| ブラザー・サン シスター・ムーン 1972・伊 |
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![]() 監督:脚本: フランコ・ゼフィレッリ 脚本:スーゾ・チェッキ・ダミーゴ ケネス・ロス リナ・ウォルトミューラー 撮影:エンニオ・グァニエル 音楽:ドノバン 出演:グラハム・フォークナー ジュディ・バウカー アレック・ギネス リー・ローソン バレンティナ・コルテーゼ ケネス・クランハム リー・モンタギュー ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
物語 13世紀のイタリア、アッシジの裕福な織物商人の息子フランチェスコ(グラハム・フォークナー)は、十字軍の遠征から傷つき半死半生で帰国した。 フランチェスコは熱にうなされ寝込んだ。その合間に様々な回想が脳裏を駆け巡る。 女の子を追いかけるフランチェスコ。近所のクララ(ジュディ・バウカー)だった。クララが水辺で「ブラザー!」と呼ぶとどこからか現れた人々。それは顔や手足が爛れた皮膚病患者だった。 フランチェスコが驚愕するとクララが振り向き、 「そうよ」 と微笑む。フランチェスコは「見たくない!追い出してくれ!」と絶叫する。 父が出征するフランチェスコに誇らしく賛辞を贈っている。母も頼もしい息子に 「美しいわね戦争って、素晴らしき騎士たち!」 と称える。 アッシジの司教は 「行け!アッシジの子よ、神とともに!」 と見送った。 そうして若者たちは十字軍に参加していったのだった。だが、フランチェスコは命からがら傷ついて帰ってきた。果たしてあの戦いは何であったのか・・・。 小鳥のさえずりで目を覚ましたフランチェスコは、窓辺の小鳥を追って屋根の上に誘われ出て行く。近所の窓が開き「何をしてる?」 と人々が見守る。 地上では父と母が見上げて 「フランチェスコ!」 と大声で叫んでいる。 小鳥を手に包んだフランチェスコはそっとくちづけした。小鳥が空に羽ばたいていく。屋根の先端に立ち両手を広げるフランチェスコ。 父親はフランチェスコに織物や宝飾品の山を見せて自慢げに話した。 「戦争も悪くないぞ。最初は軍隊の御用商人で稼ぎ、戦後は兵隊の戦利品を買い、次は奪われた連中が残った物を売りに来た。ただ同然の値でだ。貴族たちがひざまづいて家宝を売っていった。これはほんの手始めだ」 だがフランチェスコには興味も湧かず触手も動かない。地下で働く父の使用人たちがいる。彼らは貧しく汚れていた。財産家の息子を見る彼らの目は何を語るのか。そんな一人の老人の手をとるフランチェスコの目に涙が浮かぶ。 「職人どもを散歩に連れ出したって!」 と父は怒った。「一日中日向ぼっこだ、働きもせず・・・あの馬鹿はそれを嬉しそうに見てた!私の息子とは思えない」 「あなたは愚かで下品なお金だけしか頭にないケダモノよ!」 と母親は父親をなじり息子の味方をした。「彼は求めているのよ、必死に・・・」 ある日、窓から次々と織物を投げ捨てるフランチェスコの姿があった。 「物は心の重荷だ、すべて投げ捨てろ!」 地上では落ちてくる織物に群がる人たちが殺到した。 父は激怒し、フランチェスコを殴りつけた。 「一緒に喜びを!私たちの宝は天国にあります!地上の富は無価値です。捨てろ、皆で捨てるのだ!」 フランチェスコは尚も叫びつづけた。 父にはフランチェスコのやることがとても正気の沙汰とは思えない。 「お裁きをしてもらおう!今すぐに」 父は息子を教会の広場まで引きずっていった。 騒ぎに食事を中断された司教は迷惑そうに出てきた。「何事か・・・」 「こいつは、私の財産をどうでもいい奴等に投げ与えたのです!」 と父。 するとフランチェスコは司教に訴えた。 