「帰らざる河」
帰らざる河 1954・米
帰らざる河

製作:スタンリー・ルービン
監督:オットー・プレミンジャー
原作:ルイス・ランツ
脚本:フランク・フェントン
撮影:ジョゼフ・ラシェル
音楽:ライオネル・ニューマン

出演:ロバート・ミッチャム
    マリリン・モンロー
    ロリー・カルホーン
    トミー・レティック


マリリン・モンローとロバート・ミッチャム

激流を下る筏

インディアンと戦う3人

帰らざる河
物語

1875年、ロッキー山脈の麓のある町の酒場。
酒場の歌姫ケイ(マリリン・モンロー)が歌い、男たちは酔いしれていた。少年マーク(トミー・レティック)は歌姫ケイの手伝いで走り回る。

マークの父マット・コールダー(ロバート・ミッチャム)がマークを訪ねてきた。マットは刑務所から出てきたのだ。その留守中、息子をケイに預けてあったのだった。マットはケイに礼を言うとマークを連れて去った。
その直後、ケイの恋人ハリー・ウェストン(ロリー・カルホーン)がやって来た。彼は金鉱を掘り当て、カウンシルの町での登記を急いでいた。

マットはマークと共に河のほとりで農地を開拓し始めた。遥かにロッキー山脈が連なる大地。
マットは妻を亡くし、息子と暮らすのが夢だったが、ある日、友人が撃たれそうになり、その相手を撃った罪で服役してきたのだった。そのことでマットはマークに多くを語らなかった。

ある日、河の急流を筏が下ってきた。マットはロープで筏を引き寄せ救助した。
筏に乗っていたのは歌姫ケイと恋人のハリーだった。マットとマークにとってはケイとはなじみである。ただ、ハリーは山師でどうもなじめない。
金鉱の登記でカウンシルの町へ行くというハリーに河を下るのは危険だと説明するマット。なにしろ急流の連続で、25キロ先まで両岸が屏風岩である。おまけにインディアンも出没するのである。

しかし、ハリーは翌朝、マットの銃と馬を奪い、単身カウンシルへ向かった。その時の闘争でマットは傷付いていたが、ケイとマークの介抱で快方に向かった。それと同時に山に異変の兆しがあった。のろしが上がっていた。やがて山を駆け下りてくるインディアンの姿が見えた。
荷物をまとめ筏に乗り河を下る3人。

インディアンの襲撃をかわし、筏は激流を下る。途中、野宿する3人。
マットとケイの会話を聞いてしまったマークは父親の過去が気になっていた。
「後ろから撃ったの?」
「あぁ、撃った。相手はパパの友達を殺そうとしたんだ。蛇を撃つのに前も後ろも関係ない」

再び激流を下る。両岸は切り立った屏風岩である。それが25キロも続くのだ。大自然の中にあっては、いつ転覆しても不思議ではない、木の葉のような頼りない筏である。
やがてケイが疲労で倒れた。仕方なく岸へ上がり、ケイの全身をマッサージしてやるマット。いつしか二人の間に愛が芽生えていた。

再度、激流を下る筏。山頂から筏に向かってインディアンたちが矢を射る。岩を投げる。その上を禿げ鷹が舞っている。
やがて筏はカウンシルの町へ着いた。

ハリーは金鉱の登記を済ませ、酒場で飲んでいた。だがマットたちが町へ来たと知るとほくそ笑んだ。
そしてこともあろうに丸腰のマットに銃を向けたのだ。「ダーン!」
倒れたのはハリーだった。撃ったのは息子のマークだった。マークはこの瞬間、父親マットの気持ちをはじめて理解したのであった。

酒場のピアノの上で歌うケイの姿がある。
♪〜耳を澄ませば聞こえるわ 悲しい水音が 人はそれを“帰らざる河”と呼ぶ 時には穏やかに 時には猛り立つ 恋は“帰らざる河”の旅人〜♪

マットはケイを荒々しく背負うと黙って馬車に乗せた。すでにマークも乗っていてケイに微笑む。マットの馬車は出発した。どこかで待っている筈の新天地に向かって・・・。
映画館主から

社会派監督オットー・プレミンジャーの異色西部劇。

前年の「聖衣」(’53年、監督:ヘンリー・コスター、主演:リチャード・バートン)でシネマスコープが初めて用いられて以来、大画面時代の到来となりました。
本作もその横が縦に比べ約2.5倍というシネマスコープの効果を最大限に生かしています。
長大なロッキー山脈、激流また激流を下る木の葉のように頼りない3人を乗せた筏、それを襲撃するインディアンの群れ、といったスリルがこの映画の見せ場です。
ただし西部劇の定番である保安官やカウボーイは登場せず、派手な決闘シーンもありません。ただひたすら激流の中の筏に乗った3人がインディアンと戦うのです。

「ナイアガラ」(’53年、監督:ヘンリー・ハサウェイ、主演:ジョゼフ・コットン)で見せた“モンロー・ウォーク”が一躍世の男性の喝采を浴びアメリカのセックス・シンボルとなったマリリン・モンロー。
そのモンローがけだるく歌う『帰らざる河』も大ヒットしました。

“スリーピング・アイ”と異名をとったロバート・ミッチャムは常に眠たそうな顔つきで知られますが、その後も多くの作品に出演しており、「眼下の敵」(’57年)、「恐怖の岬」(’62年)、「エル・ドラド」(’67年)、「ライアンの娘」(’70年)、「さらば優しき女よ」(’75年)、「大いなる眠り」(’78年)と西部劇から戦争映画、スリラー、文芸物、ハードボイルドと幅広く演じています。

オットー・プレミンジャー監督は麻薬中毒患者を描いた「黄金の腕」(’55年)や、イスラエル建国のドラマ「栄光への脱出」(’60年)、聖職者の苦悩を描いた「枢機卿」(’63年)などで社会派監督として名を馳せましたが、「帰らざる河」は彼の唯一の西部劇であると同時に一番肩の凝らない娯楽作品でありましょう。

参考文献:「週刊20世紀シネマ館 NO.1」 講談社

 映画館へ戻る