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「クォ・ヴァディス」 |
| クォ・ヴァディス 1951・米 |
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![]() 製作:サム・ジンバリスト 監督:マービン・ルロイ 原作:ヘンリク・シェンキービッチ 脚本:ジョン・リー・メーヒン S・N・バーマン ソーニャ・レビン 撮影:ロバート・サーティース ウィリアム・V・スコール 音楽:ミクロス・ローザ 出演:ロバート・テイラー デボラ・カー ピーター・ユスティノフ レオ・ゲン パトリシア・ラファン ![]() ![]() ![]() ![]() |
物語 世界を支配していたローマ帝国。だが、同時に腐敗も進んでいた。 帝国の意に逆らう者は容赦無く殺された。敗れた国は賠償として人民を取られ、身分を問わず奴隷や人質にされた。 誰もがこの帝国を突き崩せるとは思ってもいない。 だが、30年前、ユダヤである男が人々に神の愛を伝えるべく、十字架に掛けられたのだ。だが、その十字架も常勝ローマ軍の前に影が薄れていた。 今、西暦64年の初夏。反キリスト者ネロ皇帝(ピーター・ユスティノフ)の統治下、マーカス・ビキニウス(ロバート・テイラー)の第14軍団がローマへの凱旋を飾ろうとしていた。 芸術家気取りの皇帝ネロは詩を作り、それに曲をつけて歌う。側近のペトロニウス(レオ・ゲン)がご機嫌をとるのでネロは何時間でも歌う。このペトロニウスはマーカス・ビキニウスの叔父である。 皇帝ネロは自分の母親や前夫人を殺した男である。今の王妃ポペア(パトリシア・ラファン)は好色だが皇帝ネロにうまく取り入り、思うがままの権力を握っていた。 マーカスは今は引退した前の将軍プラウティウスの家で美しい娘リジア(デボラ・カー)を見初めた。リジアは奴隷であったがプラティウスが養女にしたのである。 リジアはマーカスの話を嫌う。マーカスは征服や流血の話が多い。 「多少の血は流しても世界が平和になればよい」とマーカス。 「もっと穏やかで強い力があります。奴隷や戦車に鎖でつなぐ捕虜のない・・・」とリジア。 「奴隷は必要だ」 「パウロは万人を自由にと・・・」 「乞食哲学者のたわ言など信ずることはない」 二人の話は食い違い平行線だった。 だがリジアはマーカスに強く惹かれ、早く主の愛に目覚めるように祈るのだった。 宮殿での凱旋式。宮殿前の広場に溢れる群集が詰め掛けた。武功を成した男達が戦車で行進する。マーカスもその一人であった。 その後の宴の席にリジアはマーカスの元へ呼ばれた。マーカスが叔父であるネロの側近ペトロニウスに手を回したのである。 だが、リジアはそういうマーカスの権力的な部分を嫌うのである。 郊外の廃墟である集会が開かれていた。それはクリスチャンの集会だった。 パウロとともにエルサレムから来たというペテロという人物がいた。彼は30年前、十字架に掛けられたイエス・キリストに直接話しを聞き、教えを受けた人物なのである。 その集会にはリジアやその護衛人アーサスも、リジアの養父の前将軍プラウティウスも来ていた。 そして、マーカスも密かに集会の模様を見ていた。しかし、マーカスはクリスチャンの考え方に共鳴できない。 皇帝ネロは密かに新ローマの模型を作り自慢げに側近のペトロニウスに見せた。 「新しいローマの都だ、ネロポリス!」 それは美しく整備された都市だった。ペトロニウスは不吉な予感を覚え質問した。 「・・・今のローマはどうするのです?」 その時、司令官からの報告があった。 「ローマが火の海です!」 ネロは勝ち誇ったように叫んだ。「聞いたか?私の叙事詩だ、世界を変える、破壊から創造へ、別世界にするのだ!」 ローマが燃えている。人々は逃げ惑い、多くが死んでいった。 その中、駆けつけたマーカスはリジアたち多くのローマ人を地下道に誘導して救った。 ネロは宣言した。「布告する。愛するローマを焼き払ったのはクリスチャンと自称する不逞の輩である。これらの極悪人は厳罰により根絶されねばならぬ」 実はローマに放火したのはネロの命令によるものだった。この暴君は平凡を嫌い自分の芸術のためにローマを焼き尽くしたのである。そしてそれをクリスチャンになすり付けたのである。 リジアたちクリスチャンは牢にぶち込まれた。それを助けようとしたマーカスも同罪だった。 ネロの側近ペトロニウスは晩餐に親しい友人たちを招き、その席で自殺した。