「鳥のように生きたい・・・自分の魂を取り戻したいのです。私は生きたい、野の暮らし、丘に行き、木に登り河に泳ぐ・・・この足で大地を確かめたいのです。私は貧者になりたい。キリストも貧者でしたし、その使徒も・・・その自由が欲しい。・・・もう息子ではない・・・肉からは肉しか生まれず、霊は霊からのみ生まれるのです」 司教は唖然とした。父と母は声を失っている。 フランチェスコは衣服を脱ぎ捨てると、 「・・・もう父も子もない・・・家を捨て兄弟を捨て、父を捨て、母を捨て、子を捨て、畑を捨て、天なる父を求める者は次の世で100倍も報われる・・・」 裸になったフランチェスコは教会の広場からゆっくりと出て行った。人々は天を仰ぐ。 司教は何も言えず声を押し殺していた。『・・・自分よりも上だ・・・』 フランチェスコは平原にある今や廃墟と化しているサン・ダミアノ教会の再建に着手した。雪のアッシジの中、裸足のフランチェスコは一人、石を積み壁を固めていく。 十字軍の遠征から帰国したベルナルド(リー・ローソン)は、そんなフランチェスコの姿に共感し教会の再建に加わった。友人たちがやって来た。フランチェスコたちを非難するものもいたが、仲間は徐々に増えていった。 ある日、町の少女クララも駆けつけた。 「愛されるより愛したいのです!私に喜びを!」 クララは言った。フランチェスコは喜んで迎えた。クララは剃髪し仲間に加わった。 やがて再建されたサン・ダミアノ教会には多くの人々がやって来るようになった。それぞれ供物を手にしている。そしてフランチェスコと共に謳う。その代わりに町の教会は人もまばらになってしまった。 滝の落ちる水辺で信者たちが憩っていた。ここでは皮膚病の患者も癒されるのだ。その時、 「教会が!大変!」 クララが叫び駆けつけた。町の司教が手を回しサン・ダミアノ教会に火を点けたのだ。抵抗した信者が一人殺されていた。 「何故だ?どうして、こんなに人が人を憎むのか!・・・私のしたことが間違いだったのか?・・・」 フランチェスコは苦悩し、「誰かに教えを・・・そうだ、あの方なら!」 フランチェスコの考えたあの方とはローマ教皇のことであった。 ローマ教皇に謁見するというフランチェスコに反対したのは友人のパオロ(ケネス・クランハム)である。パオロはかってからフランチェスコの行為に批判的だった。 「君を異端者として火刑にしたくないのだ」 パオロはやむなく自分の書いた原稿を読むならとの条件でフランチェスコにローマ教皇に謁見の手続きをした。 それは教皇の権威が最高であることを認める形ばかりの文面であった。 裸足のフランチェスコたちがローマへ出向いた。厳かな教会の最上段に教皇インノケンティウス3世(アレック・ギネス)が座っていた。 「何か言うことがあれば言うが良い、許すぞ」 教皇は言った。 フランチェスコはパオロの書いた原稿を読み始めたが、すぐに止めた。そして教皇に向かって言う。 「・・・何故です?・・・空の鳥は種を撒かず刈らず取り入れることもしない・・・だが神が養いたまう・・・あなた方の誰がいくら想い患っても寿命が延びますか?何故、富を思うのです?野の百合を見なさい、労せず紡ぐこともしない・・・ソロモンの栄華も及ばぬその美しさ・・・信仰の薄い人たちよ、何を食べ何を飲み何を着るかと思い悩む・・・それは異邦人が求めることです・・・何より神の国と正義を求めなさい、そうすればその他もおのずと与えられる!」 フランチェスコは両手を上げて叫んでいるのだった。 「何だ!我々に説教か!けしからん!」 教皇の側近たちは怒り出した。 「宝を地に積むのは無益です、富は天に積みなさい、そこには虫もサビもなく、盗賊もいない・・・宝を捨て心に生きるのです」 フランチェスコは尚も続けた。パオロはその様子を絶望の表情で見つめている。 教皇の顔がこわばっている。側近が口々に叫んだ。