| 酔いどれ天使 1948・東宝 |
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![]() 製作:本木荘二郎 監督:黒澤 明 脚本:植草圭之助 黒澤 明 撮影:伊藤武夫 音楽:早坂文雄 出演:志村 喬 三船敏郎 山本礼三郎 小暮実千代 中北千枝子 千石規子 笠置シズ子 新藤英太郎 清水将夫 殿山泰司 久我美子 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
物語 戦後まもない東京のある街。メタンガスのフツフツと湧くどぶ池が街の中にある。どぶ池のほとりで男がギターを弾いている。 その近くで医院を開いている真田(志村 喬)のところへヤクザの松永(三船敏郎)がやって来た。左手を負傷している。 「どうしたんだ?」 「ドアに手を挟んだんだ。釘が出てやがったんだ」 痛がる松永にかまわずピンセットで異物を取り出すとそれは弾丸だった。 「つまり・・・これが釘って訳か」 弾丸を見て言う。「治療代は高いよ、無駄飯喰ってる奴からは出来るだけボルことに決めてるんだ」 松永が変な咳をしているのに気づいた真田は、聴診器を松永に当ててみた。結核に掛かっている可能性がある。 「一回どっかでレントゲン撮ってみな、まずこれくらいの穴が開いてるね」 真田が指で丸を示す。 「なに!」 松永がいきなり真田の胸倉を掴み押し倒した。看護婦の美代(中北千枝子)が間に入って止めた。 飲み屋「ひさご」に入った真田はあるじ(殿山泰司)に聞く。「松永って奴を探してるんだがどこへ行ったら会えるかな」 あるじは使用人のぎん(千石規子)を見た。 「昼間っからダンスホールに入り浸りだよ」 ぎんは突き放すように言った。 「お前もあいつに惚れてる口か?どうせ惚れるんなら俺みたいな男に惚れな、見かけは汚いが第一病気になったらタダで済む」 真田は酒をグビっと呷って笑った。 ダンスホールで情婦の奈々江(小暮実千代)と踊る松永を訪ねてきた真田。「治療代を踏み倒しやがって。まぁ、それはいいから一杯飲ませろ」 松永について街を歩く。街を歩く人々が松永を見ると頭を下げる。花屋の店先で花を一本抜いて胸のポケットに刺す松永に対して店主も頭を下げる。松永は街の顔役なのだった。 バーでウィスキーを飲む真田は松永に説教を垂れ始め松永に叩き出された。 「松永って奴を見てるとあの頃の俺が思い出されていけねえ」 真田が美代に言う。真田も若い頃グレた苦い経験があった。 美代はといえば元はヤクザの情婦だったが、その男が刑務所に入ったのを機に真田が看護婦として面倒を見ているのだった。 「だいぶ良くなったな」 レントゲン写真を見ながら少女(久我美子)に言う真田。少女も結核患者なのだが真田の言うことを真面目に守って快方に向かっているのだ。 少女が帰り、真田は『純アルコール』を水で薄めて飲む。真田は医者でありながらアルコール中毒なのだ。 いつの間にか松永が立っていた。再び真田と松永がもみ合いになった。美代が止め、小雨の中を松永が帰っていく。どぶ池の脇を歩くその背中が寂しい。 高浜(新藤英太郎)の車が通りかかった。真田は同乗した。高浜は真田の旧友だが真田と違い今では立派な医院の院長となっており、設備も整っている。 「三日前、松永っていう患者が君のところへ行かなかったかい?」 「!」 高浜が言うには松永のレントゲンを撮り右が相当にひどいそうだ。「おかしいなぁ、フィルムを持たせて君のところへやった筈だが・・・」 ダンスホールにいる松永を呼び出す真田。 「頼まれもしないのに人の体をあれこれ心配してやってるんだ。