「藪の中の黒猫」
藪の中の黒猫
  1968・近代映画協会
藪の中の黒猫

監督:脚本:
    新藤兼人
撮影:黒田清己
美術:丸茂 孝
音楽:林 光

出演:中村吉右衛門
    乙羽信子
    太地喜和子
    佐藤 慶
    戸浦六宏
    殿山泰司
    観世栄夫


焼けた民家に死骸が二つ

中村吉右衛門と太地喜和子

乙羽信子は猫の化身

怪しい屋敷に女が二人
物語

藪に囲まれた一軒のみすぼらしい民家があった。太陽は真上から照り付けている。藪の中から十四、五人の武者が現れ、民家に向かった。
彼らは獣のように飢えていた。民家の前の小川で水を飲む。首領らしき男が民家の中を覗くと中年の女と若い女が飯を食べていた。武者達は中に入り鍋の中の食べ物をむさぼりだした。二人の女は逃げる隙もない。首領は若い女を倒してして犯した。
武者たちは順番に女を犯した。そして、帰り際に囲炉裏の火を蹴散らしていく。民家はやがて火にくるまれ、燃え盛った。
燃え尽きた小屋の残骸の後に焼け爛れた二人の女の死骸が横たわっていた。そこへ、何処からともなく、一匹の黒猫が寄り添った。女の傷口から流れた血を舐める黒猫。「にゃごう、にゃごう」悲しげな猫の鳴き声が・・・・・・。

■羅城門の怪

都の深い夜に羅城門がそびえている。そこへ騎馬に乗った武士がさしかかった。あの民家を襲った首領(戸浦六宏)である。
さっと、黒い生き物が横切った。武士が目を凝らして見ると、白い衣裳をまとった若い女が立っていた。
「何者。この夜更け、羅城門のあたりを一人さ迷うは妖怪か」 若い女(太地喜和子)は言う。「いえ、さようなものではございませぬ。所用で藤原さまのお邸へうかがったのですが、この先の藪の道が恐ろしゅうて足がすくんだのでございます」

「はッ、はッ・・・近頃の都の夜は百鬼夜行、剥ぎ取り盗賊のほしいままじゃからのう」「お願いでございます。藪の道をすぎるまで送っては下さいませぬか」「この俺が賊であったらどうする」「近頃、数々のお手柄をなされました頼光さまの、定めし名のあるご家来衆とおみうけしました。どうぞ、お願い致します」

かくして、武士は女を送って深い藪の夜道を行った。女の足は速く、足音がしない。やがて藪をはずれた所に門構えの家がある。
「なにもおもてなしできませぬが、ほんのひと時でもお立ち寄りくださればうれしゅう存じます」
武士は、「それではご好意に甘えてひと休みしていくかのう」と、家の中へ案内された。異様な雰囲気の寝殿づくりの一室。白いどん帳がかすかに揺れている。
四十恰好の女(乙羽信子)が盆に酒を持って現れた。「娘がたいそうお世話になりまして有難うございます」
「そなた達、どこかで会ったような気がするが・・・」「お酌をしてあげなさい」母は言った。武士は勧められるままに盃を重ねた。「にゃごう」どこかで猫の鳴き声がする。
母「わたしにもあなた様と同じくらいの倅がありまして、3年前にいくさに出たまま帰ってまいりませぬ」 武士は「案じるには及ばぬ。今ごろはどこかでひとかどの侍になっておろうわい。これからは侍が天下を取るぞ。帝といえど俺たちの頭領の頼光さまには一目おくようになった」

いつの間にか母の姿がない。若い女と二人きりになると、武士は女に手を伸ばした。女は待っていたように武士に抱かれた。武士は恍惚の表情で女を愛撫していた。女が武士の咽喉仏に口をあて、がぶりと喰らいついた。いつの間にか、母が来ていて四つんばいになり凄い微少を浮かべている。

羅城門には夜な夜な若いが現れては武士を誘い込み、殺していった。彼らは、みな民家を襲った武者たちである。


源の頼光(佐藤慶)は、帝にお小言を言われいらだっていた。「羅城門の妖怪といえども天魔鬼神ではあるまい。たかが、狐狸狢のたぐいか夜盗の仕業に違いないのだ。坂田の金時を呼べ!」
坂田ノ金時も渡辺ノ綱も西国、東国への遠征で不在である。「誰か、羅城門の妖怪を撃つ者はおらぬのか!」

