「影武者」
影武者 
1980・東宝=黒澤プロダクション
   影武者

製作:田中友幸
    黒澤 明
監督:黒澤 明
脚本:黒澤 明
    井出雅人
撮影:宮川一夫
    斉藤孝雄
    上田正治
音楽:池辺晋一郎

出演:仲代達矢
    山崎 努
    萩原健一
    根津甚八
    大滝秀治
    室戸日出男
    倍賞美津子
    桃井かおり
    隆 大介
    油井昌由樹
    志村 喬
    藤原釜足

武田の重臣たち

信玄の影武者(仲代達矢)

影武者が信玄の孫を抱く

側室に囲まれうろたえる影武者

武田の騎馬軍団

武田の騎馬軍団

影武者
物語

甲州の武田信玄(仲代達矢)は、弟の信廉(山崎努)が連れてきた、磔になる寸前の盗人(仲代達矢:二役)をひと目見て驚いた。盗人は信玄に瓜二つだった。
もとより信廉も兄弟だけあって容貌骨相が信玄に良く似ており、信玄の影武者を努めて敵の目を欺いたこともある。しかしこの盗人の似方は尋常ではない。
信廉 「何かの折に、役立つと思い、処刑されるところを拾ってまいりました」

天正元年、織田信長との決戦を前にして、信玄は野田城外の野営を視察した際、城からの一発の銃弾に襲われた。
信玄は深手を負っていた。幹部の前で信玄は言った。「わしに万一のことがあっても、死後3年の間は喪を秘し、絶対に口外するな・・・だが、まだまだ死にはせんがな、ワッハハハ・・・」
その信玄が死んだ。それを知っているのは限られた幹部だけである。

信玄負傷の報は、織田信長(隆大介)や徳川家康(油井昌由樹)のもとへ届いた。すぐさま信玄の情報を探るべく間者が放たれた。
しかし、武田軍の騎馬団の中に総大将信玄の姿を見て間者たちはとって返した。「やくたいもない。朝には重体だと申し、夕べには健在だと申す。そして夜にはそれも怪しいと申す。間者ども皆めくらか!・・・この三河近くまで軍を運んでおきながら兵を引き上げるからには、何か訳がある筈だ」信長は歯軋りした。

盗人はある夜、その本性を現し、気になっていた大瓶を慎重に壊し、その中を覗いた。金目のものが入っていると踏んだ盗人は腰を抜かした。その筈、その中には、信玄公の屍が入っていたのである。
物音を聞いて番兵が駆けつけ、盗人の首筋に槍を突きつけた。「お屋形様のご遺体を見た以上、生かしてはおけん!」
そこへ現れたのは侍大将の山県昌景(大滝秀治)だった。「しかしな、明日は
お屋形様のご遺体を諏訪の湖にお納めする、その前にむやみに血をながすこともなかろう」
盗人は放免された。

霧がかかった諏訪湖に大瓶を乗せた船が滑っていく。岸辺で手をついている幾人かの重臣たち。盗人は少し離れた小屋の陰で見守った。小屋の片隅に走って来た織田、徳川の間者たちは、やがて霧の中から帰ってきた大瓶のない船の姿を認めるや、これは信玄の密葬に間違いないと言い合って立ち去った。
いたたまれなくなった盗人は武田の重臣たちの前に走っていく。
「俺を使ってくれ!俺はお屋形様のお役に立ちてえんだ!」

諏訪神社で能を奉納する儀式が行われた。織田、徳川の間者が高い場所から見ると、かがり火の中にまごうことなき信玄の姿があった。盗人は初めて大衆の前に影武者として現れたのだ。

諏訪城を構える信玄の次男、勝頼(萩原健一)の子、竹丸(油井孝太)が祖父である信玄に会いに来た。重臣たちも当の影武者も内心落ち着かない。
竹丸は影武者を見て即座に指差した。「違う!これはオジジではない!」一同、はっとした。
信廉は竹丸を諭すように言った。「お屋形様は長い間病を患ったのだ。患えば人は変わるものだ」
竹丸は確かめるように影武者に近づく。影武者、竹丸の頭にそっと兜をかぶせてやる。「本当だ!オジジは変った、怖くなくなった」竹丸の言葉で皆、どっと笑う。影武者は竹丸を膝に乗せた。それは誰がみても孫を可愛がる祖父の姿だ。

だが、一難去って又一難。今度は信玄の側室と会わねばならない。重臣たちは慎重に見守っていた。影武者の両側をおゆうの方(倍賞美津子)とお津弥の方(桃井かおり)が挟んで酒を注ぐ。「何かいつもとご様子が・・・」側室たちが怪訝そうに影武者を見つめる。
とうとう、あろうことか、影武者がいたたまれずに叫ぶ。「わしは・・・信玄ではない・・・その・・・影武者だ・・・」これには重臣たちも肝を冷やした。ところが側室たちは途端に笑い出した。「ホホホホッ、おたわむれを、ホホホホ」側室も信玄と信じている。
「長患いの後ゆえ、お屋形様には当面、女人は差し控えていただく」重臣たちと影武者、全員、冷や汗をかきながらの笑いであった。

