「ガス燈」
ガス燈 1944・米 
ガス燈

製作:アーサー・ホーンブローJr.
監督:ジョージ・キューカー
原作:パトリック・ハミルトン
脚本:ジョン・バン・ドルーテン
    ウォルター・ライシュ
    ジョン・L・バルダ
撮影:ジョゼフ・ルッテンバーグ
音楽:ブロニスラウ・ケイパー

出演:イングリッド・バーグマン
    シャルル・ボワイエ
    ジョゼフ・コットン
    アンジェラ・ランズベリー


シャルル・ボワイエ(左)、バーグマン、ジョゼフ・コットン

夫は屋根裏から・・・

「精神異常だから助けられないわ」

ガス燈
物語

19世紀のロンドン。ポーラ(イングリッド・バーグマン)はいつものようにグアルディ先生のもとで歌のレッスンの最中だったが、突然、グアルディ先生が怒り出した。
「なっとらん、やるだけ無駄だ!叔母さんが聞いたら嘆くぞ・・・」
叔母さんとはポーラの叔母アリス・アルキストのことで、大歌手だったがポーラの幼い頃、何者かに殺され未だに動機も犯人も解っていないのだ。
ポーラが歌に実が入らないのは最近、恋をしているからだった。相手は今もピアノを弾いていたピアニストのグレゴリー(シャルル・ボワイエ)だった。二人は知り合って半年で恋に落ちたのだ。

グレゴリーがポーラに求婚し、二人は結婚した。
グレゴリーの希望で二人はソーントン広場に面した、殺されたポーラの叔母アリス・アルキストの邸宅に住み始めた。ポーラはこの家に住みたくなかったが、グレゴリーの強い希望だったのである。
ポーラは亡くなった母に代わりアリスに育てられ、邸宅はポーラに遺されたのである。
テオドラ皇后に扮したアリスの肖像画が階段の踊り場に掛かっている。ロシア皇帝も見に来たというその肖像画はポーラに瓜二つだった。
「叔母はその下に倒れ死んでいた・・・」 ポーラはグレゴリーに言った。

古びたピアノを弾くグレゴリー。その時、脇にいたポーラが楽譜の間に挿んであった手紙らしきものを読み始めた。「・・・セルジス・パウアーの手紙・・・殺される二日前だわ」
瞬間、グレゴリーがポーラからそれを取り上げ目を吊り上げた。
「・・・どうしたの?」 驚いたポーラに気を取り直したグレゴリーは言った。
「君に腹を立てたんだ。何かというと叔母さんのことばかりにこだわっているからだ」 グレゴリーは取り上げた手紙をさりげなくポケットにしまい込んだ。

邸宅には耳の遠いメイド、エリザベスと新たに雇われた若いメイド、ナンシー(アンジェラ・ランズベリー)がいた。ナンシーは態度が横柄でポーラを見る目に険がある。ポーラはこのメイドが苦手だった。

グレゴリーはポーラに母の形見だというブローチをプレゼントした。バッグに入れて、グレゴリーとともにロンドン塔へ出かけた。そこでポーラを見た若い男が帽子を取りお辞儀をした時、ポーラも会釈を返した。
「知ってる人か?」 「いえ、知らないわ、向うが挨拶したから・・・」
男は幽霊に出会ったかのようにポーラの後姿を見つめている。ブライアン・キャメロン(ジョゼフ・コットン)というロンドン警視庁の警部だが、少年の頃、歌手アリスの大ファンだったのである。
グレゴリーは展示室の宝石に高い関心を示した。

確かにバッグに入れたはずのブローチが無くなっていた。
「最近、君は忘れっぽくなった、物を無くしたり・・・」 グレゴリーは何回となく繰り返した。だが、ポーラには身に覚えがない。
夜、グレゴリーが作曲のためにスタジオへ出かけた後、ガス燈の明かりが暗くなるのに気が付いた。その後、上の階で何やら物音が聞こえるような気がした。上には物置部屋があり、封鎖されている筈だった。日増しにポーラは怯えていく。
「毎晩、一人になるのが怖いの、この家が怖いの、物音や足音がして、人が大勢いる気がする・・・」 ポーラは訴えた。
グレゴリーは君の妄想だといってまともに取り合わなかった。

