「日本のいちばん長い日」
日本のいちばん長い日 
        1967・東宝


製作:藤本真澄
    田中友幸
監督:岡本喜八
原作:大宅壮一(編)
脚本:橋本 忍
撮影:村井 博
美術:阿久根巌
音楽:佐藤 勝

出演:三船敏郎
    黒沢年男
    佐藤 允
    中丸忠雄
    加山雄三
    小林桂樹
    島田正吾
    山村 聰
    笠 智衆
    宮口精二
    志村 喬
    松本幸四郎
    仲代達矢
(ナレーション)




物語

昭和20年7月26日。連合国側が発したポツダム宣言。
内閣閣議はポツダム宣言を受諾するか否かで鈴木首相(笠智衆)以下、議論が紛糾した。阿南陸相(三船敏郎)は、本土決戦派だったが、受け入れられなかった。米内海軍相(山村聰)は、「日本には、これ以上の戦争に耐えられるだけの国力がない」と、戦争終結の意見だった。閣議ははっきりした結論の出ないまま、最終的には黙殺となったのである。

そうこうするうちに、8月6日、広島に原爆が投下され、20万人の命が一瞬に失われた。そして、9日には長崎に・・・・東京をはじめ全国92の都市が焼け野原となった。

14日、内閣閣議で結論が出ないまま、宮城内地下防空壕の御前会議での天皇のことばは、「これ以上戦争を続けることは、我が民族を滅亡させることになる。速やかに終結せしめたり」というものであった。

抗戦派の畑中少佐(黒沢年男)、椎崎中佐(中丸忠雄)らは、天皇のことばを知って憤った。それでは、これまでに国の為に死んでいった者たちが浮かばれない。彼等は陸軍省の阿南に迫った。「辞職してください!そうすれば、敗戦の手続きが出来なくなり、本土決戦に持ち込めます!」
阿南の心はすでに決まっていた。「天皇陛下の御意志に背くことは出来ない」

戦争終結を国民に知らせる方途は天皇自らの声をラジオの放送に乗せるというものだった。詔書案作成に議論紛糾の中、放送は翌15日正午と決まる。
近衛師団に不穏な動きが有るとの報を受けた鈴木首相は言うのだった。「近衛師団に限ってそんなことは無いと思いますよ。だいたい、近衛師団は陛下をお守りする軍隊です」

その時刻にも特攻隊員たちは太平洋の空母に向け飛び立って行くのだった。抗戦派の将校たちはあせっていた。いざ、決起すべきか、否か・・・

長引いた詔書案が出来たが、天皇が少し修正を加えた。ポツダム宣言受諾の連合国側への打電。
宮内省での天皇の録音は深夜になり、東京放送局員達が準備する中、粛々と執り行なわれた。

そのころ、近衛師団では、森近衛師団長(島田正吾)が、畑中少佐、椎崎中佐ら数名に囲まれていた。「・・・本土決戦もせず、このまま戦争が終わるとすれば、300万の英霊を欺くことになります!・・・今こそ、全ての軍人が死を賭して立つ時であり、近衛師団がその中核となるべきです!」
しかし、森は動かない。「決起を!」青年将校が叫んだその時、森が憤怒を露わにした。「何が決起だ!貴様等何を考えておるか!」 一瞬のうちに惨劇が起こった。森の側近が将校の刃にあい首が飛んだ。驚愕する森に畑中の拳銃が火を噴く。更に刃は森を切り裂いた。

天皇の声を収めた玉音盤は、正副に分けてとりあえず宮内省の徳川侍従(小林圭樹)が保管することになった。
一方、近衛師団長を惨殺した青年将校たちは、森の署名付きの近衛師団命令書を捏造した。「・・・天皇陛下を奉じ、国体を護持し・・・、一中隊をもって東京放送局を占領し、放送を封止すべし!・・・」

陸相官邸では阿南が割腹自決するところだった。駆けつけた部下が二人、「私もお伴いたします」というと、阿南は怒った。「生き残ることの方が、死ぬよりも勇気のいることなのだ!」 官邸の廊下で阿南は割腹した。まさに、15日の朝が明け初めていた。

皇居の周囲を封鎖し、宮内省になだれ込んだ青年将校たちは、天皇の玉音盤を探し回った。彼等は玉音が放送されたら全てが手遅れになると考えていた。しかし、玉音盤は見つからない。
椎崎中佐は畑中少佐に言った。「まだ、手はある。東京放送局を占拠して、放送をくい止めるのだ」 畑中は放送局へと走った。

放送局で舘野アナウンサー(加山雄三)の頭に拳銃を向けていた畑中に電話が入った。「・・・・・・」電話に出た畑中の顔が歪んだ。
森近衛師団長暗殺を知った東部軍により、反乱軍は鎮圧されたのだった。

15日、正午。無事に放送局に届けられた玉音盤が回り始めた。全国すみずみまで、天皇の声が流れた。


太平洋戦争に兵士として参加した日本人、1000万人。戦死者200万人。一般国民の死者100万人(5世帯に1人の割合で肉親を失う)。家を焼かれ、財産を失った者1500万人。
このような惨状で戦争が終わり、同時に戦後が始まった。
映画館主から

昭和20年8月14日から15日にかけて、日本が敗戦を受け入れ、天皇の玉音放送を流すまでの長い一日を、様々な人間の命運を散りばめサスペンスタッチで、かつダイナミックに描いた作品です。

東宝創立35周年記念として製作されたこの作品のヒットで、8.15シリーズとして、戦争を題材にした作品が’72年まで作られました。
原作は、大宅壮一が、当時の政治家、宮内省関係者、元軍人、民間人の取材からまとめたものだそうです。実話だけに、全体に緊張感がみなぎっています。橋本忍の脚本の力も大きいと思います。

監督は小林正樹の降板を受けた岡本喜八。彼は翌年、やはり戦争を舞台にした「肉弾」を発表しています。

出演は100人にも及ぶ東宝の演技陣総出演。中でも、近衛師団長を演じた島田正吾が、堂々たる貫禄。リアルな惨殺場面とともに記憶に焼きついています。
昭和天皇を演じたのは先代の松本幸四郎、しかし、顔はほとんど見えません。阿南陸相を演じた三船も力演でした。

参考資料として、「海軍兵学校」のサイト管理人の許可をいただきましたので、是非ご覧下さい。ポツダム宣言全文、天皇の詔書(玉音放送)、戦争終結を報じる朝日新聞など、貴重な資料です。

           
 「海軍兵学校」 昭和20年8月15日

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