「山椒大夫」
山椒大夫 1954・大映
山椒大夫

製作:永田雅一
監督:溝口健二
原作:森 鴎外
脚本:八尋不二
    依田義賢
撮影:宮川一夫
音楽:早坂文雄

出演:田中絹代
    花柳喜章
    香川京子
    進藤英太郎
    菅井一郎
    見明凡太郎
    浪花千栄子
    毛利菊枝
    三津田健
    清水将夫
    香川良介
    津川雅彦
    河野秋武


「山椒大夫」の進藤英太郎

厨子王と母の再会

山椒大夫

山椒大夫
物語

平安朝の末期。越後の浜辺を行く子供連れの旅人の姿があった。七年前、農民の窮状を救うため将軍に盾をつき左遷された平正氏の妻玉木(田中絹代)、その息子厨子王と娘安寿、それに姥竹(浪花千栄子)の姿であった。

彼らは正氏の左遷先の筑紫へ向かうところである。
平正氏(清水将夫)はかって、ことあるごとに子供たちに人の道を諭して聞かせた。
『慈悲の心を失っては人ではない。己を責めても人には情けをかけよ。人は等しくこの世に生まれてきたものだ。幸せに隔てがあっていい筈はない』と。
幼い兄の厨子王はそれを暗誦している。

泊まる宿が無く、浜辺で野宿する4人に巫女(毛利菊枝)が近づいた。自分の家で暖かい粥でも差し上げましょうというのだ。巫女の家で世話になった翌朝、巫女の紹介した船頭たち数人は幼い子供と大人を別々の船に乗せた。
慌てた母玉木は「それはなりません!」と叫んだが、船は引き離された。玉木と同じ船に乗せられた姥竹は抵抗し船頭に海に突き落とされ沈んでいった。
「お母さーん、お母さーん」 安寿と厨子王の叫ぶ声が空しく響いた。彼らは人買いの罠に落ちたのである。

幼い二人が連れて行かれた先は丹後の国(京都府北部)であった。二人はそこの山椒大夫(進藤英太郎)に買われたのである。山椒大夫の支配する荘園では養蚕から機織り、金物、陶器、木の器など多くの職人を使って何でも作るのである。
山椒大夫の前に突き出された幼い二人はただ泣くばかりで名前も言わない。
厨子王は山で芝刈りに安寿は海で潮を汲む奴隷としての毎日が始まった。
逃げようとした者には焼き鏝の制裁が待っていた。体を抑え付け、真っ赤に焼けた鏝を額に押し付けるのであった。その悲鳴が幼い二人を恐怖に落とし込む。
ただ、山椒大夫の息子三郎(河野秋武)だけは二人に優しく面倒を見てくれた。が、三郎は父親の所業に嫌気がさしある日どこかへ行ってしまった。

そして、10年。厨子王(花柳喜章)は青年に、安寿(香川京子)は娘へと成長した。ある日、佐渡から売られてきた小萩という娘が口ずさむ歌を聞き、安寿は驚く。小萩は「あんじゅ〜恋しや〜、ずしおう〜恋しや〜」と歌うのである。
安寿が問うと、佐渡で何年か前に聞いた歌であるという。
「!お母さんだ!」 安寿は母の消息を確信した。母は佐渡にいるに違いない。

一方、佐渡に売られた玉木は遊女にさせられていたが、島から脱走を謀り失敗して足の筋を切られていた。
「厨子王〜、安寿〜」
老いた玉木は杖をつき断崖から本土に向かって悲痛な叫びを上げるのである。

安寿は兄厨子王に言う。「お兄さんは逃げ延びて都へ出て身を立て、お父様やお母様と会えるわ」 と言うと、
「身を立てる?元はれっきとした家の子であろうと今は奴隷の身だぞ!」
厨子王は毎日肉体労働に明け暮れ、半ば自暴自棄になっているのであった。
「兄さんは・・・こんな人じゃなかったのに・・・」 安寿は憂うのであった。

ある日、死にかかった女を捨てるように言い付かった厨子王は女を背負い、山に向かった。安寿も付いてきた。山の柵に番人がいて柵の奥は墓場なのである。そこには白骨がごろごろ転がっている。
女を寝かせると何処からともなく声が聞こえる。
「あんじゅ〜、ずしおう〜・・・」 夢か幻か、それは母の声のようである。
突然、厨子王は「安寿、逃げよう」と言った。「・・・兄さんだけ逃げて!」安寿は答えた。「中山に国分寺があるといいます、そこへ。私がくい止めます、兄さん一人なら逃げられます」
とっさに厨子王は決意した。番人の眼を盗み厨子王は山を駆け下りた。
その後、安寿は近くの池に入って行った。そしてそのまま池に没した。

