『天国と地獄」
天国と地獄 1963・黒澤プロ・東宝


監督:黒澤 明
原作:エド・マクべイン
脚本:小国英雄
    菊島隆三
    久板栄二郎
    黒澤 明
撮影:中井朝一
    斉藤孝雄

出演:三船敏郎
    香川京子
    仲代達矢
    山崎 努
    三橋達也
    木村 功
物語

製靴会社の専務、権藤は会社の経営方針を巡って他の重役達と対立していた。そこで、自社株を買い占めるため自分の屋敷を抵当に入れ資金を調達していた。そんなある日、一人息子を誘拐したとの電話が入った。「息子の命が欲しければ三千万円用意しろ」・・・その金額は、ほとんど権藤が調達した金額である。

子供の命には替えられない。権藤は犯人に応じた。しかし、誘拐されたのは息子ではなく、権藤の運転手の子供だとわかる。一転して権藤の気持ちが変わった。自分が今まで汗水たらして苦労した金であり、これからの人生を賭ける金だ。運転手は、床に頭をすりつけて懇願する。警察陣の説得もあって、権藤は、身代金の支払いを決断しざるを得なかった。
犯人の指定したサイズのブリーフケースに金を入れ、指定された特急こだまに乗った権藤。所々に私服の刑事が張り付いた。車内電話が権藤に入る。刑事達に緊張が走る。「もう少しで鉄橋にさしかかる。トイレの窓がカバンの厚さだけ開くから、そこからカバンを落とせ」・・・権藤はそのとおり実行した。運転手の子供は無事に帰ってきた。
横浜の下町の安アパートの一室に住む青年が押し入れから札束の山を出しては眺め一人悦に入っているのだった。

そこから、刑事達の奮闘が始まる。横浜の高台にそびえる権藤邸を見上げて電話が掛けられる公衆電話が何件あるのか?犯人からの電話を分析したり、誘拐された子供に記憶をたどって絵を描かせたり、etc.・・・・・.。夏の猛暑の中、聞き込みに回る刑事達。

そんな折、
赤紫の煙を上げる煙突があった。カバンを燃やすと特殊な煙が出る細工がしてあったのだ。そのゴミ焼却場の近くに病院がある。ヘロイン中毒患者を仲間にしていたが、口封じのために殺害した若いインターンは、確認のため戻ったところで逮捕される。

死刑囚となった青年は、処刑の前に権藤に会いたいと申し出た。「私のアパートから見上げるとあなたの家は天国に見えましたよ。毎日毎日見上げているうちにあなたが憎くなってきた、しまいにはその憎悪が生き甲斐になってきたんです。」「死刑なんか怖くも何とも無い。もともと今までも地獄だったんだ。天国へ行けと言われたら、それこそ震え上がるかもしれませんがね・・・ハハハ・・・」青年は泣き,笑い,叫び、無言の権藤を尻目に看守に引かれていった。
映画館主から

特急こだまのシーンが圧倒的な迫力です。列車の中でいつ犯人がどんな風に金を受け取るか、と思いきや、犯人のアイデアはなかなかです。実際、この映画を模倣した誘拐事件も発生したそうです。

失敗が許されない実際にこだまを借り切っての撮影は、ハンディカメラを含めて9台のカメラが使われました。黒澤の手法である複数カメラの撮影方法がここで如何なく発揮されて、スリリングな場面を作りました。編集して実際の映画では約5分のシーンです。
モノクロ作品ですが、犯人を突き止めるきっかけになる焼却場の
赤紫の煙だけパートカラーを用いて効果を上げました。

若いインターン役の山崎努は、この映画がデビュー作。以後、黒澤映画の常連になります。映画の中間で登場し、強烈な印象を残しました。
三船演ずる権藤もこの事件で、まさに天国から地獄の苦しみを味わうことに成ります。製靴会社の乗っ取りが実現できず会社を追われたのです。しかし、靴職人からのたたき上げですから、新しいスポンサーが付いて再び小さな製靴会社を始めると、最後の犯人との会話の中でわかります。権藤も最初から”天国”であった筈はなく、たたき上げの努力の結果であったことでしょう。

片や、インターンは成功者への理不尽な妬みで犯行に及び、結局身を滅ぼします。天国と地獄(善と悪)はもともと出発点は同じようなもので、その分かれ目は個人の行き方によるということです。

映画の後半は、刑事達がいかにして犯人を探し出すかという点にテーマが絞られます。我々は犯人を知っていますから、刑事達のお手並み拝見を楽しむ訳です。このスタイルはテレビの「コロンボ」シリーズや、ヒッチコックの映画に良くみられます。

参考文献:ドナルド・リチ−著「黒澤明の映画」キネマ旬報社

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