| 砂の女 1964・勅使河原プロ |
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![]() 製作:市川喜一 大野 忠 監督:勅使河原宏 原作:脚本: 安部公房 撮影:瀬川 浩 音楽:武満 徹 出演:岡田英次 岸田今日子 三井弘次 矢野 宣 関口銀三 観世栄夫 ![]() ![]() ![]() ![]() |
物語 遥か彼方まで延々と連なる砂丘。一人の中学校教師、仁木順平(岡田英次)は3日間の休暇を利用して、昆虫の採集と生態観察をしにやって来た。 日が暮れかかり、休んでいるところへ部落の男(三井弘次)が通りかかった。 「先生、これからどうなさるね」 「又、明日出直して来るつもりだが・・・」 「登りのバスはもう終いだが、先生さえよけりゃ、この近くで泊まるとこの世話ぐらいしてあげられるで」 「そいつはあり難い」 仁木が部落の男たちに案内されたところは、砂丘を掘った中に建てられた一軒の小屋だった。仁木は縄梯子で下へ降りた。 「どうぞ」 その家に住む女(岸田今日子)が家の中へ招き入れた。主人に死なれ一人で住んでいるのだという。 女が食事を持って来た。食卓の上に唐傘を吊るす。 「砂が降ってきますから」 女は言った。電気が来ていないため、ランプを灯す。仁木にとってはこれも貴重な体験だった。 「風の強い日なんか、一晩で砂が一尺もニ尺も積もってしまうんです」女が言った。 その時、「おーい、助っ人の道具、持ってきてやったぞー」 上の方から男の声がした。 仁木は「助っ人?やはり他に誰かいるんじゃないか」 女は無視して外に出、砂かきを始めた。 「手伝おうか」仁木が言うと、「いいんですよ、最初の日からじゃ悪いから」 「最初の日?おかしなことをいうなぁ、僕が泊まるのは今晩だけだよ」仁木は笑った。 女が砂をかき、モッコに載せた砂を上の男たちが滑車で引き上げる。引き上げた砂はどこかへ捨てるのであろうか。そんな作業は朝まで続くのだった。 翌日、仁木は身支度をした。女はまだ寝ている。外へ出てみると、自分が降りた筈の梯子がない。砂をよじ登る。砂はまったく手ごたえがなく、足元から崩れるばかりだ。 仁木は女に詰め寄った。「梯子を付けてくれないか」女は無言だった。 その時、仁木ははっと気付く。『あれは縄梯子だった。縄梯子は下からは架けたり外したりできない!』 「チキショー、グルだったんだな」仁木は女に怒鳴った。 「・・・女手ひとつじゃ、無理なんですよ」女は、済みません、済みません、を繰り返すのだった。 仁木は訳のわからない策略に自分がはまったのだと悟る。昨夜、女が懸命に砂かきをしていた。そのための労働力として自分が連れてこられたのか。 「砂かきをしないと、家が埋まってしまうんです」 「ふん、勝手に埋まればいいんだ、人を巻き添えにすることはないだろ!」 仁木は憤慨した。 再度の砂登りに失敗した仁木は、女を縛り上げたが、それで逃げられる訳でもないと知ると空しくなり、結局又、解いてやる。 上から滑車で『配給』が降りてきた。煙草と焼酎だった。仁木は焼酎をがぶ飲みした。「身体に毒ですよ」女が言った。 仁木は自棄になり板壁を壊し始めた。「何するんだい!」「梯子を作るんだ!」 仁木と女はもつれ合った。その時、地響きとともに家が揺れ、砂が降って来た。仁木は女をかばうように覆い被さる。 女の身体の砂を拭ってやる仁木。頭から首へ、肩から背中へ肌に纏わりつく砂を手拭で払っていく。女は次第に恍惚の表情になり、喘ぎ始めた。仁木も欲情をそそられ、やがて男と女は互いに相手をむさぼるように求めるのだった。 夜、仁木は砂かきを手伝う。だが、仁木にはこんな生活に明け暮れる女がまったく理解できない。仁木は言う。 「こんなことをしていて、空しいとは思わないのかな。生きるために砂かきをしているのか、砂かきをするために生きているのか・・・」 女はここが自分の家だからと言う。外へいったって無駄に疲れるだけだと。 仁木は密かに隙を見て縄梯子を作っていた。ある日、女に焼酎を飲ませ、寝入った頃を見計らって忍者よろしく縄を上の滑車の土台めがけて投げる。何回かで縄の先端の突起が何かに掛かった。 必死に縄梯子を攀じ登る。やっと地表に出た。辺りは暗くなりつつあった。仁木は走った。こんな悪夢からは一刻も早くおさらばだ。