「近松物語」
近松物語 1954・大映


製作:永田雅一
監督:溝口健二
原作:近松門左衛門
劇化:川口松太郎
脚本:依田義賢
撮影:宮川一夫
照明:岡本健一
美術:水谷 浩
音楽:早坂文雄

出演:長谷川一夫
    香川京子
    進藤英太郎
    南田洋子
    小澤 栄
    田中春男
    浪花千栄子
    十朱久雄

    






物語

京の大経師屋の手代、茂兵衛(長谷川一夫)が風邪で寝ていた。お玉(南田洋子)がかいがいしく茂兵衛の世話をする。
大経師屋の主人、以春(進藤英太郎)はお玉を妾にする腹づもりでしつこく迫ったが、お玉はでまかせに「茂兵衛と夫婦の約束をした」と、嘘を言った。以春は怒った。

ある日、縛られ馬に乗せられた一組の男女が町を通り過ぎた。不義密通の罪で刑場に運ばれていくのだ。「あんなあさましい目に遭うくらいなら、いっそご主人に討たれてしまった方がええのに・・・」大経師の若い後妻、おさん(香川京子)はそれを眺めていた。

茂兵衛は体も良くなり働き始めていた。女達は馬上の男女を見て口々に「何で磔に・・・可哀想や・・・」と言うと、「人の道を踏み外したらあかん・・・それがご正道の決まりや」と、茂兵衛が諭すのだった。

そんな折、茂兵衛はおさんから相談事を受けた。おさんの兄、岐阜屋(田中春男)から金を無心され、用立ててくれないかと言う。「お家様のお困りのことなら、お役に立たせていただきます」 茂兵衛は答えた。

しかし、茂兵衛が店の金を一時用立てようと、ご印版を白紙に捺そうとしていたところを手代の助右衛門(小澤栄)に見つかってしまう。以春は烈火の如く怒り、茂兵衛を殴る。お玉が「私がお願いしたのです」と間に入るが退けられた。茂兵衛は空き部屋に閉じ込められてしまった。

お玉はおさんに訴えた。「旦那様にいやらしい仕打ちを受けています。その為、茂兵衛さんと夫婦の約束をしたと嘘を申したのです。旦那様はそれを根に持って・・・」 おさん「あれは、みな、私から出た話や・・・」

夜、空き部屋を抜け出した茂兵衛は、こっそりお玉の部屋に入った。
茂兵衛「昼間は良く言い訳をしてくれた。・・・わしはこの家を見限った。ここを立ち退く」 すると、お玉とばかり思っていた相手はおさんではないか!
おさん「お玉の部屋に通う旦那様に意見しようと、お玉と入れ替わったのです。お前も、お玉も助けたいのや・・・」

その頃、助右衛門が空き部屋に茂兵衛が居ないのに気付き騒ぎ立てた。「茂兵衛がおらん!」 そして、大経師以春がいつものようにお玉の部屋へ忍んで行くと、そこにおさんと茂兵衛がいた。見咎めた以春に二人の言い訳は通用しない。家中が大騒動に・・・

茂兵衛とおさんは、外に出た。おさん「あんな家、もう、帰りとうない・・・」 茂兵衛 「大阪へ行って何とか金の工面を・・・」 おさん 「私も連れてっておくれ・・・」 茂兵衛 「それでは、不義密通と疑われます・・・」

かくして、二人は宿に泊まることになる。茂兵衛 「たった1日の間に、こんなことになってしもうて・・・」 おさん 「そんな気の弱いことを・・・明日のことは又、明日考えましょう・・・」

一方、岐阜屋では、おさんの兄がおさんの工面した為替五貫目が届き、有難がっていたが、失踪の知らせを聞いた母おこう(浪花千栄子)は「・・・死んでくれなければいいが・・・」と、おろおろするばかりだった。

大経師以春は追っ手を出したが「おさんは連れ戻せよ、引き渡すのは茂兵衛一人だぞ!」と叫んだ。不義密通となれば、家の暖簾に傷がつくどころか取り潰しになる。
二人の行く通りで検問があるらしい。「何やら、大経師の家の者の詮議やそうな・・・」 ヒソヒソ話が耳に入る。二人は物陰に身を潜めた。