国分寺へ匿われた厨子王は、そこの僧侶がかって山椒大夫の元を去った三郎だと知る。彼は父親山椒大夫の行いを正そうと都へ出たのだが果たせなかった。そこで彼は厨子王の訴えを聞いてやった。厨子王は関白に直訴すると言うのである。

「お願いでございます!お聞き届けください!国分寺様のお添え書きもござります!」 とうとう厨子王は関白藤原師実(三津田健)に直訴した。
一度は狼藉ものとして捕らわれの身となったが、持っていた観音象が証拠となり、厨子王は関白と会えた。
関白は言った。「厨子王、力を落とすでないぞ、お前の父はもうこの世の人ではないのだ」
父、平正氏は去年の春死んだという。
厨子王は関白から丹後の国守に任ぜられ平正通となった。

正通は次々と改革していった。
『当国においては今後一切、人の売買を許さぬ事』
『公の行事、荘園においては奴、はしための使用を禁ずる事』
などが施行された。
そして正通自ら山椒大夫の荘園へ出向き山椒大夫の財産を没収し、国外へ追放するのであった。そして多くの奴隷を解放したのだった。その時、初めて妹安寿の死を知るのである。

正通は辞表を出し、単身佐渡へ渡った。母が生きていれば佐渡にいる筈であった。遊女の村を訪ねまわり、ある村の片隅で雀を追う乞食のような老婆を見つけた。
「〜安寿恋しや、ほうやれほ。厨子王恋しや、ほうやれほ。鳥も生あるものなれば、疾う疾う逃げよ、逐わずとも〜」
歌うこの老婆を見た正通は 「おっ母さん!厨子王です!」と抱きついた。
俄かに信じられない玉木に観音像を触らせると、「厨子王!」と母は言った。玉木の眼は見えなくなっていたが、その眼はかっと見開いた。
「お母さんを迎えに参ったのです!」 二人はぴったり抱き合った。
映画館主から

「安寿と厨子王」で知られる民話を森鴎外が小説化した「山椒大夫」の映画化。
幼い兄妹が人買いに攫われ、母と離れ離れになり、「山椒大夫」の支配する荘園で奴隷となって苛酷な労働に明け暮れます。やがて脱出に成功した兄厨子王は出世して佐渡へ渡り、母と再会を果たしますが、母は盲目となっていた、という悲劇です。

私はまだ幼い頃、叔母に連れられてこの映画を見たのを覚えています。中でも、「山椒大夫」の焼け鏝で額に烙印を押される場面や、安寿の入水自殺の場面、厨子王と母の再会場面など、結構強烈な印象となって脳裏に焼きついています。

溝口健二監督は前年の「雨月物語」に続き、壮大な絵巻を創り上げました。前作はかなり幻想的でしたが、「山椒大夫」は徹底的にリアリズムを追及しています。
特に荘園制度の中で働く奴隷たちの描写が生々しく、脱走を謀った奴隷に対する焼き鏝の制裁は悲痛の極みであります。また、厨子王を荘園から逃がすために安寿が入水自殺する場面は悲しくも美しく感動的です。
そして、ラストの厨子王と母の再会場面は涙なくしては見ることができません。

これら数々の名場面は溝口映画も多く手がけた宮川一夫のカメラによるところ大であります。

私の幼い頃、遊びつかれて暗くなって家に帰って来ると、「人攫いに会うよ」とか、「攫われてサーカスに売られてしまうよ」とか、良く言われたものでした。親の脅しと思っていた『人攫い』という言葉が真実存在すると知ったのは、他でもない近年の北朝鮮の拉致事件でした。
『人攫い』などというものがこの世にあるものか、と思っていた私には信じ難い出来事であります。
北朝鮮の国家的犯罪こそ現代の『山椒大夫』そのものなのです。経済制裁を含め対応策は色々ありましょうが、この犯罪に対して日本国政府は断固とした態度で臨まなくてはなりません。

参考文献:「別冊太陽 映画監督 溝口健二」 平凡社

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