「博士の異常な愛情」
博士の異常な愛情/ 
または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか
     1964・英=米
博士の異常な愛情

監督:脚本:
    スタンリー・キューブリック
原作:ピーター・ジョージ
脚本:テリー・サザーン
撮影:ギルバート・ジョージ
美術:ケン・アダム
音楽:ローリー・ジョンソン

出演:ピーター・セラーズ
    ジョージ・C・スコット
    スターリング・ヘイドン
    キーナン・ウィン

   スリム・ピケンズ

ストレンジラブ博士のピーター・セラーズ

ペンタゴンの世界地図

ペンタゴンの会議室

人を喰ったポスター
物語

1年以上前から、ソ連が最終兵器を開発したとの不気味な噂が流れていた。その名も“皆殺し兵器” 製造基地は北極圏のジョロフ諸島にあるらしい。

ある日、米軍バーペルスン基地のジャック・D・リッパー将軍(スターリング・ヘイドン)は、偏執的な眼差しで命令を発した。「ただちにR作戦の実行に移れ」
電話を受けた英空軍大佐マンドレーク(ピーター・セラーズ)は、仰天した。「演習でなく、実戦ですね」 「そうだ」 リッパー将軍は答えた。
R作戦とは“敵を核攻撃せよ”とのことである。

敵の不意打ちを防ぐ為、アメリカ戦略空軍本部は昼夜を問わずB−52爆撃機を空に飛ばしている。各爆撃機とも50メガトンの核兵器を搭載していた。これらは第二次世界大戦中に使用された全爆薬、全砲弾の16倍の破壊力に相当する。

哨戒飛行中の34機のB−52のうちのコング少佐(スリム・ピケンズ)の機内。ブレイボーイ誌を広げて見る者、カードをしている隊員らの平和な空間に、唐突にその命令が届いた。  “R作戦実行命令”  「ウソだろ」「何かの間違いだ」隊員たちはうろたえたが、基地に確認すると、それは本当だった。

愛人の秘書と情事中のタージドソン将軍(ジョージ・C・スコット)にも“R作戦”の報が入る。

バーベルスン基地ではマンドレーク大佐がリッパー将軍を説得していた。
「あと20分で爆撃機はソ連領内に入ります。引き返す命令を出すべきでは・・・」 「そんな命令は出さん。戦争は政治家にゆだねてはならん。彼らにはそんな時間も素養もない。ここで手をこまねいて共産勢力、共産思想の侵入を見過ごすわけにはいかんのだ」 リッパー将軍は答えた。

米国防総省では、大統領(ピーター・セラーズ)が閣僚を集めていた。
「攻撃を命令できるのは私だけだと思っていたが・・・」 大統領が言うと、タージドソン将軍が言った。「確かにそのとおりです。これはリッパー将軍の越権行為です」 「その爆撃機は呼び戻せるのだろうね」「もう、その地点を越えています。目標に向かって進むしかありません」 タージドソン将軍は何故か嬉々として答えた。

タージドソンは続ける。「ソ連が逆上して報復する前に敵の全基地を叩くのです。それでも我々の核は相当余る。片や1億2000万人が死に、片や2000万人で済みます」
「私はヒトラーと張り合うつもりはない」大統領はホットラインでソ連の首相を呼び出した。
「ディミトリ、我々は良く間違いが起こることを話していたね。爆弾のことだよ。・・・それが起きたんだ。うちの基地の司令官が頭がおかしくなってね。・・・呼び戻しに失敗したら、あなたの方で撃墜して欲しいんだ」

コング少佐のB−52はミサイルの追撃をかろうじてかわしたが、その爆撃で機体が損傷を受けた。燃料が漏れ出していた。

ペンタゴンに呼ばれたソ連大使は言う。「ソ連側は核攻撃されれば自動的に核で反撃する装置を完成させている。アメリカも同様の装置を作ったとニューヨークタイムズに載っていた」
「私は知らん。博士!そんなものを作ったのか」 大統領が言うと、車椅子のドイツ人、ストレンジラブ博士(ピーター・セラーズ)は言ったのだ。「私の権限でメーカーに依頼しました。人間の感情に左右されないコンピュータ制御の“皆殺し装置”を」