我ながら考えるね、俺は天使みたいなもんだってね」 「へん、小汚ねえ天使だな」 「レントゲン写真を持ってやってきな、年寄りをそう邪険にするもんじゃねえ」 その夜、へべれけに泥酔した松永が真田の家にやって来た。破り捨てたとうそぶくレントゲン写真がポケットに入っていた。 電灯にかざして見る。「こんなに大きな穴が開いてるんだぞ」 「へん、穴開いてりゃ風通しが良くっていいよ」 松永はあくまで虚勢を張る。「おい!直るか!」 「直る」 「いい加減なこと抜かしやがると承知しねえぞ!」 「その代わり俺の言うことを聞くんだぞ」 その夜もどぶ池から下手なギターが聞こえる。ギターを弾く男に近づいた岡田(山本礼三郎)は男からギターを取り上げ爪弾き始める。なかなかうまい。 「兄貴、なんて曲です?」 「人殺しの歌だよ」 岡田は刑務所から出て街に舞い戻ったのだ。 真田医院にもギターの曲が変わったのが聞こえる。「先生、岡田です」 美代は恐怖に震える。美代は岡田の情婦だったのだ。その岡田が刑務所から出てきた。 岡田と松永が久しぶりに酒場へ行く。岡田が松永に酒を勧めるが、松永は断った。真田に禁じられているのだ。「俺の杯を受けられねえってんじゃしょうがねえな」 岡田が不機嫌になる。「いや、そういうわけじゃ・・・じゃ、一杯だけ」 やがてへべれけに泥酔した松永は岡田とダンスホールへ。 「うわ〜お、わおわお〜、うわ〜お、わおわお〜・・・」 笠置シズ子の歌う『ジャングル・ブギ』がホールに響き渡る。岡田は踊る奈々江に早くも目を付けていた。 賭場で岡田と渡り合った松永は負けが込み、おまけに喀血した。奈々江の部屋に寝かされている松永を真田が往診する。 だが松永はいつの間にかその部屋を出て行ってしまった。岡田に寝返った奈々江との折り合いが悪くなったからだ。 松永がどぶ池を見つめている。死神に取り付かれたように顔色が悪い。その肩を真田が叩いた。 「お前の肺ばかり綺麗にしようたって無理な相談だよ。お前の回りには腐り切ったばい菌みたいな人間が集まってる。そいつらと綺麗さっぱり手を切らねえ限りお前は駄目だな」 どぶ池にはメタンガスが噴出し、住人が勝手にゴミを捨てている。 松永が夢を見る。海辺に棺おけが置いてある。正装した松永が棺おけを叩き割ると中に入っているのはアロハシャツを着た松永だ。驚いて逃げる松永をアロハの松永が追ってくる。 ハッと目覚めると真田の医院だ。松永は真田に世話になっていた。 「あの女がここにいる筈だ!」 岡田が真田の医院にやって来て凄んでいる。 「帰れ帰れ!」 真田は負けじと譲らない。 「おめ〜命が欲しくはねえのか!」 岡田が懐へ手を伸ばす。 「一人前の人殺し面するな。お前より俺のほうがだいぶ殺してるよ!」 松永が現れた。「兄貴、この場は何とか・・・ゴホゴホ」 「お前の出てくる幕じゃない!奥へ引っ込んでろ」 真田が叱責した。 翌日、親分の家へ出向く松永。 離れでマージャンの音。「何であんなくたばりぞこないをのさばらしておくんです」 岡田の声。「まぁ、ああいう奴は今、捨て身で命を投げ出す。その時に使うのさ」 親分の声。 松永はそれを聞き、よろよろと部屋に入る。親分(清水将夫)と岡田は身構えた。「卵でも飲みな」 と苦々しい顔の親分が札を松永の足元に投げた。松永はたまらずに去った。 カッコウワルツが街に響いている。 「あんた、こんな世界には向かないよ」 酒場のぎんが松永に言う。「足を洗ったほうがいいんだがね、ね〜あんた、あたしと一緒に田舎においでよ」 ぎんは松永に以前から惚れているのだ。 花屋の店先からいつものように花を一本抜き胸ポケットに差し込むと店員が追いかけてきた。「あの〜、30円いただきたいんです」 松永はもう街の顔ではなくなっているのだった。 