「ゼロの焦点」
ゼロの焦点 1961・松竹
「ゼロの焦点」左から高千穂ひづる、久我美子、有馬稲子

製作:保住一之助
監督:野村芳太郎
原作:松本清張
脚本:橋本 忍
    山田洋次
撮影:川又 昴
音楽:芥川也寸志

出演:久我美子
    高千穂ひづる
    有馬稲子
    南原宏治
    西村 晃
    加藤 嘉
    穂積隆信
    高橋とよ
    沢村貞子

物語

鵜原禎子(久我美子)は新婚7日目に夫、鵜原憲一(南原宏治)が社用で金沢へ立つのを見送った。それが、夫を見た最後の姿であった。
憲一は広告代理店の金沢支店長だったが、結婚を期に東京本社に栄転となり、後任の本多(穂積隆信)と事務引継ぎをするための金沢行きだったのだ。
本棚の整理をしていると、なにやら家を写した写真が2枚出てきた。古びた家と豪邸の写真だった。

予定の12月12日になっても憲一は帰宅しない。会社に問い合わせると11日の夜、金沢を立った筈だという。本社の人間が事情を調べに金沢へ行くというので禎子も同行する。
しかし、憲一が暮らしていたはずの下宿も分からない。本多の案内で憲一の最大のクライアントであった丸越工業を訪ねた。受け付けの女、田沼久子(有馬稲子)は外人の応対をしていたが、妙に英語が堪能だった。
「ありゃ、米兵相手の夜の女の英語ですよ」 本多は言う。

丸越工業の社長の家を見た禎子は目を見張る。あの写真の家だった。
社長の室田儀作(加藤嘉)と、夫人の佐知子(高千穂ひづる)が応対した。夫妻も憲一が行方不明と聞いて心配する。
「あなたとの結婚の話が決まってから、鵜原君が何となく元気がなくなったような気がしたんだがね」と、室田儀作は言うのだった。

警察からの連絡で能登で自殺死体が出たという。不安にかられ死体と対面した禎子は首を振った。夫ではなかった。
能登の断崖に立つ禎子。垂れこめた重い空。荒れる日本海。自殺の名所、能登金剛。
憧れの筈だった能登の断崖に、夫を探し求めて立たずむ人妻。

憲一の兄、鵜原宗太郎(西村晃)が、出張のついでにと金沢へやって来た。心当たりを探ってみるという。
禎子の母親からの電話で、憲一が昔、立川で巡査をしていたことがあるということが分かった。
禎子は金沢での憲一探しを宗太郎にまかせて一旦、東京へ帰った。立川署の憲一の同僚だった警察官に会った。憲一は巡査だった頃、立川の米軍兵相手のパンパンを取り締まる風紀係だった。何かひっかるものがある。

宗太郎の妻(沢村貞子)に金沢署からの電報。宗太郎が殺された。打ちひしがれた妻と禎子が金沢署に行った。宗太郎は旅館「加能屋」で青酸カリで毒殺されたのだった。旅館「加能屋」で宗太郎と会っていた女は派手な服装のパンパン風の女だったという。
禎子は思い当たった。丸越工業の受け付けの女!!

禎子が丸越工業を訪ねると受け付けの女が変っていた。田沼久子の内縁の夫は12月12日に能登金剛で自殺していた。憲一の失踪した日と同じだ。
憲一は久子の内縁の夫だった。それも、曽根益三郎という名前で。禎子と久子の二人の女の間で思い悩んでの自殺であろうか。
田沼久子の家を訪ねる禎子。あの写真の家だった!久子は3日も家に帰っていない。それもその筈、久子の死体が上がったのだ。

金沢署へ呼ばれた禎子は訴える。「夫、憲一は田沼久子の内縁の夫だったのです。夫は久子に殺されたのです。義兄の宗太郎は夫の過去を知っており、久子を殺人者と責め立てたため、久子に殺されたのです。そして久子も自殺したのです」
「いや、ご主人は自殺です」刑事は憲一の久子あての遺書を見せた。その筆跡は憲一のものに間違いなかった。


1年後。
禎子は丸越工業の社長、室田夫妻を訪れた。
「あの断崖からこの花束でも落とせば、憲一に対する気持ちも吹っ切れると思いまして・・・」
「その気持ちわかりますわ。私たちもご一緒しましょう」夫妻は禎子に同伴した。

能登金剛の断崖に立つ3人。
「憲一が自殺したあの時、もう一人、誰かがいたんです」禎子が切り出した。
「えっ・・・」室田佐知子が絶句した。
「それは奥さんです」禎子は何を言い出すのであろう。禎子はこの1年の間に様々な推理を働かせていたのだった。
禎子は立川署で室田佐知子の前歴が米軍相手のパンパンだったことを知った。益三郎から二人の女の間で悩んでいると相談を受けた佐知子は、自殺工作を提案した。能登の断崖から自殺したことにすれば死体が上がらなくても不審に思われない。巡査時代に佐知子を取り締まった縁で憲一は佐知子から公私にわたって面倒を受けていた。自殺工作の提案も受け入れた。