その頃、蝦夷討伐の兵卒が敵の首長の首を取り、都へ馬を飛ばして駆けつけた。藪ノ銀時(中村吉右衛門)は全裸に近く、埃がこびりつき、わずかに千切れ残った布がかろうじて股間を隠している。
蝦夷の首長の首を確認した頼光は藪ノ銀時を褒め称えた。「藪ノ銀時よ、わが臣として四天王に一人加え、五天王とする」

すっかり立派な武士姿の藪ノ銀時が馬を走らせ、藪の中の民家へ行くと、家は跡形もなかった。彼はこの家の息子だったのである。村の甚兵衛(殿山泰司)をつかまえて言った。「俺の家はどうしたんだ。おっ母や、俺の嫁のおシゲはどうしたんじゃ」
甚兵衛「あれは、去年の夏じゃった。お前の家が焼けた。おっ母や、嫁も死んだものか逃げ出したものかさっぱりわからん。どうして家が焼けたものか、それもわからん」
藪ノ銀時は、悲痛に泣く。「おらあ、帰ってきたんだ、こんなに立派な侍になって帰ってきたのに・・・」


■羅城門の怪

頼光から羅城門の妖怪退治を仰せつかった藪ノ銀時が馬の乗り羅城門に来ると、はたして女が現れた。「女、いかがいたした」「はい・・・」「夜道の一人歩きが怖いのか」「はい・・・」「この先に暗い藪がある。その方角へ帰るのか」「はい・・・」「送って進ぜよう」「お願いします・・・」
女は顔を隠すので良くわからないが、嫁のシゲに似ている。門の前に着く。
藪ノ銀時「俺の家はまだここから遠い。ひと休みさせてくれぬか」「・・・はい」
そこへ中年の女が廊の闇の中から現れた。「いらっしゃいませ」 藪ノ銀時は目を剥いた。母にそっくりである。

部屋へ案内された藪ノ銀時は、言った。「そなた達の名はもしや、ヨネとシゲとはいわぬか」若い女と母は首を振った。家が焼け、母と嫁が姿を消した話を聞かせる。「俺は今、不思議な気持ちだ。俺の母や嫁にそなた達が瓜二つなのだ」
藪ノ銀時はさっと刀を引き寄せた。「お前達は何者だ!正体を現せ、羅城門の妖怪!」太刀を抜き放つと、母と女の姿が掻き消えた。
「おお、まさしく妖怪、わが母、嫁に姿をかりるとは何者の仕業ぞ!」彼はいつの間にか、我が家の焼け跡の闇の中にいて、狂ったように太刀を振り回しているのだった。

藪ノ銀時は羅城門へ出向いた。しかし女はいない。「あなたたちを討ちにきたんじゃない。会いたくてきたんです」
ある夜、再び女と再会した。「おお、いたか」 家へ迎えられる。酒が用意された。
藪ノ銀時「あなた方が何者であるか、それはもう問うまい。私はあなた方に会いたかった。それだけでいいのです」
母「私どももお会いしとうございました。夜明けまでどうぞゆっくりくつろいで下さい」そういって消えるが如く去っていく。

藪ノ銀時が女を抱く。女が応える。まさしく、これは嫁のシゲだ。彼は女の中へ嵐のように入って行く。
そして、毎夜、藪ノ銀時は通いつめた。
ある日、頼光に呼ばれた藪ノ銀時。
「毎夜出かけて手ぶらで帰ってくるとは何事じゃ。お前、顔色が悪いな、まるで妖怪のような顔つきをしとるぞ」

次の夜も藪ノ銀時は出かけた。母しかいない。「あれはどうした」 「あの娘はもういません」 「え、なぜだ」 
「私達は天地の魔神に誓いをたて、復讐のため、侍の生き血をすすることを約束して再び人の世の姿を借りることができたのです。・・・あの娘はその約束を破りました」 「俺と契ったことでか」 「はい。あの娘はあなたに抱かれて地獄に落ちることを望んだのです」
藪ノ銀時「あれはもういないのか、もう会えないのか」床に身悶えして慟哭する。