しかし、どこをどう走ったものやら、どういうわけか、真っ直ぐ走っている筈が方角が違う。堂堂巡りになり、又、同じ場所に戻っているような錯覚に陥った。 そして、気付いた時、おぞましい落とし穴に嵌っている自分に気付いた。アリ地獄だ!下半身が埋まっている。もがけばもがく程、身動きがとれない。 「助けてくれー」仁木は叫んだ。「助けてくれー」 やがて部落の男たちがやって来て仁木を穴から救い出す。仁木は再び女の小屋へ逆戻りとなった。 仁木が砂の中に桶を埋める。表面に新聞紙を張り、真中にニボシのかけらを置き、周りを軽く砂でカモフラージュする。 「何をしているの」女が聞く。 「烏とりの罠さ、烏を捕まえて足に助けを呼ぶ手紙を付けて逃がすんだよ」 まったく当てのない罠だが、こんなことでもしていないと仁木はやりきれないのだった。 夜、男たちが上から叫んでいる。 「あれを見せてくれないか」男たちが言った。 「あれ?」仁木は訳がわからない。仁木が1日に30分でいいから海を見せてくれるよう男に頼んであったのだが、その時は「検討してみる」という返事だった。その答えを持ってきたのだろうか。 「あれを見せてくれないかな、カアチャンとやる、あれだよう」男たちが下卑た笑い声を出した。松明を焚き、太鼓を鳴らす。下界を照らして男女の絡みを見物しようと、男たちが集まっているのだった。 仁木は困惑した。しかし、恥ている場合ではないのかも知れない。 「ほっておきなさいよ」女は相手にしなかったが、仁木は狂ったように女を外に引きずり出し襲い掛かった。必死に抵抗して逃げ回る女。松明の灯りの下で奇妙な戦いが展開したあげく、仁木は諦める。 「馬鹿!馬鹿!」女は泣きながら仁木を叩きつづけた。 あくる日、仁木が烏取りの罠を覗いてみた。すると、どういう訳か、樽に水が溜まっている。「・・・毛細管現象だ!」砂そのものが毛細管となり、周囲の水を誘い出したのに違いない。 ここでは水も配給だが、もう水の心配はしなくても済むかもしれない。 女が苦しみだした。仁木は男たちに助けを求めた。子宮外妊娠!? 男たちが女を毛布に包み上へ引き上げ、医者へ連れて行った。 仁木は一人、残された。縄梯子が残されていた。仁木は上へ上がってみた。そして海を眺める。このまま逃げようと思えば逃げられる。 しかし、仁木は再び穴に戻った。烏取りの罠が変じた貯水装置を見つめる。 『・・・別にあわてて逃げ出したりする必要はないのだ。私の気持ちは貯水装置のことを誰かに話したいという欲望ではちきれそうになっている。話すとなれば、この部落の者以上の聞き手はまず有り得ない。逃げる手立てはそれから考えればいい』 仁木の表情はかってなく、明るい希望に満ちているのだった 。
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| 映画館主から 安部公房の小説「砂の女」の忠実なる映画化です。それもその筈、脚本も安部公房自身なのですから。 私は原作を20代に読み、奇妙な世界にのめり込んだ覚えがあります。そこに描かれた『不条理』な世界。 「変身」で知られる、カフカと並び比較される安部公房です。日常生活から突然、異次元のアリ地獄に嵌ってしまった男。さて、その男になにが起こったのか。 毎日、家の周りの砂かきをしている女。そうしないと絶えず崩れてくる周りの砂が家を埋めてしまうのです。 これは、アルベール・カミユの「シジフォスの神話」に良く似ています。 《神々に罰を与えられたシジフォスは、山の上まで岩を転がして持ち上げる。だが、山の頂きに達すると岩は再び転がり落ちてしまう。シジフォスはそれを繰り返すのだ》 こんな絶望的な不条理の世界ですが、安部公房はそこに「貯水装置」を発明した男の希望を挿入してドラマを締めくくるのです。考えようによっては、ここでの生活も捨てたものではないと。 監督の勅使河原宏は、安部公房の作品を、「おとし穴」(’62年)、「砂の女」(’64年)、「他人の顔」(’66年)、「燃えつきた地図」(’68年)と映画化しています。 岡田英次、岸田今日子ともに好演です。 昭和39年度キネマ旬報ベストワン。アカデミー外国語映画賞ノミネート作品。 参考文献:「週刊20世紀シネマ館 NO.12」 講談社 |
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