| 裸の十九才 1970・近代映画協会 |
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![]() 製作:絲谷寿雄 能登節雄 桑原一雄 監督:脚本: 新藤兼人 脚本:松田昭三 関 功 撮影:黒田清己 高尾義照 音楽:林 光 小山恭弘 出演:原田大二郎 乙羽信子 草野大悟 佐藤 慶 渡辺文雄 殿山泰司 河原崎長一郎 ![]() ![]() |
物語 横須賀港の岸壁の柵にもたれて、少年が海を見ている。少年の名は山田道夫(原田大二郎)19才。 汚れた海に油が流れている。道夫は思う。自分も相当汚れているのだろうか。 道夫は米軍基地の居住区に忍び込んだ。たまたま留守の住宅。部屋の中を物色する。三面鏡の前のハンドバッグの中をまさぐり、びくっとする。道夫の手に女性用の小型拳銃、22口径レームRG10型が握られていた。 夜、誰もいない海辺。道夫は岸壁に向け拳銃を発射してみた。軽い鈍い音がした。もう一発。拳銃を撃ったという実感が込み上げた。岩の弾け飛んだ痕がある。触ってみる。道夫の内面を熱いものが突き上げてきた。これだけが俺の味方だ。唯一の仲間だ。 山田道夫は中学卒の集団就職の一人として青森県から上野駅に着いた。渋谷のど真ん中にあるフルーツパーラーに就職するのだ。 4人部屋の寮に住み込み生活を始めた。大西先輩(河原崎長一郎)は厳しいが面倒見もいい。野川専務(渡辺文雄)から初めての給料を渡された道夫は母親に手紙を書いた。 青森県で魚の行商をしている山田タケ(乙羽信子)は、道夫からの手紙を読む。『・・・・カアチャンニ、2000円オクリマス。コレカラモマイツキオクリマスカラ、タメテオイテ、テレビヲカッテネ・・・・』 背広を月賦で新調した道夫はいっぱしの大人気分だった。渋谷駅前は全共闘の学生たちのジグザグデモとそれを取り巻く機動隊とで騒がしい。群集の中の道夫はある種の羨望をもって見ていた。 一緒に就職した仲間が一人去り、二人去り、やがて道夫も辞めてしまう。外国に行こうと横浜港の貨物船で密航を企てた道夫は捕まり、千葉でタクシーの運転手をしている長兄の家に引き取られた。 夜中に隣の部屋から長兄の嫁の愚痴が聞こえてきた。「いつまで置いておくつもり?あの子のいってる肉屋の給料日、今日だったんでしょう。出て行ってもらえないの?」 「そういう訳にもいかないよ」 半年後、道夫は長兄の狭いアパートを飛び出す。 大阪の街をあてもなくさ迷う道夫。渋谷のフルーツパーラーを辞めて大阪の大きな自動車部品製造会社に就職したと母親に嘘を言ったのだった。 米屋で住み込みで働き始めた道夫は、女将が夫に話すのを聞いてしまった。 「あの子の生まれは網走無番地になってますな。網走の番外地いうたら刑務所のあるところどっしゃろ」 「刑務所で生まれるわけないやろ。まあ、ええやないか、よう働くし・・・」と、主人の声。「それが曲者なんや、あの年で女を買いに行くらしいのだす。おとなしい顔してますけど、何をしでかすかわからしまへん」 道夫はそこを飛び出した。 道夫は再び東京へ舞い戻り、牛乳配達、クリーニング店、電気屋と職を転々とした。そして電柱のポスターを見て自衛隊の募集に応募する。 「山田道夫さんですね。身上書で不合格になっています」 応募して一週間もたつのに連絡がないので、自衛隊東京連絡部まで出向いた道夫に受付嬢は応えた。 「誰が僕を落としたんです。僕の身上書のどこが悪いんだ!」 プリンスホテルの敷地内に侵入した道夫。プール脇でガードマンに呼び止められる。挙動不審の道夫はガードマンに連行されようとした。 道夫の手に拳銃があった。「バン」 ガードマンがくず折れ、大きく目を見開いて道夫を見た。2発、3発。道夫、必死にその場を逃げる。最初の殺人だった。 京都、八坂神社境内で寝ていた道夫の顔を懐中電灯が照らした。 「・・・ここは寝るところじゃないぞ」警備員だった。道夫の肩を掴み立たせようとした、その時、「バン」 道夫の拳銃が鈍い音を発した。2発、3発。警備員、断末魔の悲鳴を上げて倒れる。道夫が茂みに身を隠すと、悲鳴を聞きつけ駆けつけた他の警備員たち。「あっ、やられてる」「まだその辺にいるぞ!」第二の殺人だった。 道夫は北海道網走の以前住んでいた家の前に立つ。朽ち果てた我が家。道夫の脳裏に幼い頃の極貧の日々が蘇える。貧乏な割に子沢山の家庭。博打好きな父親はろくに家に帰らず、帰ると家のものを持ち出し金に替えてしまう。母親が行商に出ると、幼い子供たちは僅かな食物を分けあい、飢えをしのいだ。 長女の初子は借金を頼んだ人夫頭にかわりに強姦された。