´00.1.17

あいさつ「おはよう」の指導
〜音声言語指導とからめて

                            

1.はじめに

学校は,公的な集団生活の場である。

そこでの生活は,朝の「おはようございます。」から始まり,下校時の「さようなら。」のあいさつで子供は一日を終える。

 ところで,このようなあいさつは,人間が日常生活を営む上で最小限の生活規範であり,最も身近で簡単なコミュニケーションである。

 あいさつがきちんとできない子は,基礎的なコミュニケーションの素地が身についていない子である場合が少なくない。

たとえば,「おはようございます。」のあいさつ。

笑顔ではきはき言える子,表情も暗く口の中でもごもご言っているような子,・・・。

 それら全て,その子供の個性だからと容認していいだろうか。

私はそうは思わない。

持って生まれた気質や家庭環境で形成されてきた人格によるところも無い訳ではないが,

病的な場合は別としてこれは誰もが身につけるべき基本的な生活習慣だからである。

家庭や学校で,取り立てて,あいさつを当然の躾として教えられてこなかったり,

然るべき指導を受けてこなかった子供は,学年が上がるほど改善するのが困難になって来る。

声を出すことに何かしらの抵抗感を抱いているとしたら,早めに何らかの指導を講じて

それを取り除いてやる措置を施してやるべきである。

 こういう当たり前にできねばならないことを傍観したり放置しておくのは,子供にとって不幸なことなのである。

 それでは,具体的にどんな指導が望まれるのであろうか。

 ただ単に「元気よくあいさつしましょう。」などの毎日の声掛け指導で子供がきちんとできるようになるかというと,そうでもない。

子供らが「声を出すのは楽しい」「あいさつするのは気持ちいい」と感じていないのであれば,

糠に釘の如くその場限りのものになってしまうのである。

 まず差し当たって,ここでは,音声言語指導とからめた視点から「声を出すのは楽しい」と感じさせる指導を考えてみることにする。

 そこでポイントになるのは,以下の二点である。

・声を出すことに慣れさせる。
・場に応じた声量や工夫を意識付ける。

 ここで紹介するのは,「おはよう」という言葉だけを取り上げ,局面を限定し個別評定していく指導事例である。

「局面限定」「個別評定」「変化のある繰り返し」の3つの原理原則に支えられた有名な実践と言えば,

向山氏の「雨?雨!雨!?雨・・・。雨。」である。

この「雨」を「おはよう」に置き換えて実践したのは,木村重夫氏である。

したがって,以下に記すのは,木村氏の追試ということになる。

対象は六年生,20分の授業として行った。

 

2.授業の流れ

 

 黙って板書する。

    おはよう。

 板書後,次のように言う。

指示1 朝,教室の戸を開けたら,友達がいました。そのときの「おはよう。」を言ってみて下さい。一人ずつやってもらいます。
10点満点の2点で合格です。先生が審査します。

列指名で言わせる。そしてテンポよく個別評定していく。

とりあえず元気に言えれば合格とした 。

 一度目に合格しなかった子供にはもう一度チャレンジさせた。

 必ず全員合格させるようにするのがポイントである。

 「うまいぞ。それでいいんだよ。」という声掛けを忘れないことだ。

 続いて2つ目を板書。

  おはよう!

 

指示2 とってもうれしいことがあった朝のあいさつです。
言ってみてください。

 これも同様に,局面を限定し一人ずつ言わせる。個別評定もテンポよく

「7点。もっと明るく。」「おしい。もっとうれしそうに。8点。」「よし。笑顔が見えた。10点。」・・・

というように短いコメントを入れながら全員を合格させていく。

 3つ目の板書。    

おはよう・・・

 

指示3  今度は,とっても悲しいことがあった朝のあいさつです。
     やってみましょう。

このあたりから,子供たちも少しずつ集中してくる。

どう言おうかなと考えている様子があちらこちらに見られる。

 普段あまり元気のないように見える子供が小さい声でぽつりと言う。

「うまい!いきなり合格。」ここで周囲から拍手。

次々と自分なりの言い方を工夫するようになる。

うつむいて言う子,悲しそうな表情の子,肩をがっくりさせて言う子,・・・

人と違う表現力を見せた子供への個別評定は,「誰もやっていないので,文句なし10点!」である。

 ここまでは,以下の観点で評定する。

・人に聞きとれる声量であること。
・表情があること。
・人と違う工夫があること。
・一生懸命なこと。
・恥ずかしがらないこと。

 ここで少し,変化を入れる。

 4つ目の状況設定である。

  おはよう?