「徴兵を呼べ!」 「不敬だ!」 「つまみ出せ!」 フランチェスコたちは兵に引っ立てられ外へ。パオロは追いかけた。「僕も仲間です」 パオロはフランチェスコの教皇を前に自論を述べた勇気に圧倒され打たれたのであった。 「あの男を呼び戻せ!今すぐここに」 しばらく沈黙していた教皇インノケンティウス3世は目を開けると言った。 呼び戻されたフランチェスコたちがひざまづくと、教皇はゆっくりと階段を降りた。 「何が望みか?」 教皇がフランチェスコに言った。 「・・・ある日、気が付いたのです。ヒバリのような無欲が真の幸福の元ではないのかと・・・我々を造られた神への感謝を謳って暮らせば・・・そのことで教えを頂きに来たのです・・・」 とフランチェスコが答えると、 「そなたたちは野の鳥に神の声を聞くことができる。その上何を?・・・聖職についた頃、私も皆と同じ気持ちだった・・・だが、時とともに熱意も薄れ教会政治の業務に忙殺される身となった。私たちは富や権力の厚い殻を被っている・・・そなたたちの貧しさの前に私は恥じる・・・フランチェスコ・・・キリストの御名において皆に真理を説きなさい、そして限りなく信徒が増え栄えることを私は祈る・・・」 教皇のこの言葉だけでもその場にいた人々には奇跡に近いものだったが、その後に起きた出来事は更に我が目を疑う出来事であった。 何と、教皇はそのまま身をかがめ、乞食のようなフランチェスコの薄汚れた泥まみれの足にくちづけしたのである。 フランチェスコたちは教会を後にした。やがて聖人に列せられフランチェスコ修道会を設立することになる若きフランチェスコの顔は輝いていた。 ♪♪ブラザー・サン シスタームーン、その声はめったに私には届かない・・・自分の悩みだけに心を奪われて、兄弟である風よ、姉妹である空の精よ、私の目を開いておくれ・・・清く正しい心の目を・・・私を包む栄光が目に映るように・・・神に与えられた命、私にも神は宿る、その愛がいま、この胸に蘇える・・・ブラザー・サン シスタームーン・・・♪♪ |
| 映画館主から 1182年にイタリアのアッシジに生まれたフランチェスコは”もう一人のキリスト”と称されるほどキリストの教えを生涯忠実に守り続けた人で、28歳の時、ローマ教皇に許されて11人の有志とともにフランチェスコ修道会を設立、南ヨーロッパやアフリカでも伝道したと伝えられています。晩年は盲目となり、1226年40代半ばで他界したということです。 その若きフランチェスコの青春を「ロミオとジュリエット」(’68年)のフランコ・ゼフレッリが描いた本作は、イタリアの美しい自然を背景に稀に見る人間賛歌を謳い上げています。 一人の若者の精神的な成長と権力に対しても堂々と自分を主張する主人公の姿勢は、公開当時、特にアメリカの青年たちの心を捉えたといいます。 ベトナム戦争の泥沼化によって反戦、反体制の気運が高まる中、多くの若者がヒッピー文化に触発され自然回帰を夢見ていた世相でありました。まさにフランチェスコの世界そのままなのです。 フランチェスコ役のグラハム・フォークナーとクララ役のジュディ・バウカーは共に新人。この二人の汚れのない瞳は印象的です。 ローマ教皇のインノケンティウス3世に私も敬愛するイギリスの名優アレック・ギネスが扮してラストの場面を圧倒的な存在感で引き締めています。 実は私は本作を題名は知っていましたが未見でした。先日、私の家内がお世話になっている医師の I 先生のお勧めがありDVDをお借りしたのです。 先生のお勧めがなければこの映画を見る機会はなかったかも知れません。 I 先生にお礼を申し上げます。 参考文献:「週刊20世紀シネマ館 NO.46」 講談社 |
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