ブライアンはロンドン警視庁でアリス殺人事件のことを調べ、事件にはある宝石がからんでいることを知った。さる外国人が王冠の宝石をアリスに贈ったのだが事件後もまだ犯人と共に見つかっていなかった。
ブライアンはアリスに瓜二つの姪ポーラの邸宅を探り始めた。

「壁の絵が無くなっている、隠し場所から戻しなさい!」 グレゴリーがポーラに激昂した。うろたえたポーラは階段の踊り場の彫像の影から絵の額を取り出した。鋭く見つめるグレゴリーに言った。
「・・・前にも、ここにあったから・・・私じゃない、聖書にかけて誓うわ!私じゃない!」
ポーラを見るグレゴリーの視線は冷たかった。
「君の母も精神を病んでいた、病院で死んだんだ、病院で医者に会って聞いた」
「嘘よ・・・」
「君には医者が必要だ」 ポーラは神経が磨り減っているのか、全てに自信を失いつつあった。

夜霧のロンドン。グレゴリーが玄関を出た。そして少し行った所で闇に消えた。
ガス燈の明かりが暗くなる。物置部屋で物音がする。ポーラはメイドのエリザベスを呼んだ。だが、このメイドは耳が遠い。
「まさか、気のせいですよ、屋根裏は釘付けしてあるのです、奥様の空耳です」
ブライアンの指示を受け、邸宅を見張っていた警官の報告はこうだった。
「夜中の3時頃・・・霧の中からあの男が現れたのです、服は汚れ、埃だらけでした・・・近く、ポーラ夫人はどこかへ移るそうです」 警官がメイドのナンシーをてなづけて仕入れた情報だった。

ポーラがどこかに移されることに危機感を抱いたブライアンは次の夜、グレゴリーが家を出たのを確認してから、玄関に押し入った。エリザベスが止めたが物音で顔を出したポーラにブライアンはある手袋を見せた。
「子供の時、ファンだったんです」
それはアリスが秘密の大ファンにプレゼントしたという手袋の片方だった。
「・・・貴方でしたの!・・・叔母から聞いています」 
「貴方は正常だ、それを証明してみせます」 ブライアンはきっぱりと言い切った。
「ご主人は?」
「スタジオを借り作曲中です、家では気が散るとかで・・・」
その時、ガス燈が暗くなった。上から物音が聞こえる。
「あれが誰か、お解りの筈だ」 「・・・」
「ご主人は裏の路地から5番地の空家に入り、屋根伝いに・・・」
「・・・何故?・・・」 そして、上の物置部屋に死んだアリスの遺品の全てがあると言うと、
「それで読めた」 ブライアンは胸を張った。

物置部屋でグレゴリーが何かを探している。今まで何回も探しても見つからなかった物、それがあった!
さりげなく模造品の中に混ぜドレスを飾っていた宝石だった。
一方、下の階ではグレゴリーの部屋にブライアンが入り、机をこじ開けた。すると引き出しの中にセルジス・バウアーの手紙があった。ブライアンはその筆跡がグレゴリーのものと一致したのを見逃さなかった。
「セルジス・バウアーとご主人は同一人物です」 「・・・・」
ガス燈が明るくなっていた。グレゴリーが帰ってくる!
一旦ブライアンは外に出てグレゴリーが帰ってくるのを見張った。
しかし、グレゴリーは外に出ず、釘付けされた物置部屋のドアを開け階下に降りてきたのだ。そして自分の部屋の机に異変を察知した。
ポーラが呼ばれグレゴリーが問い詰めた。
「机を開けたな!」 「・・・・」 「何故黙っている」 「・・・彼よ、彼が開けたんだわ・・・」 「彼?誰だ・・・」
エリザベスが呼ばれ、グレゴリーが問い詰めるとエリザベスは誰も家には入れていないと言う。
ポーラは気が変になりそうだった。 「君は夢を見たんだ」 「夢?・・・」 「そう、全てが夢だ」 「・・・もう駄目・・・病院へ連れていって・・・」 ポーラの目は空ろになっていた。
その時、ドアの入口にブライアンが立っていた。彼はグレゴリーと同じように5番地の空家から侵入し、屋根伝いに物置部屋へ入り、直接階下へ降りてきたのである。その手にアリスのドレスがあった。

