人情紙風船
1937・前進座=P・C・L
人情紙風船

製作:武山政信
監督:山中貞雄
原作:河竹黙阿弥
脚色:三村伸太郎
撮影:三村 明
音楽:太田 忠

出演:河原崎長十郎
    中村翫右衛門
    市川笑太郎
    橘小三郎
    加東大介
    助高屋助蔵
    嵐芳三郎
    瀬川菊之丞
    山岸しづ江
    霧立のぼる


河原崎長十郎(左)

中村翫右衛門(左)

雨の中で立ち尽くす河原崎長十郎

霧立のぼる

山岸しづ江

人情紙風船
物語

貧乏長屋で異変が起きた。老武士が首吊りをしたのだ。
持っていた刀を竹光だった。武士らしく切腹しようとしても竹光では無理だ。長屋の住人たちは大騒ぎになった。取調べの役人が駆けつける。
 
長屋の住人たちは大家の長兵衛(助高屋助蔵)に掛け合って金を所望し通夜の名目で飲めや歌えのドンちゃん騒ぎを始める。
宴会に参加しなかった海野又十郎(河原崎長十郎)は病み上がりの浪人だ。
妻のおたき(山岸しづ江)と二人暮らし、おたきは紙風船作りの内職で家計を支えていた。
 
又十郎は亡き父が世話したことで今は出世している毛利三左衛門(橘小三郎)に仕官の口を世話してもらおうとしていた。
毛利三左衛門はある藩で出世し、江戸詰めとなっていた。
しかし、毛利三左衛門は又十郎が何度訪ねて行っても居留守を使って逢おうとしない。
仕方なく又十郎は毛利三左衛門の屋敷の前で待ちうけ父の手紙を渡そうとしたが毛利三左衛門は受け取らず
「忙しいから明日、屋敷に来い」と言うのみである。
 
しかし、翌日又十郎が屋敷に赴くと門番に追い返されるのであった。
毛利三左衛門は明らかに又十郎を疎み煩わしく思っていた。
又十郎の方はそんな理不尽な相手の態度にも機嫌を損ねないように卑屈なほどに媚び諂い毛利三左衛門を追い回すのであった。
そして妻には順調に仕官の口の話が進んでいると嘘を並べていた。
 
又十郎の隣家には髪結いの新三(中村翫右衛門)が住んでいた。
新三は個人で賭場を開いて地元やくざの源七(市川笑太郎)一家から睨まれる存在だ。
ある夜、賭場の現場を一家に踏み込まれ、逃げ出した新三は無一文になっていた。
髪結いの道後箱を質草に白子屋を訪ねると、番頭の忠七(瀬川菊之丞)に
「こんな物は一文の値打ちもない」と邪険にされた。
白子屋の娘お駒(霧立のぼる)にも「可哀想だから少し貸してあげたら?」と物乞いを見るように言われ、新三のプライドは痛く傷ついた。
 
お駒にはある武家との縁談が持ち上がっていた。町人の娘が武家に嫁ぐには一旦他の武家の養女になり、そこから嫁ぐのが慣わしだ。
養父役を引き受けこの縁談を進めているのが毛利三左衛門だった。
 
梅雨時の豪雨の夜、事件は起きた。
祭りの夜だった。町に出かけた新三は、逢引していたお駒と良い仲の番頭忠七の姿を見かけた。
忠七が笠を取りに白子屋に向かった隙にお駒を拉致してしまったのだ。
その夜、毛利三左衛門から「もう来るな!」と追い返されてきた又十郎は隣家から漏れてくる女の泣き声を聞き、新三を訪ねると新三は事情を話した。
又十郎はあの毛利三左衛門に一泡吹かせたいと協力を買って出る。
 
又十郎の妻おたきは十条の姉を訪ねていて留守だった。又十郎はお駒を預る。
翌朝、白子屋の用人棒をしている源七一家が新吉の家に押しかけた。
だがお駒の姿が無い。一家は「返して欲しけりゃ頭を丸めて出直してきやがれ!」との新三の言葉にすごすごと引き上げて行った。
 
結局、長屋の大家長兵衛が仲介役を買って出て五十両と引き換えにお駒を返すことになった。
五十両を元手に長屋の連中はまたまた宴会になる。
今回は又十郎も誘われるままに酒場へ出向いた。
「毛利三左衛門という侍が青ざめて慌てふためいていた」と大家が言うのを聞き、又十郎は大いに笑い、人を邪険にした結果だと溜飲を下げたのだった。
しかしその喧騒を十条から帰ってきた妻おたきが聞いた。
 
しこたま酔って帰った又十郎は、帰っていたおたきに「父上の手紙は毛利様に渡したぞ」と言って眠ってしまう。
だが、昨夜の雨で濡れた夫の着物をたたんでいるおたきは着物の袖からその手紙が出てきたのを見て夫の嘘を見抜いた。
やがて、おたきは酔って寝ている又十郎の背後にそっと近づいていった。その手には短刀が握られている。
 
一方、新三は源七に呼び出され街外れにいた。
源七は子分たちに手出しを禁じ短刀を抜いて新三に一対一の勝負を挑む。
新三は素人、源七は本物のやくざだ。新三に勝ち目はなかった。
 
翌朝、長屋で又十郎夫婦の心中死体が発見された。
長屋の脇を流れるどぶ川におたきの作った紙風船が一つ流れていく。
映画館主から

若き天才監督とうたわれた山中貞雄の遺作となった知られざる傑作時代劇。

山中はこの映画の封切り当日に召集令状が届き、日中戦争に参加、中国各地を転戦、そのまま戦病死したのです。28歳の若さでした。
山中の手記には『紙風船が遺作とはチト、サビシイ、友人、知人にはいい映画をこさえてください』と遺されているそうです。
山中が5年間の映画監督生活で発表した作品は26本。しかし、現在は「丹下作膳余話 百萬両の壷」「河内山宗俊」それに「人情紙風船」の3作だけしか残っていないそうです。

本作は河竹黙阿弥の歌舞伎狂言を原作とし、前進座の河原崎長十郎と中村翫右衛門を主役に起用しています。また若き日の加東大介が用心棒の役で出ています。

なんともやりきれないほどの虚無感、厭世観が全編に漂っていますが、長屋の住人達の描き方にそこはかとないユーモアが溢れています。

仕官の口を何度も断られ雨の中を立ち尽くす
海野又十郎(河原崎長十郎)の姿、ラストで長屋の脇を流れるどぶ川に紙風船が浮いて流れる場面は強く印象に残ります。

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