奈々江の部屋で岡田がギターを弾いている。松永が入ってきた。真剣な表情でナイフを構えている。奈々江が逃げ出す。松永は岡田に迫っていく。と、松永が喀血した。血が畳に落ちる。その隙に岡田は短刀を手にした。 二人は廊下にもつれ出る。置きっ放しのペンキの缶が倒れ白いペンキは廊下に広がる。二人はその上で真っ白になりもつれ合う。今や岡田のほうが優勢だった。岡田の短刀が松永の腹を刺した。松永は物干し台に倒れ動かなくなった。 どぶ池を見つめるぎん。そこへ真田が来る。 「飛び込むんならもっと綺麗な池のほうがいいぜ」 「これ、あの人のお骨なのよ。あの人にヤクザから足を洗うように頼んでみたことがあるのよ」 ぎんは松永の葬式をだしてやり田舎に引っ込むつもりだった。 「無駄なことだ!」 「でも、あの人、珍しくしんみりと聞いていたわ。泣いているようにも見えた」 「それでもあんな馬鹿なことをしでかすのがヤクザなんだ」 その時、「先生!」と声がして少女が走ってきた。「走っちゃいかん!」 真田が叫ぶ。少女は明るく卒業証書を差し出して見せる。 結核を克服して「アンミツ」を食べる約束になっていたのだろう。 「理性さえあれば結核なんかちっとも怖くないわよね」 「結核だけじゃないよ。人間に一番必要な薬は理性なんだよ」 二人は腕を組み街の雑踏の中へ消えていった。 |
| 映画館主から 黒澤明が三船敏郎と組んだ第一作目の作品です。 以後「赤ひげ」に至まで16作品でコンビを組み、世界の黒澤、世界の三船と評価を高めていくことになります。 黒澤はヤクザが嫌いらしく、徹底的にヤクザをやっつけます。 黒澤は語っています。「僕がこの映画を作ったのはヤクザ否定のためです。つまり、奴らが人間としてどんなに愚かな者かを見せてやるのです」 後年の「用心棒」では二大勢力のヤクザ同士を小気味よい位に壊滅させてしまいます。又、「赤ひげ」では医者である赤ひげがヤクザと格闘して何人のも腕や足の骨を折ってしまいます。 本作でも社会悪を象徴するものとして街の中にあるどぶ池を何度も我々に見せるのです。メタンガスを噴出す池。ゴミの浮いた池。その中に掃き溜めの鶴のように真田医師が登場するのです。又、素直な少女、酒場のぎんも掃き溜めの鶴的存在として登場します。 どぶ池はもちろん、戦後の闇市の発展したような街のセットが好く出来ていて、「野良犬」の闇市のセットに匹敵します。 谷口千吉監督の「銀嶺の果て」でデビューした三船は二作目で早くも主演。本作での三船のヤクザはあまりにも好演だったので、実際のヤクザが街を歩く三船にお辞儀したという逸話があります。それほど三船はヤクザになりきっていました。 三船を初めて起用した黒澤は語ります。「彼は表現がスピーディなんですよ。一を言うと十わかる。珍しいほど監督の意図に反応する。日本の俳優はおおむねスローだね。こいつを生かしていこうと思ったね、あの時は」 と。 黒澤の初監督作品「姿三四郎」から出演している黒澤映画の常連、志村喬は正義感で一杯に描かれていますが、人間としての欠点を加えました。志村演ずる真田医師はアルコール中毒なのです。配給の「純アルコール」を水で薄めて皆飲んでしまうのです。 しかし、酒飲みの私には人間的で微笑ましい医者なのです。 「姿三四郎」で師と弟子の関係にあった大河内伝次郎と藤田進の構図はここでは志村喬と三船敏郎に移行し、「野良犬」「七人の侍」と続きます。さらに「椿三十郎」「赤ひげ」になると三船敏郎、加山雄三へと変化していきます。 参考文献:「黒澤明の映画」 ドナルド・リチー著 キネマ旬報社 |
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