「無法松の一生」アラカルト
無法松の一生
    1958・東宝
無法松の一生

製作:田中友幸
監督:脚本:
    稲垣 浩
原作:岩下俊作
脚本:伊丹万作
撮影:山田一夫
音楽:團伊玖磨

出演:三船敏郎
    高峰秀子
    芥川比呂志
    飯田蝶子
    笠 智衆
    多々良純
    田中春男
    稲葉義男
    土屋嘉男
    左 ト全
    小杉義男
    有島一郎


無法松は人力車夫

無法松は敏雄を可愛がる

酒を飲む無法松

無法松は孤独だった

無法松の一生
物語

明治三十年、九州の小倉。
人力車夫の富島松五郎(三船敏郎)は、暴れ者で有名だった。ある日、車夫仲間の熊吉(田中春男)と芝居小屋へ行き、桝席の中で酒のつまみに炭でニンニクを焼いていた。その強烈な匂いに小屋の連中が松五郎に苦情を申し立て、たちまち喧嘩が始まった。芝居小屋は集まった観客を巻き込み大混乱になった。
そこへ仲裁に現れたのは、地元を取り仕切る侠客の結城重蔵(笠 智衆)であった。
「何の関係もない一般の人々に迷惑を掛けたことをどう償うつもりかな?」 結城は落ち着いて言った。
「・・・そこんとこをちっとも気づかなんだ」 松五郎は神妙な顔になり、「俺は謝る!謝る!」 松五郎は素直に土下座した。暴れ者ではあるが竹を割ったような松五郎の性格に結城は感心した。
『祝日露戦役大勝』の旗が掲げられた秋祭りの夜のことであった。

ある日、松五郎は木から落ちて泣いている少年を見かけた。
「おい、ぼんぼん、泣くな」 少年は頭と足に怪我をしている。松五郎は少年を家に送り届けた。そこは陸軍大尉吉岡小太郎の家だった。
美しい夫人良子(高峰秀子)は息子敏雄を見て松五郎にそのまま医者へ連れて行ってくれるように依頼した。敏雄を医者で看病する松五郎と良子。
良子が世話になった謝礼にといくばくかを渡そうとすると、
「それはいかんて、こりゃ商売とは違うじゃけん」 松五郎はそそくさと立ち去った。
「松五郎だって」 吉岡小太郎は良子からその話を聞くと、「あの無法松かワハハハ」 と笑い出した。かって閣下を乗せた無法松が、行き先を知っているかと問われ「お前の行き先くらい知っちょるわい」 と、閣下をお前呼ばわりしたことは軍人仲間の中で語り草になっていたのだ。

吉岡小太郎は松五郎を自宅に招き歓待した。酔って追分を唄う松五郎。
「貴様、軍人なら間違いなく少将までいく男ぞ、おしいのう」
「違う違う」 「違う?」 「わしゃ、軍人なら大将までいくんじゃ」 二人は腹から笑った。「済まん済まん、確かにそうじゃのう」

その吉岡小太郎が雨天での演習がたたったのか、風邪をこじらせて急死した。
墓の前で良子は言った。「案じられるのは、この子が父親ほど体も心も強うないことです」
「大丈夫、大丈夫」 松五郎は言う。 「まだ小さい子供じゃけん」 
「私からお願いします、折りがある時、この子を鍛えてやってください」
「へい・・・」 こうして、松五郎はことあるごとに吉岡家に出入りするようになったのだ。

吉岡敏雄も次第に松五郎に懐いていった。
「おじさんは泣いたことないの?」 「ぼんぼんみたいに泣き虫じゃなかったぞ」 「でも子供の頃、泣いたでしょ?」 
「一度だけ泣いたことがある・・・」 松五郎は昔の話を敏雄に話して聞かせた。
継母に朝から叱られた8歳の松五郎少年は、4里も離れた山の中で仕事をしている父親に会いたくて、一人歩いて行った。途中、茶店の客(上田吉二郎)にうどんをふるまわれ気を取り直して歩いて行くと暗くなってきた。山の中の小道は物の怪が出そうに不気味な気配だった。やっと、父親の小屋の明かりが見えてきた。小屋に入った途端、父(小杉義男)に抱きついて松五郎少年は泣きじゃくった。

小倉小学校の秋の大運動会。吉岡母子と共に松五郎も観戦していた。
『飛び入り500m徒歩競争』 に松五郎は参加した。人力車で鍛えた足は強い。敏雄の大声の声援に応え、松五郎は一着でゴールインした。良子は敏雄の嬉しそうな表情を微笑ましく思うのだった。

引っ込み思案の敏雄は小学校の学芸会で演壇に立ち唱歌を歌うほど活発な子になっていた。
そんな時、良子の兄(中村伸郎)が良子の再婚話を持って来た。良子はていよく断ったが、たまたま庭の鯉のぼりの柱を建てるために来ていた松五郎は、それとなく聞き耳を立て複雑な心境であった。

