「スリ」 スリシーン手口の数々
スリ(掏摸) 1959・仏
スリ

製作:アニー・ドルフマン
監督:ロベール・ブレッソン
脚本:ロベール・ブレッソン
撮影:レオンス・アンリ・ビュレル
音楽:ジャン・バティスト・リュリ

出演:マルタン・ラサール
    マリカ・グリーン
    ピエール・レーマリ
    ペルグリ
    ピエール・エテ

スリのプロに手ほどきを受ける

スリの手口

スリの手口

スリの手口

ミシェル(マルタン・ラサール)

ジャンヌ(マリカ・グリーン)

スリ
物語

俺の名はミシェル(マルタン・ラサール)。ソルボンヌの貧乏学生だ。だが手先は器用に生まれついた。
ロンシャン競馬場である婦人のハンドバッグが目に付いた。俺は婦人の後ろに近づきハンドバッグの留め金を外し中から札を引き抜く。成功した。俺は有頂天になった。
だが俺は甘かった。競馬場から二人の刑事に尾行され逮捕されてしまったのだ。
警察で刑事に尋問されたが証拠不十分で釈放された。

母とはもう一ヶ月も会っていなかった。母のアパートへ行った。病気勝ちの母は隣人のジャンヌ(マリカ・グリーン)という若い女性に面倒を見てもらっているようだった。可憐な女だ。俺は競馬場で盗んだ札をジャンヌに渡しそのまま帰った。
「会わないの?」 ジャンヌは聞いたが俺は振り向かなかった。「また来る?」 ジャンヌの声が追ってきた。

友人のジャック(ピエール・レーマリ)と酒場で会った。仕事を紹介してもらうためだ。ジャックは生真面目な奴だった。
その時、あの時の刑事が近づいてきた。ジャックが俺に自論を開陳しろというので俺は自論を展開した。
「才能や知能に恵まれた非凡な人物、つまり社会にとって不可欠な人物は、法を犯す自由が認められるべきである」というものだった。
「それは難しいし危険だ」 刑事が言った。「社会には有益です」と俺。
「非凡かどうか誰が見分ける」 刑事が聞いた。「本人の自覚です」 と俺。「社会のためになる泥棒?そんなのは非常識だ」 「いつか常識になるかも知れません」
刑事と別れた後、ジャックが言う。「あんなこと言うとあらぬ疑いがかかるぞ」 俺は刑事に対して少し挑戦的だったかも知れない。

地下鉄の中で俺は衝撃的な場面を目撃した。新聞を広げて読んでいた男が向かいに立っていた紳士の胸ポケットから財布を抜き取りたたんだ新聞の中に潜ませて降りていったのである。紳士は全く気づいていなかった。
俺の虫が騒ぎ始める。俺は先ほど見たままを実行した。成功した!たまたま運が良かっただけかも知れない。慎重を期し毎日乗る路線を変えた。一週間続けたが収穫は悪く危険で割に合わない。
ついにある時、俺の前に男が立ちはだかった。「財布を返せ」 俺が相手を見つめて黙っていると、「警察を呼ぶぞ」 俺は財布を取り出すと男に渡し逃げた。危ないところだった。

「この人が君を探していた」 ジャックがアパートへジャンヌを連れて来た。
「お母さんに会ってあげて」 ジャンヌはそれだけ言うと帰っていった。「僕が行こうか」 とジャック。ジャンヌが可愛かったのでその気になったのか。
そんな時、アパートの前に気になる男がいた。蛇の道は蛇という、あの感じだった。男についてカフェに行く。すぐに意気投合した。男はプロのスリだった。
俺はカフェの一室で男から手ほどきを受けた。背広のポケットから財布を抜き取る。万年筆を抜き袖にしのばせる。技を使うには柔軟な指が必要だ。遊技場のピンボールで反射神経を養う。

アパートのドアの下に紙切れがあった。『すぐ来て・・・ジャンヌ』
母が危篤だった。まもなく母は死んだ。葬儀のあと、ジャンヌに聞いた。「人は皆、裁かれるのか?」 「ええ、でもお母さんなら大丈夫よ」 「どんな方法で裁くんだ、ばかばかしい」 「・・・神を信じない?」 「信じた、3分だけ」 俺は答えた。

ある日、アパートにジャックが来ていた。俺の愛読書『スリの貴公子 ジョージ・バリントン』を勝手に読んでいる。俺は憤慨した。
「泥棒は卑劣で怠け者だよ」 ジャックははき捨てるように言う。「バリントンは勤勉だ。夜読書していた」 と俺は反論する。「金持ちと親しくなって物を盗むためだ。汚い男だ!だが勇気はあるな、彼の時代、盗みは死刑だ。今なら刑務所だ」 ジャックは俺に忠告するような口ぶりだ。

遊技場に例の刑事がいた。「今でも同じ考えを?」俺に話しかけてくる。「ええ」「どう考えてもスリは人類の進歩に貢献しない。実際にいるのかね、君の考えている非凡な人間というのは?」 「いても言えません」 「だろうな」 翌日バリントンの本を持って警察署に来るようにと言われた。