頼光が藪ノ銀時に厳命する。「妖怪を退治できなければお前を斬るぞ」

羅城門に侍の屍が出た。藪の中でも、川のほとりでも。
ある夜、藪ノ銀時が羅城門に出向くと、はたして女が現れた。母だ。「夜な夜な侍の生き血を吸ったな。どうして成仏できないのだ」 「あなたに会いたかったからです。いま一度あなたに会いたくて・・・」 「今夜という今夜は、あなたを討つか、私が斬られるか、選ばねばならない」 「家へ来てお経を詠んでいただけませんか。あなたがお経を詠んでくだされば私の妄執は消えてしまうのです」

藪の中を行く母と藪ノ銀時。水溜りがある。そこに映ったのは怪猫の顔である。藪ノ銀時が太刀を抜き放つ。ぎゃっと叫び母は空中を飛び、掻き消えた。斬り落とされた女の腕がみるみる黒猫の脚に変った。


頼光、黒猫の脚を見て藪ノ銀時に言った。「大江山に鬼が出るというので、俺は帝の命を受け鬼退治に行った。しかし退治したのは酒呑童子という山賊だった。お前は千年の歳を得たほどの黒猫を退治したのだ。穢れを清めるため、七日間の物忌をするのだ」

藪ノ銀時の舘。部屋の正面には白木の三方があり、黒猫の脚が供えてある。
藪ノ銀時は白衣を着て瞑想している。彼の太刀は白木の前にある。
母の声が聞こえた。「返しておくれ・・・」にゃあご、猫の声。
「お母さん、成仏してください」 「腕を返してください。腕が無くては侍の生き血がすすれないのです。侍への恨み、戦をする侍への・・・」

七日目の夜、帝の使いといって、陰陽の占いを司る巫女が戸を叩いた。藪ノ銀時は仕方なく部屋へ入れた。
眼が吊りあがった顔中あばたの中年女である。三方の黒猫の脚を食い入るように見た。「手にとって見てもかまいませぬか」 藪ノ銀時「どうぞ」 女、右手を差し出す。女には左手がない。「左手はいかがなされました」 
ぎょっと女が顔を上げた。それは、口が耳まで裂けた母の顔である。「取り戻したぞよ」 女は脚を口にくわえると、藪ノ銀時の太刀をかわして宙を飛び、そのまま天井を突き破って消え去った。

藪ノ銀時が藪の中を疾駆する。白装束の胸は開き、髪は乱れ、さながら悪鬼の形相である。抜き身をふりかざして、門へ馬を乗り入れた。
「母さあーん、母さあーん・・・」彼は狂ったように太刀を振り、闇を斬る。

焼け跡で藪ノ銀時が倒れ、息絶えている。いつしか雪が降り始め、彼の上に積もっていく。黒猫が彼にまつわり頬を顔を舐めている。さらに雪は降りつづけていた。
映画館主から

90歳を迎えてもなお映画製作に情熱的な新藤兼人監督の傑作怪談。
今昔物語の伝承説話、一条戻橋に発想の原点がありますが、話はまったく別物です。

シナリオライターとして溝口健二に師事した新藤兼人らしく、本作に「雨月物語」の影響を彷彿とさせています。特にモノクロの画面の幻想的な処理は特筆に価します。

戦乱の世に起きた一事件から物語は始まり、出世して立派な侍となった息子が妖怪に身を変えた母と嫁を討たねばならぬという悲劇のドラマです。
藪ノ銀時を演じる若き中村吉右衛門がすでに重厚な演技を確立しており、映画全体を引き締めています。
新藤監督の公私にわたる生涯の伴侶、乙羽信子の母、若くして不慮の死を遂げた太地喜和子の嫁、佐藤 慶の頼光と、演技陣も確かです。

新藤兼人の飽くなき追求のテーマは人間の性と、人間の業でありましょう。
「人間」「母」「鬼婆」「本能」「性の起源」「強虫女と弱虫男」「触角」などの一連の作品を見ても明らかです。「藪の中の黒猫」も時代劇の設定ながら同じ系列の作品といえるでしょう。

今から30年以上も前、私が赤坂のシナリオ研究所の研究生だった頃、一度だけ、新藤兼人の講義を受けたことがあります。まだ50代の新藤兼人は、朴訥と映画への熱意を語る素朴なおじさんでありました。

参考文献:「新藤兼人の映画・著作集3・性的ユートピアへの挑発」ポーリエ企画

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