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「宮本武蔵」ラストシーン |
| 宮本武蔵 5部作 ’61〜’65東映 |
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![]() 監督:内田吐夢 原作:吉川英治 脚本:成沢昌茂 鈴木尚之 撮影:坪井 誠 吉田貞次 美術:鈴木孝俊 音楽:伊福部昭 小杉太一郎 出演:中村錦之助 入江若葉 木村 功 三國連太郎 丘さとみ 小暮実千代 山本麟一 高倉 健 薄田研二 江原真二郎 片岡千恵蔵 浪花千栄子 阿部九州男 月形龍之介 黒川弥太郎 河原崎長一郎 平幹二朗 岩崎加根子 里見浩太郎 内田朝雄 千田是也 他 オールスター ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
物語 ● 第一部 宮本武蔵 関が原の戦いに雑兵として戦った作州の武蔵(たけぞう)(中村錦之助)と又八(木村功)は、敗走の途中、夜盗の後家お甲(小暮実千代)と娘・朱実(丘さとみ)に助けられる。又八はそのままお甲との愛欲に溺れていく。 武蔵はみせしめのため、沢庵和尚(三國連太郎)に寺の千年杉に吊るされた。沢庵は武蔵に人間としてのあり方を説く。ここで武蔵は、ただ野蛮なだけの自分を反省し、生まれ変わりたいと願うのだった。 お通(入江若葉)により千年杉から脱出した武蔵は、再び沢庵により白鷺城の天守閣に閉じ込められる。ここで、3年間、万巻の書を読み、武蔵は次第に人間的に成長していく。 ● 第二部 宮本武蔵 般若坂の決闘 旅に出た武蔵は、数年の武者修行の後、京都の名門吉岡道場に現れた。 当主の吉岡清十郎は不在で、武蔵は門弟達をことごとく打ち負かしてしまう。 その後、奈良の宝蔵院を訪れた。そこでも全国から腕に覚えのある者が集まり試合に挑んでいた。武蔵の相手は槍の名手阿厳(山本麟一)だ。武蔵の木刀は一撃で阿厳の額を割った。即死。 試合後、寺の高層日観(月形龍之介)に別室へ招かれ茶粥をふるまわれた。日観は言った。「お主は強すぎる・・・・もっと、弱くならねば・・・」これは日観の武蔵への諭しであった。ただ強ければ良いと思っていた武蔵にはこの日観の言葉は衝撃だった。 又八はお甲との愛欲に溺れ、朱実は遊興の世界に身を沈めながらも武蔵に思いをはせる。お通は武蔵を追って旅を続けていた。 般若坂では奈良にたむろする極悪浪人達を相手に、さらに宝蔵院の僧達を相手の大立ち回りが繰り広げられる。 ● 第三部 宮本武蔵 二刀流開眼 柳生石舟斉の指導を受けようと訪ねた武蔵は石舟斉の花の茎の切り口に心を打たれる。そして、高弟達との対決。その時、聞こえてきた笛の音はお通だった。武蔵は心が乱れ窮地に陥るが瞬間、両刀を構えていた。武蔵の二刀流開眼である。 武蔵の生涯の宿敵、佐々木小次郎(高倉健)が登場する。彼は物干し竿という長刀を背中にしょったキザな剣士である。 吉岡清十郎は道場を破られたため、武蔵に果し合いを挑んだ。洛北蓮台寺野にでの一対一の果し合いで、武蔵は清十郎の左腕を砕く。 清十郎は、重傷であるにもかかわらず、門弟達の差し出す手を振り払い自力で歩いていくのだった。 武蔵は振り返って呟く。「名門の子だが、やる相手ではなかった。しかし、俺は勝った。京の名門、吉岡の剣法に勝った。・・・だが、戦いはこれで終わりではない。これからだ・・・」 ● 第四部 宮本武蔵 一乗寺の決闘 清十郎との対決を終えた武蔵は、茶人・本阿弥光悦(千田是也)と知り合い、美を愛するそのゆとりのある生き方に惹かれる。 武蔵は吉岡清十郎の弟・伝七郎(平幹二朗)から呼び出しを受け、三十三間堂で対決、伝七郎を斬った。面目を失った吉岡一門は総力をあげて復讐を誓うのだった。 光悦に連れていかれた島原遊郭で、吉野太夫(岩崎加根子)と出会う。吉野太夫は武蔵の余りにも張り詰めた生き方を批判するのだった。こうして、様々な人から学び成長する武蔵であったが、今度は吉岡一門の総力を挙げた挑戦を受けたのである。 一乗寺下がり松での決闘は、吉岡一門73人を相手の壮絶戦となった。 武蔵は事前に地の利を頭に叩き込んだ。田圃のあぜ道を伝わり、一人づつ斬り伏せる。 戦いが終わり、武蔵は息も絶え絶え野原に咲く花の中に横たわっていた。大量の殺戮は武蔵の手を血で染まらせたばかりか、その精神に空しさと後悔を残したのだった。 ● 第五部 宮本武蔵 巌流島の決闘 木の仏像を彫りながら武蔵は苦悶していた。先の吉岡一門との対決で少年までも巻き添えに殺してしまった。「他に方法があったのか?・・・武蔵、ことにおいて後悔せず!」 父に死なれた伊織という少年と出合った武蔵は、百姓として共に暮らすようになった。やがて荒れた田から二俵の米を納めると武蔵は評判になった。 そんな時、米倉が野武士の大群が襲う。武蔵は駆けつけ野武士を追い払う。細川家に仕える長岡佐渡(片岡千恵蔵)はそんな武蔵に一目置くのだった。 江戸の町。武蔵が砥ぎ師の暖簾をくぐった。「刀を砥いでもらいたい」と刀を差し出すと、砥ぎ師は言う。「外の看板をご覧になられたかな。御魂砥ぎどころ、と書いてあります。刀を砥ぐとは書いてない」さらに、「人間を斬れば偉いと思っているお侍の刀は砥げません」これには武蔵は唸った。 その時、店の奥に小次郎の長刀が立てかけてあるのに気が付いた。 一乗寺の下り松を伊織と通りかかった武蔵は、その近くで石像を彫る盲目の僧を見て驚愕する。それは、武蔵の刃により失明した吉岡一門の一人だったのだ。僧が彫る石地蔵には子供が彫られていた。 細川家に仕官の決まった佐々木小次郎は「細川家へ推挙の引き出物として、武蔵と立ち会いたい」と申し出た。今、光悦のもとで暮らす武蔵に小次郎からの果たし状が届いた。場所は離れ小島の船島だ。 試合の日、小船で出ようとした時、お通が駆けつけた。更に又八と朱実、お杉婆( 浪花千栄子)までも。お通は泣きすがって武蔵を止めようとするが武蔵は小船に乗り出発した。 舟の中で櫂を削る武蔵。小次郎の長刀に立ち向かうにはこれしかない。 船島では到着の遅い武蔵に皆いらだった。細川忠利(里見浩太郎)以下、岩間角兵衛(内田朝雄)と長岡佐渡も立ち会った。 武蔵の小船が朝もやの中から姿を現した。櫂を持った武蔵が波打ち際に降り立つと小次郎が長刀の鞘を投げ捨てた。「小次郎、敗れたり!」武蔵が言った。「何?」と小次郎。武蔵「勝つ身であれば、何で鞘を投げ捨てる」小次郎「何をたわごとを」 二人は平行して走り、一瞬交わった時、勝負は決まった。頭に致命傷を負った小次郎が倒れた。 素早く小船に戻り船を出す武蔵を細川の家臣が追おうとした時、「待て!」と止めたのは長岡佐渡であった。 武蔵は宿敵に勝ち、櫂を見つめた。手が血で染まっていた。決然と櫂を海に投げ捨てる武蔵。小船がもやの中へ消えていった。 巌流島の決闘 |
| 映画館主から 吉川英治原作の「宮本武蔵」を1年に一作づつ、5年に亘って内田吐夢が演出した、実に見ごたえのある傑作時代劇。 彼の演出は骨太でダイナミック。しかし、武蔵の成長過程における悩みや機微を様々な人間模様の中で描き、自身の代表作にしたばかりか、過去の幾度となく映画化された「宮本武蔵」の中での最高峰に位置する武蔵像を作り上げたと言えるでしょう。 中村錦之助にとっても彼の代表作になりました。その突出した演技力で、粗野な武蔵から剣の達観の境地、巌流島での佐々木小次郎との対決までを余すところ無く演じきりました。 武蔵はその人生において、様々な師に出会います。沢庵、日観、石舟斉、本阿弥光悦などの何かを卓越した人物、また、島原遊郭の吉野太夫にも彼女の琵琶の音色のたとえを例に教えられたのでした。 配役も豪華で、宿敵小次郎に高倉健。男っぽい中にニヒルさを漂わせた不思議な小次郎を演じ、現代劇専門の彼がこの作品で脱皮しました。「飢餓海峡」でも刑事役で内田監督に起用されています。 武蔵を慕うお通に入江若葉。彼女は大女優・入江たか子の娘さんですが、女優になる気がなかったのをこのお通役で説得されて映画界入りしたとのこと。確かに演技は上手ではありませんでしたが新鮮さは感じました。 私はこの作品を二十歳のころ、池袋の「文芸座」のオールナイト興行で一気に見ました。 ちなみに、「宮本武蔵」の映画化は1929年が最初で、武蔵役は片岡千恵蔵。吉川「武蔵」の最初は1936年の「宮本武蔵」で、嵐寛寿郎。1940年「完結剣心一路」で片岡千恵蔵。さらに、1954年の「宮本武蔵」では三船敏郎の武蔵に鶴田浩二の小次郎でした。この時のお通は八千草薫。ため息が出ます・・・。 確か、松竹での「宮本武蔵」もありました。武蔵に高橋英樹、小次郎に田宮二郎と記憶しています。 参考文献:「日本映画作品全集」 キネマ旬報社 |
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