

まず以下の話を範読する。

また,範読しながら短時間で容易に内容把握させるために絵図を同時に板書していく。

 子供らには,ノートに絵図を写しながら聞くように指示する。

 子供へは,資料プリントは配布していない。


 あるとき,漁師が川上で漁をしていました。
 漁師は,川の中に両岸からあみを張り渡し,あさひもに結び付けた石で水の上を打ちます。
 こうすると,魚が驚いて逃げ出し,あみにかかるのです。
 ところが,これを見ていた川下の人が,「そんなことをすれば,川の水がにごってしまうではありません
  か。わたしたちは,きれいな水が飲めなくて困りますよ。」
と言って,漁師をとがめました。すると漁師は,「でも,こうして川の水を打たなければ,魚がとれないので,わたしたちは,生きてはいけないのです。」
と言いました。
 

資料の読み返しはしない。一回きりの範読である。

範読を終える頃には,子供がノートに書き終えるようにする。絵図を示す。

(ここでは省略)

 

 範読後の問いである。

発問1

 

あなたは,「漁師」と「川下の人」のどちらに賛成しますか。
賛成するほうの名前をノートに書き,その訳も簡単に書きなさい。
 

 全員書き終えたところで、次の指示。

指示1

 

黒板の絵のどちら側に自分は賛成なのか,ネームプレートを貼りなさい。
 

ネームプレートを貼らせるとその子なりのとらえ方、考え方に微妙な違いが見える。

それぞれの考えが視覚的に捉えられ,どの程度賛成か分かる。

とりあえず大きく2つに束ねてみる。

指示2

 

「漁師」に賛成の人,手を挙げなさい。(7人)その人は,ノートを持って教室の廊下側に移動しなさい。
「川下の人」に賛成の人・・・(26人)は,窓側の方に移動してどこでもいいから座りなさい。
 

ネームプレートも貼らせているので,あえて席移動する必要もないのだが,

意見が途切れたら自由に同じ仲間と相談できることと,討論に向けてのグループ意識を高めるために,

そのような場作りをしてみた。

 

 態勢も整ったところで討論に入る。


    「漁師」・・・・7人 ,「川下」・・・・26人
 

 

指示3

 

討論をします。
「漁師」側に賛成の人から意見を述べてもらい,そのあと「川下」側に賛成の人が意見を述べたならば,討論に入っていきなさい。
 

 以下のような話し合いが続いた。


(漁)川下の人は,川の水が濁って水が飲めなくなると言っていたけれど,漁師は魚が取れなくなったら生きていけなくなるのだから,漁師のやっていることは仕方ない。
(漁)生きていけないのが一番大変。川下は水が汚くなるだけ。漁師は命に関わると言っている。
(漁)水は他の川でも飲める。でも魚はここしかいないのだから。
(川)魚ではなく,他のものを取ればいいし野菜など作ればいい。
(川)水の方が魚より,生きていくのに絶対必要だから。
(川)いくら漁師が魚を取れなくなると言っても,水が濁ってきれいな水を飲めなくなるほうが大変だと思う。
(川)漁師がその方法を止めれば水が濁らなくていいし,別の場所で取ればいいのではないか。
(川)魚は人のいないところで取ればいい。
(川)自分がこの人だったら,水が汚くなるのは嫌だし,漁師一人のせいで他の人にも迷惑がかかるかもしれないから。
(漁)でも魚を取らなくては生きてはいけない。魚には限りがあるし,この方法だから一度に何匹も取れるのです。
(漁)それに,水だったら汲んでおいてためておくこともできるでしょ。
(川)川下の人にとってだって,水は命の源です。きれいな水を飲むためには汲みおき水だとダメだ。
(漁)それは贅沢!飲めるだけでもいい。魚は取れなければもうおしまい。
(川)魚より水優先ではないですか。
(川)付け足しですが,水を汚すと魚だって住めなくなるしどっちにしてもよくないのでは。
 

まだ,討論は続きそうであったが,ここで打ち切った。

自分の考えが変わった子供には,自由にネームプレートを移動させその変容を見た。

 

 さて,このまま討論を続けてもいいのだが,ここで,自分たちの話し合いを客観的に振り返らせることにした。

 実は,ここがこの授業のポイントである。

発問2

 

それぞれの立場を忘れてください。
今からあなたがたは,裁判官になります。「漁師」「川下の人」の
二人の言い分を聞いて,この二人にどんな判決を下しますか。
ノートに書きなさい。
 

 3分後,自由発言で発表させ,授業を終えた。

 出された主な判決を以下に記す。


・漁師・・・(有罪)川下の人の話を聞き,魚の取り方を考え直すこと。
 川下・・・(無罪)しかし漁師の人とよく話し合い,その考えを少し聞き入れること。
・川下の人は漁師に何か協力するべし。
・川下の人が川上に移動するか,漁師が川下に移動する。
・漁師は方法を変えるべし。
・しばらくの間,どちらにも川を使わせません。お互い考えてみなさい。
・自分だけよければいいという考えは罪とする。
 生活場所を変えてみたり,交替で魚取りや水飲みをするなど工夫すること。
・時間制の導入。魚取りの時間と水組の時間を決めること。
・「一緒に住む」の判決。いっしょに住めば魚も水も協力して取れる。これでどちらも生きられるのだ!
 

 

4 おわりに

 活発に発言されていると思われる討論などでは,ややもすると,時間を経てもなお平行線のまま終了ということも往々にしてある。

 熱気を帯びて考えを戦わせたり,論破しあうことは結構なことであるし理想的な授業の型の一つである。

 しかし,それのみに精力が費やされることなく,この時間で自分の心がどのように揺れ動き,どの程度高い価値へと引き上げられたか第三者的立場で自己を見つめてみるといったことも忘れてはならないだろう。

 客観的に視点を変えて、見つめてみるといったことも実は大事なことである。

 そういう意味で,終末の発問は効果的な手法の一つであるように思われた。


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