幼い道夫はその様子を見ていたのだ。初子は以来、精神を冒され精神病院の独房に入っている。 函館駅前からタクシーに乗った道夫は、うら寂しい郊外で運転手を撃った。 痙攣している運転手を冷静に見ている。そして、売上金を盗んだ。第三の殺人。 名古屋の大衆食堂。板前が女の子を従えて道夫のテーブルへやってきた。 「今、この子に言ったことをそのまま言ってみろ!」 「このカツ丼がまずいって言ったんだ。こんなにまずいもんで良く金がとれるなって言ったんだ」 「まずけりゃ食うな!」 「客に向かって生意気な口を叩くな!」 道夫と板前は殴りあいになった。様子を見ていた中年のサラリーマンが板前に加勢して叫んだ。「近頃の若い奴は生意気だ!やっつけるんだ!」 道夫は袋叩きにあった。 名古屋の寂しい倉庫街。タクシーで来た道夫が運転手を撃った。第四の殺人。 再び東京。名古屋で知り合った女と東京でアパートを借りて生活を始めたが、女にはやくざ者の男がいてひと悶着あった。 夜、とある事務所に忍び込み、ロッカーを物色しているところをガードマンの懐中電灯が照らした。 「誰だ!」 道夫、拳銃を構えて飛び出す。警棒が道夫の顔をとらえる。道夫、拳銃を発射しながら逃げる。 早朝、神宮外苑の参道を道夫が歩いていると、パトロールカーが止まり、二人の警官が降りてきた。 「どっから来たんだ?」 「あっち」 「なにやってるんだ?」 「マラソン」 「職業は?」 道夫、震え始める。「これはなんだ?」 警官が道夫のポケットの拳銃を発見した。 「おまえ、やったな」 こうして、山田道夫は逮捕された。 山田タケの家に報道陣が大挙押し寄せた。夥しいカメラのシャッターの音。 「お母さん、道夫君のことを話してください。道夫君が連続射殺魔として逮捕されて、どんな気持ちですか?」 タケは記者たちに囲まれ、ただ怯えるのだった。 拘置所の面会室でタケが道夫と面会した。二人は食い入るように相手を見つめた。タケも道夫も涙を流している。やがて・・・ 「・・・母ちゃん・・・あの時、なんで僕を網走へ置いていったんだ」 「・・・道夫、ゆるしてくれ・・・ひもじかったべ・・・母ちゃんが悪かった・・・ゆるして・・・」 すでに年老いて白髪となった母は息子に両手を合わせるのだった。 道夫は独房の小さな窓を見上げる。 『私は生きる、せめて二十歳のその日まで。寒い北国の最後と思われる短い秋で私はそう決める』 |
| 映画館主から 1968年、世間を震撼させた連続射殺魔事件がありました。犯人は永山則夫19才。東京、京都、函館、名古屋で警備員やタクシー運転手、4人を射殺した事件です。 裁判はその後、死刑と無期懲役の変節を経て、最終的に死刑が確定。 逮捕時未成年だったこともあり、死刑制度そのものの是非をめぐっての様々な論議もありましたが、1997年8月に刑が執行されました。享年48才でした。 この事件をモデルにした新藤兼人による映画、「裸の十九才」は事件発生から2年後に公開されています。新藤たちスタッフは、青森へ行き、永山則夫の母に会い、中学の先生や、友達など、可能な限りの取材をしたそうです。 映画は実録風に淡々と永山則夫の育った家庭環境や就職してからの転々とする様子、また犯行の過程を描いています。当時全盛だった全学連のデモ行進の中での撮影や、集団就職、新幹線、深夜喫茶、ゴーゴークラブなど、高度経済成長の真っ只中にあった日本の姿が効果的に描かれています。 新藤は語っています。「私たちが描こうとするのは、事実の永山則夫ではなく、永山則夫に集約された何千万という永山則夫である」と。 永山は私と同じ団塊の世代です。戦後間もない頃は現代のような飽食の時代と違い、世の中はおしなべて貧困でした。彼は無知と貧困が犯行の引き金になったと裁判所で述べていますが、もしそうならば世の中、殺人者で一杯になってしまいます。彼ほどの極貧の状況は稀かもわかりませんが、ある時点で犯罪を犯すか、踏みとどまるかは紙一重の差でありましょう。 永山則夫は独房の中で猛然と勉学に励みます。マルクスや他の哲学書を読破し、’71年、手記「無知の涙」(合同出版)を発表します。これはベストセラーとなり、私も買って読みました。詩やメモで埋め尽くされた大作で、永山の血の滲むような魂の叫びがほとばしっています。 その後、彼の文章は次第に力を帯び、小説「木橋」(’83年・立風書房)は新日本文学賞を受賞しています。 主人公の山田道夫役にこれが映画デビューの原田大二郎。好演です。母親タケにベテラン、乙羽信子。その他、新藤組の俳優たちが大挙出演しています。 参考文献:「新藤兼人の映画 著作集1」ポーリエ企画 |