虎の尾を踏む男達
 1945・東宝


製作:伊藤基彦
脚本:監督:黒澤 明
撮影:伊藤武夫
照明:平岡岩治
美術:久保一雄
音楽:服部 正
録音:長谷部慶次

出演:大河内伝次郎
    藤田 進
    榎本健一
    森 雅之
    志村 喬
    河野秋武
    山形義男
    横尾泥海男
    仁科周芳
    久松保夫
    清川荘司








物語

源九郎義経(仁科周芳
は梶原景時の讒言を真に受けた実の兄、頼朝に追われる身であった。弁慶(大河内伝次郎を筆頭に六名の近臣をお伴に全員山伏姿で、唯一の同情者、奥州の藤原秀衡のもとへ落ち延びようとしていた。
その為には、加賀国に作られた安宅の関所を通らねばならなかった。
 
険しい山道を登る一行に付いていく強力(榎本健一:エノケン)は、やたらとうるさい男だ。強力はまだ、この一行が義経達とは知らない。
「源九郎様もお気の毒だ。実の兄の頼朝様に追われなさって、この先の関所だってその為に作られたんだ。でも、なーに、心配するこたぁありませんぜ、源九郎様には弁慶というすげー強い坊主がついてるからね。・・・・ただ、ちと、頭がたりねーってんだなー」などと、御託を並べていたが、山伏達に一喝され押し黙った。その時、強力は、この一行がその義経と家来達と知ったのである。

強力は、関所の役人が義経達が山伏姿に身を替えていることを知っていると話すと、山伏達は騒然となる。「よし、一戦交えよう!」「腕がなるわい!」などと血気だった。弁慶は言った、「その関所だけ通るのはたやすい、しかし、その先々を何とする。ここは、穏やかに通らねばならぬ」

義経は強力の姿になった。山伏達の後を義経が歩く。その後を心配そうに強力が付いて来た。


安宅の関

山伏達が安宅の関に着いた。山伏達の後ろに笠で顔を隠した強力姿の義経と、本当の強力が控えていた。

関守の富樫(藤田進)は、山伏達に対して言った。「鎌倉殿(頼朝のこと)の厳命により、山伏姿の者は、ここを通す訳には参らぬ」
弁慶は言う。「それは、いなことを・・・、つくり山伏を通さぬというのでござろう?誠の山伏を通さぬとは、よもや、申されまい」
「ならぬ!ならぬ!」と、富樫の横からしゃしゃり出てきたのは、梶原の使者(久松保夫)である。この男は、義経の顔を知っている!

富樫は山伏の頭目であろう弁慶に男を感じていた。 「偽りなく、誠の山伏ならば、勧進帳を所持の筈。・・・承りたい・・・」
偽山伏にそんな物があろう筈がない。しかし、弁慶は落ち着き払って言うのだった。「・・・読めと、申されるか・・・」 強力が弁慶の指示した籠荷を持ってきた。強力が蓋を開けると、その中に一幅の巻物が、そして、大将の兜!!強力がひぇ〜となる。

弁慶、すかさず巻物を広げて読み始めた。音声朗々と弁慶の声が響き渡る。強力が弁慶の読み上げる勧進帳を見ると、そこには何も書かれていない。白紙であった。それを、弁慶は朗々と読んでいる。強力は目をパチクリさせた。
疑い深い梶原の使者が近づいてきた。強力は気が気ではない。勧進帳が白紙だと知れたら・・・  今しも、梶原の使者が弁慶のもとに来た、その時、弁慶はカッと目を見開き、読み終え、巻物を巻き戻したのである。

富樫は更に弁慶に仏徒の戒律や、その他、宗教上のあれこれについて質問を投げかけた。弁慶は弁舌爽やかにそれらに答えるのであった。
聞いていた富樫はやがて、一行の通行を許可したのである。

一行が関所の出口に向かった、その時、「待て!」と、梶原の使者が言った。「その強力、源九郎殿に似ておる!」 指差されたのは、強力姿の義経である。一同に緊張が走った。使者が義経の笠を取ろうとした時、弁慶が間に入った。「何!この強力が源九郎殿に!」弁慶は義経を引き倒し、「この軟弱者め!足手まといの者はこうしてくれる!」と、杖で義経を打ちまくるのだった。