時は流れ、大正3年。小倉中学4年になった敏雄(笠原健司)は、仲間の学生に誘われ他校の生徒たちとの喧嘩に出ていった。心配した良子は松五郎のもとへ走った。
「そうか、ぼんぼんもとうとう喧嘩するような若い衆になりよったか」 頭に白いものが混じるようになった松五郎は内心喜んだ。
「元気になればなったで心配が・・・」
「大丈夫、大丈夫、わしがぼんぼんに怪我なんぞさせやせんけん」 松五郎は現場に走っていく。
現場では既に喧嘩が始まっていた。木の陰で血を騒がせながら見守る松五郎だが、敏雄が投げ飛ばされると思わず出て行った。
「あ、おじさん、助けて!」 「ばかもん!いいか、ぼんぼん、よう見ちょれ、喧嘩はこうやってやるんじゃ!」 喧嘩の中に飛び込んで行き暴れまくる松五郎。

高校に進むため敏雄は小倉を去った。列車を見送った良子は松五郎に言う。
「寂しくなるわ」 「可愛い子には旅をさせろ、か、昔の人はええこといいよる」松五郎とて寂しい。敏雄のいなくなった吉岡家に行く口実が無くなってしまうではないか。

松五郎は以前にもまして酒を飲むようになった。良子への思慕の思いは募るばかりであった。久しぶりに居酒屋で会った熊吉は結城組の半被を着ており、結婚して二人の子持ちだという。
「なあ松つぁん、そろそろ身を固めちゃどうかな、嫁をもらうんだよ」
「いらん!こんなええ年こいて、いらん!」 松五郎は居酒屋に貼ってある酒造会社のポスターを見つめた。美人画の顔が良子にだぶる。松五郎はそのポスターをもらって帰り自分の家に貼るのだった。

大正6年の夏休みに敏雄は小倉の祇園太鼓を聞きたいという先生(土屋嘉男)を連れて帰ってきた。カキ氷や綿飴の店が建ち並び、人々が群れた祭り。
敏雄と先生に祇園太鼓の解説をしていた松五郎がやおら舞台の上に上がった。
太鼓を打つ松五郎は序々に調子を出していく。
「これが祇園太鼓の流れ打ちじゃ!」 「暴れ打ちじゃ!」 鉢巻き姿、もろ肌脱いだ松五郎が激しく怒涛のごとくに撥を打ちつづけた。そこには敏雄可愛さと良子への思慕がないまぜになった複雑な思いが込められていた。人々は松五郎の太鼓に魅せられるのだった。

花火が小倉の空を焦がす夜、松五郎が吉岡家にやってきた。縁側で応対する良子だが、松五郎の様子がおかしいのに気付く。松五郎が泣いているように見えた。
松五郎が居間に飾られた小太郎の写真の前に土下座した。そして、良子に向き直ると吐き出すように言った。
「奥さん・・・俺は寂しかったんじゃ」 「ど、どうしたとです?・・・」 良子には意味が解らない。
「俺はもう、お目にかかることはおまへん」 「どうしてそんなことを?」
「奥さん、俺の心は汚い!申し訳済まん!」 ろくに良子の顔を見ることもなく深々と頭を下げ松五郎は出ていった。そして、その日以来、松五郎は良子の前に現れなかった。

松五郎は毎日を酒に明け暮れた。父親も酒がたたって心臓麻痺で世を去ったというのに、自分もそうなるのだろうか。
そして雪の日。酔った松五郎が一升瓶をぶら下げてふらつきながら雪道を歩く。昔敏雄が通った小学校の校庭で松五郎は倒れた。
良子の顔、敏雄の顔、人力車、夏祭り、喧嘩、祇園太鼓などが走馬灯のように松五郎の頭の中に蘇える。

侠客の結城重蔵が死んだ松五郎の行李の中を調べると、吉岡家からの数々の謝礼が手付かずのまま保管されているのだった。その上、良子と敏雄名義の預金通帳には500円も残されていたのだ。
「なんと言う奴だあの男は・・・あの暮らしのなかで・・・」 熊吉は言った。「あいつはそういう男だったんです」
良子はかけがえのない人間を失った悲しみに襲われ、泣き崩れた。
映画館主から

岩下俊作の「富島松五郎伝」を原作に伊丹万作が脚本を書き、稲垣浩が監督した名編。
稲垣は15年前にも同じ伊丹脚本で同作品を映画化しています。この時は阪東妻三郎(ばんつま)主演でした。残念ながら私は未見なのですが、この時は戦時の検閲で松五郎が良子に募る思いを告白するシーンがカットされ、更に戦後のGHQによりカットされるという悲運を味わっています。
軍人の未亡人に思いを告白するだけでカットされるとは、昨今の不倫に溢れた映画作品が横行する世相と何という時代の移り変わりでありましょう。

その鬱憤を晴らし、ワイド化、カラー作品で蘇えらせたのが本作品です。
無法松の三船敏郎は黒澤作品以外でも持ち味を発揮しています。無学で武骨な男。情にもろい男。人力車夫らしいがに股。まさに役柄にぴったりといえます。
吉岡夫人の高峰秀子も楚々として美しく品格溢れる好演です。

時の流れを人力車の車輪の大写しで効果的に見せた稲垣演出も冴えています。本作はベネチア映画祭でグランプリを得ています。

「無法松の一生」は’63年に三國連太郎/淡島千景主演、村山新治監督、’65年には勝新太郎/有馬稲子主演、三隅研次監督でも映画化されていますが、私は未見です。いかにも浪花節好きな日本人が好む題材の一つといえるでしょう。

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