’98.11.4
NO.20
|
楽しい作文の指導Ⅰ |
1.はじめに
「では、作文を書きましょう。」と教師が言うと、子供たちは口に出さずとも、ほとんどの場合、意欲的に喜んで取り組んでいるようには見えない。何故か。作文が嫌いだからである。作文を書くことが苦痛だからである。「作文は楽しい。」ということを知らないからである。
もちろんこの他にも、表記の仕方、直接体験や感動体験の乏しさ、想像力の不足など要因としてあるだろう。
こう書くと、まるで子供たちに原因があるように聞こえるが、この現象は、間違いなく教師の「指導がなされてこなかった」現象に他ならない。
「こういう書き方をすれば、書くことが楽しくなるよ。」ということを、きちんと教えられずにきているからだと考える。
学校行事等の事後に、教師の用意した原稿用紙を配り、ただ「さあ、〜について書いてごらん。」と指示するだけだったのではないだろうか。
これでは、表現力はもとい、作文力など全く付くはずがない。
考えてみるに、教科書教材の延長のような、建前優先のような堅苦しい生活作文を子供たちは嫌う。
ならば、遊び感覚とユーモア感覚を子供の心の中に揺り動かしてやれば、作文もおっくうがらずに、楽しく書けるようになるはずである。
ここでは、「書く」ことをおっくうがらず、意欲的に「文を作るのは楽しい。」と感じさせる実践を紹介する。
言うなれば、形式や内容にこだわらず、子供の遊び心を刺激させ、作文の学習に興味を持たせる指導の入門と考えていただきたい。
この実践では、以下のことに重点を置いて指導する。
|
|
教材は、松岡享子 作の〈さかさ話〉「あくびがでるほどおもしろい話」である。『からすからす』(ことばと文学の会編集)〜「国語教育別冊NO.11」より、菅原・太田両氏の修正追試である。
|
|
|
|
対象学年は3年生で行ったが、どの学年でも追試可能と思える。
2.授業の流れ
印刷した教材文を裏にして配る。指示があるまで開かせない。
好奇心をそそる教材との出合いを演出するためである。
全員手元に配られたのを確かめてから、
|
|
高学年なら、この指示だけで黙読する。低学年なら、教師の方で範読すればよい。
自然と、くすくす笑い声が起こる。低学年であれば、読み終える頃には、教室が明るい笑い声であふれるに違いない。
Aを全部読んだ後に聞く。
|
|
※会話文には「。」が付いていないので、時間がかかるようであれば、「文の終わりについている『。』の数を数えてごらん。」と指示すればよい。子供たちは比較的容易に「9つ」と見つけることができる。
|
|
全員口を揃えて「まともじゃないよ!」と答える。
|
|
作業後、発表させる。
ほとんどの子が、
|
|
この文は「いいと思う。」と答えた。これ以外は、みな「だめだ。」と言うのである。
|
|
1つ1つの文の検討を全員でする。口々に「ああだ。こうだ。」と、おかしいところを、面白がって指摘するのである。
ほとんどの子が、適切におかしな点を指摘できている。
なお、意味の分からない言葉は、辞書を引きながら確かめていくようにする。
検討後、
|
|
子供たちは、悩みながらもどことなく楽しんで思考している。
5分後、数人に尋ねる。
|
|
特に正解がないわけであるから、内容を掴んでそれなりに書けた子供を大いに誉めることにする。
次にBの文を範読する。
|
|
「まともです。」と子供たち。
そこで次のように指示する。
|
|
この「めちゃくちゃに」の指示で、子供たちはうきうきしながら、意欲的に喜んで取り組むのである。
書きながらにやにやしたり、すぐに笑い声も聞こえてくる。
ここでは、子供の作品紹介を省くが、5分位すると、結構面白い作品も出来上がる。おかしい文も続出して、発表の度に、笑い声で教室も湧く。
|
|
と言って、授業を終えた。
早速、次の日「さかさ日記」を書いてきた子がいた。
3.おわりに
この学習で、子供たちは、めちゃくちゃでデタラメな文を書くのも、実は難しいということに気付くのである。
何故なら、内容を理解し面白くしようとするならば、主述の関係に気を付け、助詞や語尾にまで気を配って書かなくてはならないのだから・・・。