「時計じかけのオレンジ」
時計じかけのオレンジ 1971・英


製作:監督:脚本:
    スタンリー・キューブリック
原作:アンソニー・パージェス
撮影:ジョン・オルコット
音楽:ウォルター・カーロス

出演:マルコム・マクダウェル
    パトリック・マギー
    ウォーレン・クラーク
    アドリエンヌ・コリ
    ミリアム・カーン

物語

近未来のロンドンの町をアレックスを首領とする暴力少年達が行く。
橋の下でホームレスの老人をよってたかって、殴る、蹴る。郊外の廃墟となった劇場で別の少年達との大乱闘。棍棒、チェーン、ナイフが飛び交う。盗んだ車で深夜のロンドン市街を暴走する。

アレックスの4人組は郊外の住宅に侵入した。そこは初老の作家アレクサンダーの家だ。彼らは作家に猿轡をすると、目の前でその妻を殴りつけ強姦する。アレックス達はかってのミュージカル「雨に唄えば」を唄いながら、作家とその妻に乱暴ろうぜきの限りをつくす。

アレックスは有頂天だった。仲間でも気に入らなければ、いきなりナイフで刺したりする。そして、次の襲撃場所は猫好きな一人暮らしのブルジョワ夫人の家。「雨に唄えば」とともにアレックスは夫人を殺害してしまった。警察の襲撃。仲間は逃げ、アレックスは逮捕され刑務所送り。

そして2年たったある日、内務大臣が視察にやって来た。それがきっかけで、新開発の人格矯正法「ルドヴィコ療法」の実験材料にアレックスが選ばれ病院へ引き渡された。

その療法とは、暴力や性に対し完全に無力な人格を植え付けるというもの。アレックスは注射を打たれ、体はがんじがらめに固定された。そして、眼球が飛び出さんばかりにクリップで目蓋をこじあけられ、見せられた映像は膨大な残虐描写フィルム。BGMはアレックスの愛したベートーベンの第九。アレックスは目を閉じられない。

実験は成功し羊のようにおとなしくなったアレックスが家に帰ると、両親の冷たい仕打ち。家を出たアレックスが歩いていると、かって痛めつけたホームレスの老人が仲間を集めて襲ってきた。

又、かっての仲間達は今では警官になっていて、アレックスを半殺しの目にあわせた。アレックスは今では暴力恐怖になっており、反撃することもできないのだ。
半死半生の体でやっとたどり着いた家は皮肉にも作家アレクサンダーの家だった。あの事件で妻は死に、彼は車椅子の身になっていた。アレクサンダーは親切に介抱し、風呂に入れてやった。やっと落ち着いたアレックスは「雨に唄えば」を唄いだす。アレクサンダーはそれを聞いて、真相を悟る。この男だ。

反体制の作家アレクサンダーは「ルドヴィコ療法」の記事は新聞で知っていた。その実験の男が、自分たちを不幸のどん底へ突き落とした犯人だったとは!政府攻撃と自らの復讐に燃えるアレクサンダー。
二階にアレックスを閉じ込め、ベートーベンの第九を大音響で聞かせる。アレックスは苦痛に耐え切れず窓を突き破って飛び降りた。・・・・・・・

この事件で窮地に立った政府は、マスコミ攻撃をかわすため、手を打った。アレックスを人格矯正以前の人格に戻す治療を施したのだ。
大音響で流れるベートーベンの第九に陶酔し、不敵な笑みを浮かべるアレックス。「これで俺は逆戻り!!」

映画館主から

一作ごとに問題作を発表するキューブリックですが、この映画も何とも奇妙な話です。近未来の少年達の生態は暴力的で自己中心的、まるで昨今の十代の世界の傾向を予見しているようでもあります。

ベートーベンの第九やミュージカル「雨に唄えば」などの曲が実に効果的に使われ、我々観客も、いつしか暴力場面に陶酔感さえ感じます。つまり、我々も暴力の共犯にされてしまいます。
又、政府が開発した人格矯正法なるものも、精神的な暴力であり、作家の復讐もまさに暴力なのです。いいか悪いかは別にして、この映画は暴力のかたまりです。ブラックユーモアの形で問いかけ、あとは何とでも解釈してくれと言わんばかり。

マルコム・マクダウェルのアレックスは不敵な面構えが実に魅力的。適役です。又、作家を演じたパトリック・マギーのオーバーな演技、特にアレックスの「雨に唄えば」を聞き、真相を知った時の表情は深く脳裏に焼き付いています。

全体にテンポ良く、切れ味のいい映像美を満喫させてくれます。作家の家のチャイムがベートーベンの「運命」の出だしのメロディになっていたのは笑えました。
キューブリックの作風の幅は広く、犯罪アクション「現金に体を張れ」、歴史劇「スパルタカス」、風刺劇「博士の異常な愛情」、性心理劇「ロリータ」、SF[2001年宇宙の旅」、オカルト「シャイニング」・・・と、どれをとってもそのジャンルで一級の映画というのは、稀有の作家と言わざるを得ません。

  参考文献:「ザ・スタンリー・キューブリック」 キネマ旬報社

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