ポーラを部屋に戻し、二人の男が対立した。グレゴリーの拳銃を叩き落し物置部屋に逃げるのを追うブライアン。
銃声に驚いたポーラが出てくると物置部屋から出てきたのはブライアンだった。
グレゴリーは椅子に縛り付けられていた。「・・・二人きりで話をさせて」 ポーラは言った。ブライアンがドアの外にでると、すかさずグレゴリーが囁いた。
「あいつの話は全部嘘だ、この縄をほどいてくれ、そこの引き出しにナイフがある」
ポーラはナイフを取り出した。その時、ロンドン塔でなくしたと思っていたブローチもそこにあった。全てはグレゴリーの策略であった。ポーラはナイフを捨てた。
「少しでも愛していたなら、もう一度チャンスをくれ・・・」 必死にグレゴリーは言った。
「精神異常じゃ無理だわ・・・母の遺伝なの・・・」
「あれは嘘だ!助けてくれ」
「まともだったら助けてあげられるけど、精神異常だから、引き渡すわ」
叔母を殺されたうえ、さんざん今まで夫に騙され自分でも自信喪失になりかけていた若妻のせめてもの復讐だった。
ポーラはブライアンを呼び、グレゴリーは警官に引き立てられていった。

テラスハウスの屋根に出るポーラとブライアン。テラスハウスは隣家と屋根が繋がっており、自由にどの家にも行ける集合住宅で宮殿を思わせる豪華な作りは上流階級の住む家として用いられた。
「時々、様子を見に立ち寄らせてください」 ブライアンが言った。今や、疑惑が解け、自信を取り戻したポーラは応える。
「ありがとう・・・」 ブライアンは迷宮入りであった叔母アリスの殺人事件を解決するとともにポーラの命の恩人にもなったのである。
映画館主から

イングリッド・バーグマンが初のアカデミー主演女優賞に輝いたスリラー映画の古典。バーグマンは29才でした。
愛している筈の夫の罠にはまり、神経衰弱に落ち込んでいく妻の不安を見事に表現した結果でした。
バーグマンはこの演技によりスリラーづき、引き続いてヒッチコック作品「白い恐怖」(’45年、共演:グレゴリー・ペック)、「汚名」(’46年、共演:ケーリー・グランド)、「山羊座の下に」(’49年、共演:ジョゼフ・コットン)と繋がっていきます。
晩年の「オリエント急行殺人事件」(’74年、監督:シドニー・ルメット、主演:アルバート・フィニー)もミステリーでしたが、ここでもアカデミー助演女優賞を得ています。

夫役のシャルル・ボワイエは、フランス出身の二枚目。「うたかたの恋」や「歴史は夜作られる」などの多くの恋愛映画で女性観客を虜にした名優も、実生活では’78年、44年連れ添った女優パット・パターソンの死の二日後に後追い自殺をしています。

警部役のジョゼフ・コットンは「市民ケーン」で映画デビュー、本作の前年には「疑惑の影」(’43年、監督:アルフレッド・ヒッチコック)で殺人者を演じています。
この後’50年の「第三の男」(監督:キャロル・リード、主演:オーソン・ウェルズ)と彼の絶頂期の頃です。

監督のジョージ・キューカーは女優扱いの上手い監督として知られ「若草物語」(’33年、主演:キャサリン・ヘップバーン)、「椿姫」(’36年、主演:グレタ・ガルボ)、「スタア誕生」(’54年、主演:ジュディ・ガーランド)などで知られますが、私は未見です。
アカデミー賞にノミネート5回目で初めて監督賞を受賞した「マイ・フェア・レディ」(’64年、主演:オードリー・ヘップバーン)はシンデレラ物語のミュージカル大作で私も信州松本の映画館で見ました。

参考文献:「週刊20世紀シネマ館 NO.29」 講談社

 映画館へ戻る