強力が見かねて止めた。「そんなの、ねーよー」強力は泣いて止めた。弁慶、義経に「そうそうに歩かんか!」と一喝。しかし、「そうは、いかん!」と使者。そこで、弁慶は開き直った、「・・・先程からの、無理難題・・・・それが関守とは・・・片腹痛い!・・・」 弁慶の最後の気迫であった。

富樫が言った。「家来が主人を打つなど、ある筈がござらん。・・・通られい!」 尚も、何か言いたげな使者であったが、富樫の「安宅の関はこの富樫がつかまつる!」の一言で、義経達一行は無事、関所を抜けたのである。

一行が一息つく場所まで来た時、強力が、「いやー、あの時は弁慶様の気が狂ったかと思いやしたよ、家来がご主人を打つなんてねー!ワハハハッ」一同も、ほっとした気持ちで笑った。
その時、弁慶は、義経の前で、土下座し、頭を下げていた。「・・・もったいなや・・・計略とはいいながら・・・」後は言葉にならない。弁慶が泣いている。義経「弁慶、手を上げい・・・打ったのは、そちの手ではない、天が、わが身を守らせたもうたのじゃ・・・あり難く思うぞ」と、弁慶の手をとった。弁慶は男泣きに泣いた。一同は泣き、,強力も泣いたのであった。

富樫の使いの者が、一行の後を追い、酒を持ってきた。その場で宴会となる。
酒をすすめられた弁慶が飲む。一杯,二杯、三杯・・・その強いのなんの!!皆が酒を飲む。強力もおこぼれにあずかる。
強力が即興の踊りを披露し、しまいに豪傑の膝にへたり込んで全員大笑い。弁慶が朗々と謡い、そして舞った。晴れやかな舞である。

やがて夜も明けるころ、強力が目を覚ますと、あたりには誰もいない。強力の上に義経の着物がかけられていた。強力はすこぶる感激したのである。

映画館主から

黒澤明が能楽の「安宅」と、歌舞伎の「勧進帳」に材を得て作った、初の時代劇。
大河内伝次郎の弁慶と、藤田進の富樫。この二人の対決がドラマの中心で、それにエノケンの強力を創作して、ドラマに変化をつけています。
大河内と藤田はすでに「姿三四郎」で、師弟を演じた名コンビです。

何と言っても弁慶役の大河内伝次郎が圧倒的な貫禄を見せています。今、これほどの凄みのある俳優はめったにお目にかかれません。当たり役の「丹下左膳」にしても、様々な俳優が演じた中で、やはり彼がダントツでした。
ただ、当時の録音技術を云々する前に、彼の台詞は何がなんやらサッパリ解りません。それでも、その迫力はやっぱり凄い!?

エノケンは当時、人気絶頂でした。このエノケンが笑わせるぶん、泣かせる場面ではそれ以上に泣かせます。私も、弁慶が主君に土下座して泣く場面で、必ず泣きます。
エノケンが冒頭、山道を行く山伏の一行の後を付いていく場面は、「七人の侍」での三船敏郎を彷彿とさせます。

一方の主役は富樫。彼は、山伏達の一行が義経と家来達であると、見破っていますが、弁慶の男気と、主君を思う忠義に打たれ、関所を通してやります。弁慶役の大河内に比べ、まだ若い藤田には演技的に未熟なところがあり、少し物足りなさを感じました。
ちなみに義経役は、歌舞伎の 仁科周芳、後に岩井半四郎と改名します。仁科明子のお父さんです。

洋風の音楽あり、能や、歌舞伎の音も入った、ミュージカル仕立ての約1時間の傑作です。
この作品は、“主君への忠誠という封建的思想”を扱っているという理由で、占領米軍に禁止処分を受け、1952年まで7年間も公開されませんでした。

      参考文献:ドナルド・リチー著「黒澤明の映画」 キネマ旬報社

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