「シンドラーのリスト」
シンドラーのリスト
       1993・米
シンドラーのリスト

製作:スティーブン・スピルバーグ
    ジェラルド・R・モーレン
    ブランコ・ラスティグ
監督:スティーブン・スピルバーグ
原作:トーマス・キリーニー
撮影:ヤヌス・カミンスキー
音楽:ジョン・ウィリアムズ

出演:リーアム・ニーソン
    ベン・キングスレー
    ラルフ・ファインズ
    キャロライン・グッドール
    ジョナサン・セガール
    エンベス・ダビッツ

ナチス収容所

ナチス収容所長ラルフ・ファインズとシンドラーのリーアム・ニーソン

ユダヤ人の従業員にキスするシンドラー

ユダヤ人は裸にされ・・・

ガス室の恐怖

シンドラーのリスト
物語

1939年9月。第二次世界大戦はドイツのポーランド侵攻で幕を開けた。南部の都市クラクフにはナチスの嵐が吹き荒れていた。
反ユダヤ主義の嵐であった。ユダヤ人を根絶やしにするというものだ。

実業家オスカー・シンドラー(リーアム・ニーソン)はそんな時にこの地にやってきた。彼はナチスの党員であり、胸には狛十字の紋章を付けている。彼は財力に物を言わせ軍の幹部を掌中に納めていく。時には賄賂ともいえる手を使った。
ある日、有能なユダヤ人会計士イツァーク・シュテルン(ベン・キングスレー)を雇った。シンドラーには彼の背後の人脈を利用する計算もあったのだ。
倒産した工場を手にいれ、軍用のホーロー容器の生産に着手した。

1941年3月。ユダヤ人たちは壁に囲まれたゲットーで暮らすことを強いられた。シュテルンの働きでユダヤ人たちが無償の労働力として続々と工場に集められた。
一方シンドラーはたびたび派手なパーティを催し、将校達に闇市で仕入れたコニャックを振舞う。シンドラーの工場は軌道に乗った。
ある夜、シンドラーはシュテルンに感謝のグラスを差し出したがシュテルンは受けなかった。シュテルンにとってシンドラーは敵のナチスだったのである。

シンドラーの生活は優雅だった。高級な服で身を包み、運転手つきの高級な車で出かける。愛人もいる。
ある日突然別居中の妻エミーリェ(キャロライン・グッドール)がシンドラーのアパートを訪ねてくるが、シンドラーの奔放な生活を見て夫婦の溝は埋められないと一人汽車で帰ってしまう。

1943年2月。ゲットーが解体され、新しくプワシュフに強制労働収容所が作られることになった。愛人と馬を走らせていたシンドラーは小高い丘の上から見下ろした。
住民を家畜のように追い立てる親衛隊。素直に従うもの。反抗するもの。逃げようとするもの。罪なき人々が打たれ略奪され、殺されていく。ナチスにとってユダヤ人たちは動物以下の存在なのだ。
そんな中に赤いコートを纏った一人の少女が毅然と歩いていく。少女の目の前で少年が銃殺された。次の瞬間、少女は突如身を翻し建物の陰に消えた。
夜になっても銃声は止まず、辺りには死体がまるで瓦礫のように無造作に山積みされていた。

プワシュフ収容所に所長アーモン・ゲート(ラルフ・ファインズ)が着任した。その日からユダヤ人たちにとってそこは単なる収容所ではなく恐怖の処刑場と化したのだ。
上半身裸の所長ゲートはバルコニーの上からユダヤ人たちに銃を向ける。スコープ付きの銃で狙いを定める。一人、二人、頭を吹き飛ばされ一瞬に倒れるユダヤ人。その他のユダヤ人たちは死んだのが自分でないと知り何事もなかったかのように歩く。ゲートにとり単なる暇つぶしなのだった。

シンドラーはゲートに会い、生産効率の向上の名目で、自分の工場の敷地内にプワシュフ収容所に付属する第二収容所を作りたいという意向を伝えた。費用は全額シンドラーの負担である。
こうしてできたシンドラーの私設収容所は死と直面して働いてきた者たちにとり正に天国だった。ここにいる限り死ぬことはない。
事情を知ったユダヤ人達の間ではシュテルンの縁故にすがりこの収容所に入るための競争が始まっていた。
シンドラーに直接訴える人々も出てきた。シンドラーは困惑しながらもその訴えに応えた。シンドラーの収容所はすでに1200人にも達している。