武田勝頼(萩原健一)は、信玄の死後、はやる心を抑えきれなく、総大将としても認めてもらえないのを苛立っていた。彼はかって父信玄でさえ攻略できなかった堅城高天神城の攻略を成功させ、武勲をあげていた。
三河遠征に乗り出したくてうずうずしていた勝頼は、家来衆が集まる部屋で影武者に言った。「父上、お指図を!」 重臣たちはまたもや肝を冷やし影武者を見た。
影武者は一瞬、躊躇したが、「・・・動くな!・・・山は動かぬぞ!」そう一喝し、「一同、大儀であった」と言いながら出て行く。堂々たる信玄ぶりである。

「勝頼殿のお振舞い、尋常ではない。影武者と知りながら、なんたることを!」山県昌景が嘆くと、信廉は笑った。「しかしあの男、ぬけぬけとそれを裁きよった」

竹丸にせがまれて信玄の馬を乗りこなそうと試みた影武者が馬から振り落とされた。介抱した二人の側室が「あっ」と叫んだ。「川中島の傷がない!」信玄の背中に川中島の決戦で上杉謙信に負わされた傷跡のことである。信玄の体のことは寝間を共にする側室の方がよく知っている。万事休すであった。

武田勝頼が晴れて総大将となる。影武者の役を解かれた盗人は、雨の中、いくばくかの金を持たされて追放された。
「竹丸に会いたい!別れが言いたい!」盗人は今では武田家に愛着を感じていた。「竹丸だと!ふざけるな、とっとと失せろ!」足軽たちに追い払われ、石を投げつけられる盗人。

天正三年四月。信玄の仮葬儀が執り行われる。大衆の中に盗人の姿があった。儀式の中に竹丸を見つけた盗人は、会いたい気持ちに胸をかきむしった。

「さすがは信玄、死してなお、3年の間、よくぞこの信長を謀った!」信長は信玄の死を知り、3年間騙され続けたことに憤りながらも信玄を高く評価せざるを得なかった。
その時、知らせが入った。「諏訪武田勝頼殿、出陣、武田の全軍2万5千、長篠に向かったとの知らせでございます」
「何!山が動いた?」信長が立ち上がった。

天正三年五月二十一日。長篠の戦い。
勝頼率いる武田の軍勢は長篠へ突き進んだ。しかし、織田、徳川の連合軍は長篠に馬防柵を設え、鉄砲隊を配備した。武田の誇る騎馬軍団は間断なく飛び交う銃弾の前に、破滅してゆく。
盗人は、その戦場にいて、つぶさに武田軍の敗北を見た。彼は武田軍の死体の山に、嘆き、狂ったように我を忘れ、槍を持って走った。そして、銃撃された。
影武者は武田家の一員となって死んだ。だが、それを知る者はだれもいない。
映画館主から

黒澤明監督がソビエト映画「デルス・ウザーラ」を完成させてから4年後に発表した戦国時代劇大作です。

日本映画史上最高という直接製作費、14億5千万円、黒澤の弟子を自認するアメリカのフランシス・F・コッポラとジョージ・ルーカスが協力を申し出て、アメリカの大手会社20世紀フォックスが全世界に配給する手筈を整えるというスケールの大きい話題が先行した作品です。

更に、主役の信玄と影武者に決定していた勝新太郎が撮影2日目に黒澤明とトラブルを起こし、主役を降ろされるというアクシデントが起きました。自分の演技をビデオに撮って見たいという勝に、「私が見てるから、その必要はない」と黒澤に拒否され、勝が怒って帰ってしまったのが原因でした。
結局、黒澤作品に過去3作品(「用心棒」、「椿三十郎」、「天国と地獄」、『七人の侍』にも出ているがこれは通行人の役)に出演した実績で仲代達矢に変更されました。
私としては絶対に勝新太郎の影武者の方が似合っていると思います。これはある意味でコメディ映画なのです。仲代達矢は生真面目すぎて影武者のコミカルなタッチが伝わってこないのです。

他の配役では織田信長役に仲代の“無名塾”から隆大介、徳川家康役に公募でスポーツ用品会社を経営する素人の油井昌由樹が起用されたのが異色でした。ちなみに竹丸を演じたのは油井昌由樹の息子、油井孝太でした。
史実でも信玄の影武者をしたことがあるという信玄の弟、信廉役の山崎努はメーキャップのせいもあって信玄の仲代にそっくりなのです。ほとんどアップのないこの作品では、似たような顔が幾つもあって誰が誰だか分かりにくい印象を持ちました。

黒澤はカラー映画を「どですかでん」(’70年)から撮るようになって以来、私の好みから外れてしまいました。どこか形式にこだわりすぎているような気がしてなりません。
確かに「影武者」も素晴らしい様式美で、武田軍団も迫力をもって描かれていますが、何故か黒澤本来のダイナミズムが伝わってこないのです。「七人の侍」「隠砦の三悪人」「用心棒」といった、かっての黒澤演出はどこへいったのか。あのサービス精神は失せてしまったのか、当時70歳の老監督に期待するのは酷なのでしょうか。

と、思うのは私だけかも知れません。「影武者」はカンヌ映画祭でグランプリを受賞しています。

      参考文献:「黒澤明 集成」 キネマ旬報社

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