![]() 戦艦バウンティ |
![]() ゴッドファーザー |
![]() ゴッドファーザー |
マーロン・ブランド MARLON BRANDO 1924〜2004 178cm・74kg 髪/ブラウン 瞳/ブラウン |
地獄の黙示録 |
![]() 欲望という名の電車 |
![]() 革命児サパタ |
![]() 波止場 |
![]() 片目のジャック |
![]() 戦艦バウンティ |
|
マーロン・ブランドは、1924年4月3日、アメリカのネブラスカ州オマハに生まれた。 父親は科学飼料や駆虫剤の製造業を営んでいた。母親は地方劇団のオマハ・コミュニティ・プレイハウスの創立者の一人で、無名時代のヘンリー・フォンダと共演したこともあったという。 家庭は中流だったが、父も母も共に酒癖が悪く、そのためか少年のブランドは情緒不安定となり反抗的になっていく。 幼稚園の頃から問題児で、小学校時代には黒人の生徒と仲良くしているたった一人の白人生徒だった。そこで先生たちから睨まれる存在となる。 二人の姉の一人ジョスリンは俳優志願だった。若きブランドはジョスリンの勧めでニューヨークのドラマ・スクールに入った。そこで学んだのは俳優の内面的演技を重要視するスタニフラフスキー演技法だった。 やがて’47年、エリア・カザン演出の舞台「欲望という名の電車」に起用され評価が高まる。そしてやはりエリア・カザンが監督した映画「欲望という名の電車」で舞台と同じ当たり役を演じて、精悍な肉体から強烈な人間臭さを放ち映画界でも注目を集めた。 エリア・カザンはその後もブランドを起用し、「革命児サパタ」でカンヌ国際映画祭主演男優賞、「波止場」でアカデミー主演男優賞の栄誉に輝く。ブランドにとってエリア・カザンは大恩人といえるだろう。 「片目のジャック」ではブランド自身が監督を務め主演した。これは最初予定されていたスタンリー・キューブリックが脚本に難色を示したからといわれている。初監督ながら孤独なガンマンの復讐劇として出来栄えは悪くない。 「ゴッドファーザー」で2度目のアカデミー主演男優賞に選ばれるが、映画界のアメリカ先住民に対する取り扱いが不当だとして受賞を拒否した。授賞式にインディアンの女性を送り込み、ブランドのメッセージを朗読させるというブランドらしい派手なパフォーマンスが記憶に新しい。 大作「戦艦バウンティ」、異色戦争映画「モリツリ」、そして「地獄の黙示録」と、ブランドの演じた役柄は常に反体制、反抗者だった。 独特の言い回し、ふてくされたような態度、そんなブランドに憧れて映画俳優になった者も多い。ポール・ニューマン、ジェームス・ディーンなどがその代表であろう。 |
|
|