警察署では待たされた。刑事に面会したが話はすぐに終わった。“ガサ入れ”かと気が付いた。警察で時間を稼ぐ間にアパートを捜索し証拠品を探す。警察は汚い。
だがアパートに帰りベッドを動かして壁の秘密の隠し場所を調べたが変わりなかった。時計や札がそのままになっている。“ガサ入れ”はなかったのだろうか。

手ごろなパイプに腕時計を装着し指先で時計を外す訓練をする。
スリの仲間が増えた。絶頂期だ。銀行の窓口で婦人のバッグを新聞とすりかえる。紳士の肩を叩き振り向いた隙にポケットの財布をべつの仲間がスル。財布は仲間から仲間へと手渡される。列車の狭い通路を通る客のポケットから財布を抜きとる。仲間に手渡され中身を抜いた財布を帰ってきた客のポケットにさりげなく戻す。仲間達の息もピッタリだ。列車に乗る客の手を引いてやる。客の腕時計は無くなっている。まるでマジシャンの芸当だ。

アパートに例の刑事が来た。俺は疑われている。だが決定的な証拠がないので逮捕できないでいるのだろう。そうはさせない。
「一年前」 刑事が話し始めた。「ある老女の家から小額の金が盗まれた。老女は被害届を出した。だがすぐにそれを取り下げた。親戚の者が関わっているかもしれないことを考慮したためだ。老女には息子がいた。この息子は競馬場で逮捕されたが証拠不十分で釈放された・・・」 「その息子とは誰ですか?」 「君だ」 刑事は鋭く一瞥すると帰っていった。

俺はジャンヌに言った。「君の父親は飲んだくれで、母親は家を出て行き、君が家を支えてる。君はそれでも平気なのか?」 「・・・すべてに意味があるのかも・・・」 「僕が卑劣と思うか?」 「・・・思う」 俺はジャンヌと別れるしかなかった。逮捕される前に高飛びする。

俺はミラノ行きの列車に乗った。ミラノからローマへ、その後ロンドンへ。二年間でかなり稼いだが賭け事や女遊びで殆ど使い果たしパリに戻ったときは一文無しだった。
アパートに行くとジャンヌに子供がいた。ジャックと所帯をもったのだが、そのジャックは3ヶ月前に蒸発してしまったのだという。あの真面目なジャックが・・・俺には信じられなかった。
「僕が何とかする。この子の面倒も・・・」 「出て行って!二度と来ないで」 ジャンヌに拒否された。「真面目に働くからチャンスをくれ」 俺は本当にその気だった。

しばらくの間、その日の仕事を見つけ稼いだ金をジャンヌに届けていたが、悪い虫が騒ぎ始めてきた。
酒場で知り合った男と競馬場へ行った。男は馬券で当てた札束を自慢そうにポケットから見せた。俺の後ろに立つ男。俺は前を向いたまま男の胸ポケットから札束を引き抜いた。同時に俺の手に手錠が掛けられた。男は警察の囮だったのだ。

刑務所に入ることはなんでもなかった。ただ、自分の迂闊さだけが悔やまれるのだった。警察の罠に嵌った迂闊さだけが・・・。
ジャンヌが面会に来た。「何故面会に?」 俺は聞いた。「あなたしかいないの・・・」 ジャンヌは悲しげに言う。母の世話をしてくれたジャンヌ。最初に会った瞬間から心を引かれたジャンヌ。
それからしばらく姿を見せなかったジャンヌから手紙が来た。『子供が病気で3週間高熱が続いていました。でももう大丈夫です。もうすぐ会いに行きます』 俺は嬉しかった。手紙を読んで心臓が激しく鼓動した。
ジャンヌの面会。俺は鉄格子越しにジャンヌにキスした。もう言葉はいらなかった。『・・・君に至る道は長い長い迷路のようだった・・・』
俺は今後の人生をジャンヌと共に生きると決意した。
映画館主から

フランスのヌーベルバーグ映画界に深い影響を与えたロベール・ブレッソン監督の異色サスペンスです。
スリのマジシャンのような鮮やかな手口。音楽の殆ど無いモノトーンの画面からスリの緊迫した光景が飛び込んできて見るものを釘付けにします。スリのプロを演じた人は本当の魔術師のカッサジという人で演技指導もしたのだとか。

出演者はすべて無名の素人を起用したそうで、そのドキュメンタリーなタッチがかえって迫力を生んでいるのです。
ブレッソンの脚本はドストエフスキーの「罪と罰」を下敷きにしているそうで、主人公のミシェルは犯罪についての自論を刑事に展開します。いわゆる“選ばれた非凡人は現行の秩序を超越できる”というものです。「罪と罰」は二十代の頃愛読した小説ですが、こんな屁理屈には理論的についていけないものを感じたものです。
「罪と罰」での殺人がこの映画ではスリに置き換えられているのですが。
ミシェルはラスコーリニコフです。刑事は予審判事のポルフィーリ・ペトローヴィチです。ジャンヌは売春婦のソーニャです。

私はこの映画を昔テレビ放映で見た記憶があったのですが細かい内容は忘れていました。最近NHKの衛星放送で放映されじっくり見ることができました。
無駄な台詞もなく、淡々とした風情はフランス映画らしい名作と思います。

参考文献:「映画辞典」 P−PRESS

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