ソ連大使は言う。「それが爆発すると大量の死の灰が生まれ、10ヶ月で地球は月のように死んでしまう。その放射能半減期は93年だ」

バーベルスン基地ではリッパー将軍が友軍からの攻撃を受けていた。そして全員が投降したと知るやあえなく自殺を遂げ、マンドレーク大佐だけが残った。
やがて友軍の一人が部屋に入って来た時、マンドレーク大佐はB−52呼び戻し暗号を解読できた。至急、大統領に知らさねばならない。部屋の電話は切断されていたので公衆電話へ急ぐ。銃を突きつけられながら大統領へ電話する。
小銭が足りない。兵に命ずる。「そこのコーラの販売機を撃て、銃はそのためにあるんだろ」兵が販売機を撃つとコインがあふれ出た。「呼び戻し暗号は“O・P・E”です・・・」

B−52の編隊は大半が呼び戻しに応じ、3機はソ連によって撃墜された。
しかし、コング大佐のB−52だけは通信不能で目標に向かって飛び続けていた。
大統領は叫ぶ。「ディミトリ、撃ち落してくれ、“皆殺し装置”が作動したら両国とも破滅だ!」

コング大佐の機では、目標地点が近づいたがミサイルの弾倉庫の扉が回路故障で開かない。コング大佐自ら弾倉庫に入り、ミサイルの上にまたがり配線のショートを直していた。
「直った!」コング大佐が叫んだ瞬間、弾倉庫の扉が開き、ミサイルが発射された。コング大佐を乗せたまま。そしてソ連の基地に巨大なきのこ雲が立ち上がった。

ペンタゴンではストレンジラブ博士が狂気の熱弁をふるっていた。「地下1000メートルに選ばれた人間が100年過ごせば地上に出られます。男性1に対して女性10を交配し、人類の伝統と未来を守るのです」
何時の間にか、ストレンジラブ博士は車椅子から立ち上がり歩いていた。
このドイツ人はそれに気がつき、右手を突き出して叫んだのだ。「・・・総統、歩けます!」

地上に巨大なきのこ雲が次々と上がった。遂に“皆殺し装置”が作動してしまったのだ。
「♪♪また会いましょう、どこかで、何時の日か、きっとまた会えるでしょう、ある晴れた日に、微笑み忘れず、あなたらしく笑み絶やさず、青い空の輝きが黒い雲を払うまで・・・♪♪」
映画館主から

米ソ冷戦時代にキューブリックが放った一大ブラック・コメディです。
たった一人の気が変になった軍人の行動が世界の破滅に繋がるという怖い怖いお話です。登場人物はスターリング・ヘイドンの軍人のほかも皆、一風変わった人物ばかり。
特に、ピーター・セラーズはマンドレーク英空軍大佐、アメリカ大統領、ドイツ人博士ストレンジラブと、3役をこなしています。そのオーバーな怪演が本作を際立たせています。
ストレンジラブ博士に至っては、車椅子の身で、頭の方もそれ以上に変です。彼の右手は意志を無視して勝手に動き、左手がそれを制します。
逢坂剛氏のミステリー小説「さまよえる脳髄」の中に、左脳と右脳の断裂した人間が登場しますが、まさにストレンジラブ博士がそうで、多重人格なのでしょう。

ピーター・セラーズには、最後にミサイルに乗ったまま発射されてしまうコング大佐役も4役目として予定があったのだそうですがセラーズが負傷したため実現しなかったとか。

現実の世界では、ベトナム戦争の拡大、キューバのミサイル危機など、きな臭い世情でありました。
そんな空気を反映して、この頃は核戦争を題材にした映画が目立ちます。
「渚にて」(’59年・スタンリー・クレーマー監督)では、第三次世界大戦で核が使われた後の世界を描いています。
「五月の七日間」(’64年・ジョン・フランケンハイマー監督)では、軍事クーデターの話。
「未知への飛行」(’64年・シドニー・ルメット監督)では、「博士の異常な愛情」とそっくりな設定をシリアスに描いています。
「猿の惑星」(’68年・フランクリン・J・シャフナー監督)では、核戦争により未来の世界は猿が地球を支配していたというSFでした。

ラストシーンは次々と立ち上がる巨大なきのこ雲にヴェラ・リンの甘く優しい歌声がかぶさります。キューブリック特有の音楽の使い方で途方もなくブラックな映画は終わるのです。

 
 参考文献:「ザ・スタンリー・キューブリック」 キネマ旬報社

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