 

指示4 お昼を過ぎた午後のことでした。あなたが廊下を歩いていたら,「おはよう」と人にあいさつされました。そのときにあなたはどう言いますか。

これも同様に言わせてみる。

ここでは,点数だけをテンポよく言っていく。

あえてコメントを入れない。子供自身に自らの気づきをさせるためである。

「6点。」「3点。」「7点。」「5点。」「2点。」・・・というように。

すると,「10点。合格!」という子供が現れた。

それをきっかけに,次々と合格者が現れる。

合格するには,どのように言えばいいのか子供たちは気づいていった。

「?」の疑問型であるから,語尾を上げなければならないのだ。

野口氏の言葉を借りれば「昇調」の読み方・言い方にならなくてはいけないの である。

 

 全員合格の後,「声量(声の大きさ)」にポイントを置いた状況表現に移る。

 5つ目の板書。 

  おはよう!

 

指示5 体育館へ入ったら,ステージの上に友達がいます。その友達へのあいさつです。どうぞ。

1回目の合格者は,5人。さすがに予想通り少なかった。

女子は恥ずかしさとためらいがあってかほとんど1回目は不合格。

他の男子も状況のイメージ不足で不合格であった。

「体育館は広いんだぞ。」と言って,2回目。

1回目に比べてどの子も意識して声を出すようになった。

合格すると実にうれしそう。3回目,4回目で全員合格。

特に手を上げて遠くの友達に手を振りながら「おはよー!」と言った子には,

「いやあ。実にすばらしい。君の声は確実に届いてる。12点!」と評価。

このアクションには,思わず周囲から笑いと拍手喝采であった。

 盛り上がってきたところで,6つ目の板書。

   おはよう!!

 

指示6  みなさん。いい声出てきたぞ。もう一息だ。
グランドのはじで遊んでいる友達に朝のあいさつです。100メートル位離れているよ。
さあ,あなたの声が届けよう。やってみよう。

 ここまで,まさに変化のある繰り返しである。

 この原則はどの子も熱中する。飽きさせないのだ。

 知らず知らずテンポよい流れの中で一生懸命になるのだ。

両手を口にあてて叫ぶ子,両手を掲げて大振りにし声を出す子,立ち上がって小躍りする子,・・・

始めとは違った生き生きした表現も見られるようになる。

 大いに褒めて,ボーナス点を与えた。

 他の子供も一生懸命である。

 何とか大きな声を出そうと必死になる。

いつもか細い声であいさつする子もこのときの声は,普段より出ているのだ。

こういうところを見逃さずに「いつもの10倍以上のすてきな声だ!合格。」と言って褒めた。

 他の子と比べれば,声の大きさは足りないだろう。

 しかし,自分もみんなの前でこんなに声が出せたと言う事実は,まさに「10点満点」に相当するのだ。

 こういう「できた」という事実こそ,子供の心に大きな変化をもたらすものだと思う。

 ここまで一通りできたところで,最後の「詰め」である。

指示7 では,ここまでの復習です。今までのあいさつを全部やります。全員で一斉にやってみましょう。さん,はい。

「おはよう。」「おはよう!」「おはよう・・・」「おはよう?」「おはよう!」「おはよう!!」

 教室中が「おはよう」の合唱になる。

 こうなったら,後は教師の褒め言葉でいい。

「すばらしい!とってもうまくなった。

6年3組は,あいさつの声が全校一のクラスだ。先生の自慢がまたひとつ増えたよ。」

 子供たちの顔は実に満足げである。

 最後におまけである。

指示8 みんな上手だったんだけれど,その中でも特に(   )君はとってもよかった。演技の才能がある。最後に(   )君へ先生のリクエスト。

 

朝,教室に入ったら「好きな女の子」が一人でいました。(ええーっ。)ひそかにあこがれている子です。その子に向かってあいさつします。教室に入るところから実際にやってみてください。
先生が「あこがれの人」になります。(うえーっ。)どうぞ。

最初は渋っていたが,演技に入ると乗ってきた。

戸を開けると,はにかみながら「お・は・よっ。」ついに教室は爆笑の嵐。

楽しかったね。声を出すって気持ちのよいものなんだよ。
明朝のみなさんのあいさつ,とても楽しみにしていますからね。

 こう言って,授業を終えた。

 

次の朝,子供たちの明るく元気なあいさつの声が聞くことができたときは,

思わず「効き目があったかな。」と少なからずほくそ笑んでしまった。


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