切腹 1962・松竹![]() 監督:小林正樹 原作:滝口康彦 脚本:橋本 忍 撮影:宮島義勇 音楽:武満 徹 出演:仲代達矢 三國連太郎 岩下志麻 石浜 朗 丹波哲郎 稲葉義男 中谷一郎 佐藤 慶 ![]() ![]() |
物語 彦根藩、井伊家の玄関を津雲半四郎と名乗る浪人が訪れた。「生活に困窮し、これ以上生き恥をさらして生きるよりは、いっそ武士らしく切腹して果てたい。せめて、最後の死に場所に、ここの庭先をお借りしたい。」と言うのである。 井伊家の家老は苦りきった。「又,来よったか・・・」当節、食い詰者の浪人が、切腹すると称して大名の玄関先にやってきては、庭先を血で汚されたくない武家屋敷から、幾ばくかの金を得て生活の糧にするという風潮があった。いわば、たかりである。 「お主は、まさか違うと思うが、武士の風上にもおけない困った風潮でな」家老は言った。半四郎は、かぶりをふった。本気である。見事、腹掻っ捌いてみせる、と。 庭に切腹の場の準備の間、家老は半四郎に語り始めた。「そういえば、この前も何某という若者が、切腹したいといって来たことがあった・・・・・。」 井伊家では、当時の風潮を武士の風上にもおけないと考え、こらしめのため本当に切腹させることにした。若者は青くなった。一両日待ってくれれば、必ず戻ってきて、切腹する、と懇願するが、許されなかった。 いざ、切腹の段になったが、若者は愕然とする。腹を切る刀は自分の刀・・・実は竹光・・・だ。何という非情。周りで見ている武士は嘲笑っていた。観念した若者は半ばやけになって、竹光を腹に突き立てた。しかし、竹光で切腹できる訳が無い。早く切れと急かす介錯人。若者は舌を噛み切り、全体重をかけて竹光を腹に突き刺し、果てた。 半四郎の切腹の場が用意され、いざ切腹という時、半四郎が武士の最後の願いで、腕のたつ人間に介錯を頼みたいと申し出る、何某と指名する。何某は病欠で休んでいた。しからば、と名指した第二希望者も、第三希望者も病欠だ。家老は引きつった。「・・・何かある・・・」三人を家まで呼びに行かせた。 「では、その間、拙者の身の上話でも・・・」と、半四郎は語り始めた。実は、先の家老の話の若者は、半四郎の娘婿であった。藩が取り潰しになり、主人の追い腹を切った盟友の遺児を娘婿にしたのである。 生活が困窮を極めていた娘夫婦の一人息子は、病気で高熱を出している。半四郎が見舞うが、医者に見せる金がない。その時、婿が言った。「心当たりがあります。」出て行った後姿が、生きている婿の最後の姿であった。半四郎は家老をなじった。一両日待ってくれと懇願する婿に、何故、最後の情けをかけてやれなかったのか、もっと適切な対応の仕方があった筈だと。 半四郎がおもむろに懐から取り出し前に投げた物がある。切り取られた髷が三つ。家老に驚愕が走る。「命までは取っていない。・・」と三人との個々の対決を語る半四郎。武士の体面を保つため、髷の伸びるのを待っているような腰抜け武士が、よくも金に困ってやってきた若者をよってたかってなぶり殺しにできたものだと、半四郎は井伊家の武士達を思いっきり嘲笑した。 もはや、生きて返す訳にはいかない!井伊家の武士達が一斉に襲い掛かる。大殺陣が繰り広げられた末、半四郎は自ら切腹して果てた。井伊家は大きな禍根を残したのであった。 |
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映画館主から 大作「人間の条件」の小林正樹監督が手がけた初の時代劇。暗く陰惨な題材であるが、橋本忍の卓抜した脚本を得て、重厚な構成の見ごたえのある作品に仕上げています。 武士社会の体面に対する、痛烈な批判を込めての復讐劇になっています。映画の大半が回想形式で表現されていますが、ドラマの緊張感は少しもゆるむことなく、観るものを引きずり込みます。武満の擬音的な音楽も効果的です。 娘婿を悲惨な死へと追いやった人々に対する津雲半四郎の復讐。若者の死は、いわば身から出たさびで、仕方のない面もあり、そこに半四郎のやりきれなさ、後悔、無念があります。井伊家の三人の腕の達人とのそれぞれの決闘場面は胸のすくものがあります。しかも半四郎は相手を殺さない。髷だけを持って、この復讐の場にやって来ます。 ドラマでは、それが生きてきます。出仕できず、家に閉じこもっている剣客を半四郎は大いに罵倒し嘲笑するのです。それが、この映画の主題である、非人道的な武士社会へ対する痛烈な批判となっています。この三人の武士は、その後家老から切腹を命じられることになります。 演技派、仲代と個性派、三國の丁丁発止のやりとりがみもの。脇役陣も芸達者を揃え、小林監督の最高作といえます。 武士社会の復讐劇といえば「忠臣蔵」があります。日本人の最も好むこの題材については又、別項目で。 参考資料:佐藤忠男著「日本映画思想史」三一書房 |
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