遺書としてネロに対する罵倒を残し・・・。 闘技場の群集が騒ぐ。クリスチャンたちが中央に現れると一斉にわめきたてた。「放火した奴らだ!」 その時、群集の中から浮かび上がった伝道師ペテロは叫んだ。 「主のみ名のもと、死ねる貴方達は幸せです。この日以後、貴方達は天国で神と暮らせます。ネロの天下は1日、キリストは永遠なのです!」 ネロはペテロを捕らえ牢に叩き込む。 クリスチャンたちは死を前に賛美歌を歌い始めた。ネロは不快な表情で手をかざした。 それを合図に数十頭のライオンが放たれた。腹をすかせたライオンの餌食になるクリスチャンたち。群集は歓喜した。 闘技場での様子をリジアやマーカスは見守っていた。 「生きている間に夫婦になりたい」 リジアは願った。マーカスも同じである。 ペテロのもとで夫婦になる二人。 「リジアのためにその神を信じます」 マーカスは誓った。 次いでペテロや前将軍プラウティウスが十字架に掛けられた。プラウティウスは群集に向かい叫ぶ。 「私は元将軍のプラウティウスだ、皇帝ネロは我々クリスチャンがローマに放火したと言っているが、それは嘘だ!放火したのはネロ自身である!」 ただちに鞭打たれ十字架に火が付けられた。火に焼かれる十字架の群れ。 王妃ポペアはリジアを殺すのにアイデアをネロに提案した。闘技場の中央にリジアが連行された。柱に縛られ、一頭の牡牛が放たれた。ただし、リジアの護衛人アーサスだけはリジアを守るために素手で牡牛に立ち向かうことができる。 「大きいな!ヘラクレスだ」 ネロはこの残酷な趣向に狂喜した。いかに怪力のアーサスといえども牡牛の強力な角に敵うはずが無い。アーサスが死ねば牡牛はリジアも殺す。 マーカスはネロとポペアの隣に後ろ手に縛られている。マーカスは恋人が殺されるのを手出しの出来ないまま見ていなければならないのだ。 牡牛はアーサスに向かって突進した。何度も何度も跳ね飛ばされるアーサス。マーカスは必死に手の鎖をほどこうともがく。 「アーサスに力をお与えください」 マーカスはいつしか神に祈っていた。 そしてついにアーサスの手が牡牛の角を捕らえた。そしてこの怪力男は牡牛の首の骨を折ったのである。闘技場の群集は総立ちとなり、喝采を送った。そして同時にマーカスが手の縄をほどき闘技場に踊り出た。 「ネロがローマを焼き、多くの人々を殺した!だが、圧制は終わったのだ、元のローマに戻る。今夜ガルバ将軍が着く筈だ。ガルバ新皇帝万歳!」 マーカスが群集に向かって叫ぶと、前から皇帝ネロに疑問を感じていた将校たちは決起した。群集の暴動が起き、宮殿に逃げたネロはポペアを絞め殺し自らも短刀を胸に突き刺し死んだ。 かくして暴君ネロの時代が終わったのである。 |
| 映画館主から マービン・ルロイ監督の大ヒットスペクタクル史劇。ローマ帝国第五代皇帝、暴君ネロの時代を背景にローマの軍団長とクリスチャンの娘との恋の物語になっています。 軍団長にロバート・テイラー。クリスチャンの娘にデボラ・カー。 絵に描いたようなハンサムボーイ、ロバート・テイラーはマービン・ルロイ監督の「哀愁」(’40年)という大メロドラマでも起用されています。片や美貌のデボラ・カーは「地上より永遠に」(’53年)や「王様と私」(’56年)と続いて活躍しますが、アカデミー賞はノミネートされるも受賞せず、’96年、特別名誉賞を得ています。 本作での白眉はなんといってもネロを演じたピーター・ユスティノフでありましょう。後に「スパルタカス」(’60年)、「トプカピ」(’64年)と2度のアカデミー助演男優賞を獲得しますが、その前触れ的な演技が本作の皇帝ネロなのです。太っちょで、おどおどして、何かにつけての決断もままならないという性格をやらせたら彼の右に出る者はいないと思います。 さて、「クォ・ヴァディス」は膨大な金と時間をかけた映画であろうことは、ローマ宮殿広場に集まった群集の凄さを見ても肯けます。 闘技場の場面でも相当な群集が登場します。更に燃えるローマから逃げ惑う群集の場面もそうです。 しかし、これだけの予算をかけた作品にしては残念ながらスカッとしない何かがあります。キリスト教弾圧を題材にしているためなのかどうか解りません。 演出のせいなのでしょうか。 何故、「ベン・ハー」(’59年、監督:ウィリアム・ワイラー)のような力強いコメント性を持った映画に持っていけなかったのか、少し残念です。 |
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