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「羅生門」 |
| 羅生門 1950・大映 | |||||
![]() 企画:本木荘二郎 監督:黒澤 明 脚本:橋本 忍 黒澤 明 原作:芥川龍之介 撮影:宮川一夫 美術:松山 崇 照明:岡本健一 録音:大谷 巌 音楽:早坂文雄 編集:西田重男 出演:三船敏郎 森 雅之 京マチ子 志村 喬 千秋 実 上田吉ニ郎 加東大介 本間文子 ![]() ![]() (写真1) ![]() (写真2) ![]() (写真3) ![]() (写真4) |
物語 雨が激しく降りしきる荒廃した羅生門の下で、杣売と旅法師がうつむいている。 「わかんねえ・・・さっぱり、わかんねえ・・・」と杣売。 そこへ、雨宿りのため一人の下人が駆け込んできた。「・・・わかんねえ・・・さっぱり、わかんねえ・・・」 下人は二人に気づき近づいた。「何がわかんねえんだ?・・・」 旅法師「今日のような恐ろしい話は初めてだ・・・」 杣売と旅法師は「こんな不思議な話は聞いた事が無い」と下人に話し始めた。 杣売 「3日前だ。わしは山へ薪を切りに行った。」 森の中へ深く入って行く杣売。・・・ふと足を止めた先に男が死んでいた。慌てふためき山を駆け下りた杣売は役所に届け出た。おりしもその頃、放免(警官)が一人の山賊を捕らえていた。山賊は山の中で武士とその妻に出会い、武士を殺し、刀を奪ったのだ。 旅法師は武士と妻の二人連れを数刻前に見かけていた。杣売と旅法師は検非違使の庭で証言するとともに、これからの奇妙な証言を聞くことになる。 検非違使の庭での証言(1)・・・・・・・・・・・・・・・・
検非違使の庭での証言(2)・・・・・・・・・・・・・・・
下人「俺にも何が何だかわからなくなった」 杣売「嘘だ!あの女の話も、死んだ男の話も・・・」 下人「死んだ人間が話すのか?」 旅法師「巫女の口を借りて話す。私には死人まで嘘を言うとは信じられない・・・・」 検非違使の庭での証言(3)・・・・・・・・・・・・・・
「嘘だ!男の胸に短刀など無かった!あの男は太刀で刺されたんだ!」と 杣売。下人「おめえはどうやら一部始終を見ていたらしいな。話せよ」 杣売の証言(4)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
下人「どうやら今の話が一番本当らしいな」 杣売「わ、わしは嘘は言わねえ」 下人「だが、どこをどう信じようって言うんだ!」 その時、羅生門の奥の方から赤子の泣き声が聞こえてきた。行って見ると捨て子だ。下人はすかさず赤子の脇に添えてあった着物を持ち出した。「何をする!」杣売が下人に掴みかかった。 下人「へっ、こうでもしなきゃ、生きていけねえ世の中だ。そういうおめえはどうなんだ!検非違使の目は誤魔化せても俺は誤魔化されねえぞ!あの女の短刀はどうしたんだ。てめえが盗まねえで誰が盗むんだ!」 杣売「・・・・」 「どうやら、図星らしいな」下人は悪態をつき、嘲笑いながら、まだ雨が降りしきる中を立ち去った。 羅生門の下、赤子を抱いた旅法師と杣売がぼんやり立ち尽くしている。 やがて雨が止んだ。杣売が旅法師の抱く赤子へ手を差し出した。とっさに身を引き、「この上、この子から身包み剥ぐつもりか!」と旅法師。 「・・・・うちには子供が六人いる。六人育てるも七人育てるも同じ苦労だ・・・」 旅法師「・・・私は・・恥ずかしいことを言ってしまったようだな」と赤子を杣売に手渡す。「無理もねえ、今日という今日は、人を信じられねえのも無理はねえ」杣売が赤子を抱き上げた。旅法師は言った。「お主のおかげで私は人を信じていくことが出来そうだ」 杣売が赤子を大事そうに抱えて羅生門を後にした。その姿に雨上がりの薄日が差していた。 |
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| 映画館主から 芥川龍之介の小説「羅生門」と「藪の中」より材を得て作られた黒澤明の平安朝ミステリー時代劇。ストーリーの主な展開は「藪の中」より摂られ、その物語を繋ぐ舞台背景として「羅生門」のムードが効果を効かせています。 当時、大映の社長だった永田雅一でさえ、この映画の試写で途中で席を立ったといいます。その後も、海外で続々と受賞し始めるまで、「なんや、サッパリわからん」と、自分の会社の作品をこき下ろしていたとか。 映画評論家の大半も「羅生門」を評価しなかったにもかかわらず、ベネチア映画祭でグランプリ、米アカデミー特別賞(最優秀外国語映画賞)を受賞したとたん、手の平を返したように絶賛し始めました。こういう人種は私は好きにはなれません。 確かに芥川の小説同様、映画「羅生門」も難解です。小説に無いのは、下人に性格を与えたことです。ラストで赤子を登場させ、下人がその着物を剥ぎ取る。明らかに人の道を外れた行為を杣売と旅法師がなじります。その後、杣売が赤子を自分の家で育てることになり、旅法師同様、我々も人間に対する信頼を取り戻します。 芥川の「藪の中」は昔、中学生の頃読みました。細かいところは忘れましたが、真実は相対的なもの、人の見方でどうともなる。絶対的なものなど無い。さらに、そもそも真実などというものが存在するのだろうか?という、ニヒルな感想でした。 すべての真実に疑問を投げかけることで満足した、芥川の小説に無いラストシーンを創作したことは、正に希望の人、黒澤の成果でしょう。 アメリカ映画「暴行」(’64年、マーティン・リット監督、ポール・ニューマン主演)は「羅生門」を西部劇に置き換えた作品でしたが、出来がいまいちで、ほとんど話題になりませんでした。 早坂文雄作曲によるタイトルバックに流れる「近松座」の音楽は、MIDI作者、大文字様のご努力によるものです。 参考文献:ドナルド・リチー著 「黒澤 明の映画」 キネマ旬報社 |
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