宿で、取り調べの人間に感づかれ、二人は逃げた。
幽玄な湖の上を二人を乗せた小船が滑ってくる。おさんと茂兵衛だ。二人は死ぬ気だった。茂兵衛は言う。「お覚悟は、よろしいのでございますな・・・」 うなずくおさん。茂兵衛が二人の体を紐で結びながら「茂兵衛は・・・とうから、お慕いもうしておりました・・・」と言った時、おさんは顔を上げた。おさんとて気持ちは同じだったのだ。「・・・今の言葉で、死ねんようになった・・・生きていたい!・・・」 二人は思わず抱き合うのだった。

峠越えでおさんが足を挫いた。近くの民家で手当てをした茂兵衛は、隙を見て山を駆け下りた。おさんの為に身を引こうとしたのである。しかし、おさんは追いかけて来た。「茂兵衛、茂兵衛!」おさんが倒れた。茂兵衛はたまらず駆け寄った。おさんは茂兵衛をなじった。「お前はもう、奉公人やない・・・私の夫や・・・」二人は、固く抱き合った。

茂兵衛の父親は貧しい暮らしをしていた。そこへ、茂兵衛がおさんを連れて来たのだ。すでに、大経師から知らせを受けていた父親は言うのだった。「お上の手を煩わすような息子はおらん!・・・泊まるなら、向こうに小屋がある・・・」 小屋で休む二人に父親が食事を運んできた。「・・訳があろうが、親の目の前で捕まるような真似をするなよ・・・」

しかし、峠の家で二人を見かけた旅人の通報を受けた大経師の手配の者が明け方にやって来て、二人を引き裂いたのだ。おさんは連れ去られた。
茂兵衛は、小屋に縛られていた。やがて父親が「この、親不孝者め!」と言いながら茂兵衛の縄を解き逃がすのだった。

おさんは実家の岐阜屋に身を寄せていた。「もう、あんな家帰りとうない・・・」と言うおさんに、母は諭した。ところが、そこへ茂兵衛が現れた。おさんは狂喜した。「もう、会えないと思うた・・・」二人は狂おしく抱き合う。
母は「この家までつぶすつもりか!」と、茂兵衛を弾劾したが、茂兵衛の腹は決まっていた。おさんとの愛を成就すると・・・

やがて二人は捕らえられる。大経師の家は取り潰しになった。
おさんと茂兵衛が背中合わせに縛られ馬に乗せられ運ばれていく。磔の刑場に向かうのだ。町の民衆がそれを見送った。「お家さんのあんな明るい顔、見たこと無い・・・」「茂兵衛さんも晴れ晴れとした顔色で・・・」

おさんと茂兵衛は、死の場所に向かうというのに、愛を享受した満足感に浸って後ろ手に手を握り合っているのだった。   
映画館主から

原作は近松門左衛門の「大経師昔暦」で、実際にあった姦通事件の劇化です。この作品は川口松太郎の劇化「おさん茂兵衛」をヒントに企画され、依田義賢が脚本を執筆しました。

舞台は暦発行の権利を持つ大経師の家。主人の以春は金にも厳しいが、女狂いも絶えず、夫を諌めるつもりで女中部屋に寝ていたおさんと、お玉に礼を言いに来た茂兵衛が鉢合わせになり、そこへ主人がやって来るという、偶然が誤解を招き、二人の逃避行が始まります。

逃避の間に二人は真実の愛に目覚め至福のまま、磔の刑場に運ばれて行きます。時代とはいえ、不義密通は大罪だったのですね。それにしても、現代の不倫行為は日常茶飯事で、これも問題ですが・・・

溝口監督の演出は全編に亘って厳しさに溢れ、日本的な叙情に満ちています。早坂文雄の三味線、尺八、拍子木などの場面を盛り上げる音楽も効果的でした。
宮川一夫の撮影はモノクロ画面の極致といっても過言ではありません。

長谷川一夫と香川京子の息もぴったり合って、二人の愛を知った演技に説得力がありました。それにしても、進藤英太郎の憎たらしい演技は天下一品です。

黒沢もいいが、溝口も捨てがたいです。正に日本映画界の双璧といえるでしょう。
「懐かしの映画館 近松座」にタイトルからして欠かせない作品でした。

   
参考文献:「別冊太陽 映画監督 溝口健二」 平凡社

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