田沼久子あての遺書を断崖の上に置いた憲一を佐知子が後ろから突き落としたのだ。これで佐知子の前歴を知る者はいなくなる。
また、鵜原宗太郎殺しも久子に会う前に訪ねてきた宗太郎に渡した青酸カリ入りのウイスキーが死因だった。そして、久子はつり橋で待ち受けていた佐知子に突き落とされたのだ。
「・・・・」佐知子は反論せず禎子の話を聞いていた。
「何故、黙っているんだ!」室田儀作は妻に向かって叫ぶ。

「・・・貴方の話、全然違うわ、今度は私が話す番ね」
佐知子が話し始めた。
憲一から相談を受けた佐知子は、自殺工作の後、残された久子の為に金の無心をされた。その時、自分の前歴を知っているとばかり思っていた憲一がまったく知らなかったことに気付いたのだった。
「貴方は立川で!?」 「えっ!・・・知らなかったの?」 「気がつきませんでした」
何のことはない。佐知子は自分で自分の過去を明かしてしまったのだ。
そして、能登の断崖で憲一を突き落とした。

「加能屋にいた女は久子さんじゃなく、私よ」 久子に化けた佐知子が宗太郎の追求を受ける。
「田沼久子さん宛ての遺書はあっても、鵜原禎子宛ての遺書がない、それではまだ憲一は生きているということじゃないですか」
「・・・実は、生きています。山中温泉に身を隠して・・・」佐知子はうろたえながら言った。宗太郎は急に態度を軟化させた。「そういうことなら、最初から仰っていただければ、貴方を責めたりしないで済んだんです」
佐知子、ウイスキーの瓶を取り出す。「これでも召し上がりながら私の話を聞いてください」
酒好きの宗太郎は咽喉をならした。茶碗に注ぐと一気に咽喉へ流し込む。途端に青酸カリの効き目が出た。咽喉を掻き毟り、絶叫とともに宗太郎が絶命する。

「久子さんも可愛そうだったわよ」佐知子は続けた。
つり橋で佐知子は久子と待ち合わせた。佐知子は久子を宗太郎殺しの後、自殺に見せかけて突き落とすつもりだった。しかし、話の途中で久子が、「エミー、しらばっくれるのはもうやめにしようよ」と言ったのだ。
「えっ」エミーとは佐知子が立川にいた時の愛称だった。久子は自分を知っていた!
「エミー、あたいはもう生きていてもしょうがない、こっから突き落としておくれ・・・でも、あたいはエミーより幸せだったかも知れないね、益三郎との生活があったんだもの。あんたは社長夫人として、色々苦労してきたんだろうね・・・」
佐知子、思わず久子にすがりついた。「ううううううー、帰ろう、夫のところへ、全てを話そう・・・」

車の中で、後部座席に乗った久子が、「遠慮なくもらうよ・・・」と言った久子の言葉が運転している佐知子に聞こえた時は遅かった。久子がウイスキーをラッパ飲みしていた。「駄目!」佐知子が叫ぶ。佐知子が宗太郎に飲ませたウイスキーだった。久子、うめき声とともに絶命した。
佐知子は久子を車から引きずり出し、崖下へ投げ込んだ。

話し終えた佐知子は車へ走った。止める夫を振り切って急発進した。そして、能登金剛の断崖から車ごと転落していくのだった。

禎子は夫の死をきっかけに、過去を背負って生きる人間の業を能登の断崖の上で痛いほど感じていた。
映画館主から

野村芳太郎は松本清張ものを得意とした監督で、’74年には名作「砂の器」を生んでいます。
脚本は黒澤明の作品でも「羅生門」「七人の侍」などで知られる名手、橋本忍。
橋本の脚本は、「ゼロの焦点」でもずば抜けており、複雑な推理小説を回想場面を巧妙に交差させて観客をドラマに引きずり込んでいきます。
特にラストの断崖でのシーンは原作に無かったもので、橋本の創作です。さすがは「羅生門」の脚本家です。原作の主人公の推理を一歩ひねって新たな推理を展開させたのでした。

川又 昴のカメラも良く、暗い北陸の垂れこめた空とうねる日本海、能登の断崖を背景に暗い過去を背負った人間の業を捉えています。
それに芥川也寸志の重い音楽が随所で効果を上げています。

主演の人妻に久我美子、社長夫人に高千穂ひづる、金沢の内縁の妻に有馬稲子という配役で、3人とも好演です。特に高千穂ひづるの鬼気迫った演技が光っていました。

割と地味な作品なので目立ちませんが、ビデオ屋さんにあります。未見の方は是非ご覧下さい。

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