´99.11.18
NO.88
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説明文の指導 Ⅱ |
1.はじめに
「説明文」とは何か。このことの定義については,前回のレポートで述べた。こうである。
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そして,指導の内容については,次の2点を挙げた。
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しかしながら,自己の授業実践を振り返ってみるに,
この2点を強く意識して授業されてきたか,否である。
この2点を子供に付けるべき力として意識して授業されてきたか,否である。
子供に上の2点による力が付いた授業ができたか,否である。
当然のことながら,ちょっとやそこらで上に述べたような授業ができるかと問われたら,答えはNOである。
「文章構造を見抜く指導法」などの小手先の技術のみ目が奪われ,肝腎の読み取りの力,論理的思考力,書く力を付けることができぬのなら,それは指導法を本質的に理解しているとは言えないのである。
このことを痛感させられた教材と授業がある。
ここでは,それを紹介したい。
2.指導にあたって
教材文は,光村6年上に載っている説明文『ガラパゴスの自然と生物』である。
この教材文の後に,『人類はほろびるか』という長文の説明文の教材文が用意されている。
この2つの教材を扱う単元名が,教科書では「筆者の考えをとらえて」となっている。
そこで,この『ガラパゴスの自然と生物』の指導を次時の説明文教材のウオーミングアップとして軽く扱ったところに自分の非力さと大きな誤りがあったのである。
教材を見抜く力が自分には無かったということである。
実は,この教材は,説明文教材としては適材である。
市毛氏(早稲田大教育学部教授)は,「教室ツーウェイ」(明治図書)NO.200のP44「これからの国語教育」で次のように述べている。
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さらに続けて氏は,「受信型」から「発信型」の教材文の必要性を強調している。
その説明文授業の教材文の条件として以下の3点を挙げている。
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この3点の条件が備わっていれば,文章構成の学習が分かりやすくなるという訳だ。
たしかに,この『ガラパゴスの自然と生物』はこの3点を満たしており,その点で,これこそ説明文授業にふさわしい教材と言える。
そこのところを充分見極めていなかった自分の未熟さが,内容の貧しい授業展開になっていたのである。
この教材文については,大森修氏も同様に,「形式段落が意味段落になっていて,見開きのすっきり短くまとめられた優れた教材」と述べていた。
私の授業は,おおよそ次の流れで1単位時間で行われた。
3.授業実践例
【三村の授業〜A例】
まず始めに,大型の世界地図を提示し,ガラパゴス諸島はどこにあるのか確かめ合った。
その後,教材の範読,新出漢字のルビふり,形式段落の確認を行った。
その後の指示と発問である。
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今思うに,この授業は何と稚拙なのであろう。
子供の思考など全くと言っていいほど,揺さぶられることのないつまらない授業である。恥ずかしい限りである。
そこで,去る平成11年11月13日本荘市で行われた大森修講座での模擬授業を参考に,再構築してみることにした。
以下の展開である。
【大森修氏の追試〜B例】
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にルビをふり,そして段落番号を付けながら聞きなさい。 うまで唇読みしていなさい。 この後,次のように問いかける。 ゃい。 より,ほとんど環境のことを書いていると言えますね。 いる言葉を本文から探しなさい。 き方そのものなのです。
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4.おわりに
【A例】と【B例】のどちらが,説明文の指導内容を的確に位置付けた授業か一目瞭然である。
大森氏は言う。
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実際に,自分も模擬授業を受けてみて,これは,ほとほとその通りだと実感したことである。
粗末に教材を扱ってはならない。常に言葉にこだわらせる。言葉に目を向けさせ,文章構成を見抜き,内容を読み取る。
そして,説明的文章を授業感想文として書かせ,気づきを促す。
すべてが意図的にちりばめられ,初めて説明文の指導となり得るのである。
心して教師としての力量を磨いて行かねばと思った次第である。