その頃から収容所で恐ろしい噂が飛び交っていた。ガス室の恐怖。その恐怖が現実となった。収容所に乗り込んできた親衛隊はユダヤ人たちを裸にし、健康でまだ働けるものとそうでないものを振り分けた。検査に落ちた老人や子供達が姿を消した。

1944年4月。シンドラーが36歳の誕生日を迎えた頃、ソ連が急速に西への攻勢に出始め、ナチスは死の収容所の証拠隠滅に大わらわとなる。プワシュフでは1万人もの囚人が殺されて焼かれ、既に殺されて埋められていた死体は掘り起こされて焼き尽くされた。
シンドラーは荷車で運ばれていく死体の中にあの赤いコートの少女を発見した。シンドラーの収容所も閉鎖されることになった。そうなれば従業員たちの運命も絶望的だった。
シンドラーはどんなことをしてでも自分の工場で働く者たちだけは守ろうと固い決意を胸にたぎらせた。
その言葉に涙したシュテルンは初めてドイツ人シンドラーとグラスの酒を交わしたのだ。

シンドラーはありったけの金をトランクに詰め、ゲートとの直談判に出かけ、チェコスロバキアに工場を移転し、熟練工とプワシュフの役に立ちそうな者たちを連れて行くことを承知させた。
それからはシュテルンと二人で大急ぎで移動させる者たちの名簿を作成した。シンドラーの呼び上げる名前をタイプに打つシュテルン。
今やこのリストに載って新しい工場に移されること以外にユダヤ人たちが生き残れる道は無かった。
シンドラーが私財をなげうって、身の危険を冒してまで挑戦したみ未曾有の大救出作戦であった。

こうして1200人以上のユダヤ人の命を救ったシンドラーは最後にシュテルンの胸に身を抱かれ男泣きに泣く。
「何故もっと救えなかったのか!もっと救えた筈だ!あと一人でも二人でも・・・」

従業員たちに別れを告げるシンドラー
映画館主から

ハリウッドの天才監督スティーブン・スピルバーグのシリアス作品。徹底的にリアルなドキュメンタリータッチです。

超娯楽作品の「ジュラシック・パーク」と同じ年に製作されたシリアスな本作はついにスピルバーグにアカデミー作品賞・監督賞をもたらしました。
他にアカデミー脚色・編集・撮影・美術・作曲と7部門の賞を総なめ。
おまけに「ジュラシック・パーク」では視覚効果・音響・音響効果編集賞まで受賞しているのです。

原作のトーマス・キリーニーはかってポーランドの陸軍中隊長であり、シンドラーによって救われた一人でありました。
スピルバーグ自身も両親はユダヤ系でした。そのためかスピルバーグの作品にはナチスを嫌悪する血が宿っているのです。
「レイダース/失われた聖櫃」(’81年)や「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」(’89年)は娯楽作品ですが、徹底的にナチスを茶化しています。

主役のオスカー・シンドラーを193cmの長身のリーアム・ニーソンが演じます。決して聖人君子でもなく、モラリストでもなく、多額の賄賂でナチス要員を垂らしこんだ抜け目の無い実業家。しかし、虐げられた人々、弱き人々へ向ける愛と慈しみ、人間としての確たる正義感を持った男シンドラーをニーソンはまさにさもあらんと思えるほどに演じています。
本作の好演でアカデミー主演男優賞にノミネートされるも受賞したのは「フィラデルフィア」のトム・ハンクスでした。

シンドラーの助手を演ずるユダヤ人イツァーク・シュテルンにベン・キングスレー。彼は’82年の「ガンジー」(監督:リチャード・アッテンボロー)でアカデミー主演男優賞を受賞した名優です。
さらにナチス収容所の冷酷な所長に映画出演が2作目のラルフ・ファインズ。本作でアカデミー助演男優賞にノミネートされましたが、「逃亡者」(監督:アンドリュー・デイビス)のトミー・リー・ジョーンズに軍配が上がりました。

ところで、日本のシンドラーとして有名なのが杉原千畝(すぎはらちうね)です。彼は第二次世界大戦当時の外交官で、外務省の命令に反して実に6000人ものユダヤ人に亡命ビザを発行して救ったとされています。


参考文献:公開時パンフレット

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