「市民ケーン」
市民ケーン  1941・米




製作・監督・脚本:
    オーソン・ウェルズ 
脚本:ハ−マン・マンキーウィッツ
撮影:グレッグ・トーランド
音楽:バーナード・ハーマン

出演:オーソン・ウェルズ 
    ジョゼフ・コットン
    ドロシー・カミンガ−
    アラン・ラッド
物語  

アメリカの新聞王、ケーンが手にガラス球を持っていた。ガラス球の中には水とともに白い粉が舞っている。白い粉は雪に変わった。「バラのつぼみ・・・」ケーンの手からガラス球が床に落ち、粉々に砕け散った。ケーンが死んだ。

ケーンの最後に残した「バラのつぼみ」とはなんのことか?成功者ケーンのこれまでの足跡を、記者トンプスンが取材することになった。
2度目の妻スーザンは、売れない歌手だったのをケーンに拾われ、愛されたが、今では酒場で働く飲んだくれ女に成り下がっていた。オペラの舞台に立ったこと、最初の妻との諍い、ケーンとの愛の無い、大邸宅での生活について語るが「バラのつぼみ」については知らなかった。

ケーンの後見人、サッチャーの手記から、ケーンは少年の頃、両親から引き離されて育った時期があることが解った。雪ソリで遊ぶ少年ケーン。

新聞のコラムニストだったリーランドはケーンの親友だった。しかし、今ではアル中同然だ。リーランドはケーンとともに生き、新聞を発行した。そして、ケーンが新聞王になっていく様を語った。だが、トンプスンには「バラのつぼみ」の意味は解けなかった。

ケーンの大邸宅の整理が行われている。次々と暖炉の中で廃材が燃えていた。投げ込まれた子供用のソリに「バラのつぼみ」と書いた文字があり、火は次第にその文字を焼いていくのだった。「バラのつぼみ」は人々には謎のまま、灰となっていった。
映画館主から

オーソン・ウェルズが25歳の時に製作した映画史上の金字塔的作品です。青年から老人になるまでのケーンを演じたオーソン・ウェルズの演技力もさることながら、その演出の斬新さは、まさに天才です。回想と現在が複雑に交差して、ケーンの人生を浮き彫りにしてゆく構成の確かさ。奥行きの深いシーンを前後のピントを調節してワンショットで撮影するパン・フォーカス撮影法の開発など、後世の映画界に多くの影響を与えました。
「バラのつぼみ」とは、ケーンの少年時代の雪ソリに刻んであった文字でした。栄華を極めたケーンも最終的には孤独な人生であったのでしょう。死の間際にガラス球の中に雪景色を見たケーンは、幼少のころ親しんだソリを思い出したのでした。謎解きのような展開で、一人の人生を浮き彫りにしていき、最後は結局謎のまま終わります。

しかし、唯一、映画の観客だけが「バラのつぼみ」の意味を知るという、なんとしゃれたセンスでしょうか。映画の後の余韻が忘れられません。
この映画は、当時の大新聞王ランドルフ・ハーストをモデルにしていたとのことで、公開時、物議をかもしたそうです。

オーソン・ウェルズは監督作品としても、役者としても、最高の仕事を残しました。しかし、早熟の天才の悲しさか、この作品を超えることはありませんでした。
  参考文献:「アメリカ映画作品全集」 キネマ旬報社

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