御製康熈字典序 易傳曰。上古結繩而治。後世聖人易之以書契。百官以治。萬民以察。周官。 外史掌達書名於四方。保氏養國子。教以六書。而考文列於三重。蓋以其為萬 事百物之統紀。而足以助流政教也。古文篆隷随世逓變。至漢許氏始有説文。 然重義而略於音。故世謂漢儒識文字而不識子母。江左之儒識四聲而不識七音。 七音之傳肇自西域。以三十六字為母。従為四聲横為七音。而後天下之聲総於 是焉。嘗考管子之書所載。五方之民。其聲之清濁高下。各象其川原泉壌淺深 廣狭而生。故于五音必有所偏得。則能全備七音者鮮矣。此歴代相傳取音者所 以不能較若畫一也。自説文以後字書善者。於梁則玉篇。於唐則廣韻。於宋則 集韻。於金則五音集韻。於元則韻會。於明則洪武正韻。皆流通當世。衣被後 學。其傳而未甚顯者尚數十百家。當其編輯。皆自謂毫髪無憾。而後儒推論輙 多同異。或所收之字。繁省失中。或所引之書。濫踈無準。或字有數義而不詳。 或音有數切而不備。曽無善兼美具可奉為典常而不易者。朕毎念経傳至博。音 義繁頤。據一人之見。守一家之説。未必能會通罔缺也。爰命儒臣。悉取舊籍。 次第排纂。切音解義一本説文玉篇。兼用廣韻集韻韻會正韻。其餘字書一音一 義之可採者靡有遺逸。至諸書引證未備者。則自経史百子。以及漢晋唐宋元明 以来詩人文士所述。莫不旁羅博證使有依據。然後古今形體之辨。方言聲氣之 殊。部分班列。開巻了然。無一義之不詳。一音之不備矣。凡五閲歳。而其書 始成。命曰字典。於以昭同文之治。俾承學稽古者。得以備知文字之源流。而 官府吏民亦有所遵守焉。是為序 康熈五十五年閏三月十九日  日講官起居注翰林院侍講學士加五級臣陳邦彦奉 勅敬書 <書下し文> 御製康熈字典序 易傳に曰(いはく)。 上古は繩を結(むすび)て治む。 後世聖人之(これ)に易(ととのふ)るに書契を以(もつて)し。 百官以(もつて)治(おさめ)り。 萬民以(もつて)察(あきら)か。 周官に。外史は書名を四方に達するを掌(つかさど)り。 保氏は國子を養ひ。教ふるに六書を以(もつて)す。 而して文を考へ三重に列す。 蓋(けだし)其(それ)以(もつ)て萬事百物之(の)統紀と為(なし)て。 以(もつて)政教を助流するに足る也。 古文篆隷世に随(したがひ)て逓(たがひ)に變る。 漢の許氏に至て始(はじめ)て説文有(あり)。 然れども義に重くして音に略(あらし)。 故に世に謂ふ漢儒は文字を識(しり)て子母を識らず。 江左之(の)儒は四聲を識(しり)て七音を識らずと。 七音之(の)傳はる肇(はじ)め西域自(よ)りす。 三十六字を以(もつて)母と為(な)す。 従(たて)に四聲と為(な)り横に七音と為(な)る。 而(しかして)後天下之(の)聲是に総(す)ぶ焉(や)。 嘗(かつ)て考ふるに管子之(の)書に載する所。 五方之(の)民。其(その)聲之(の)清濁高下は。 各々其川原泉壌淺深廣狭に象(かたちどり)て生る。 故に五音に于(ここ)で必(かならず)偏に得る所有(あり)。 則(すなはち)能く七音を全備する者(は)鮮(すくな)し矣(や)と。 此(これ)歴代相傳音を取る者(は)較べて畫一の若(ごと)き能(かな)はざる所 以(ゆゑ)ん也。 説文自(よ)り以後字書の善き者(は)。 梁に於ては則(すなはち)玉篇。 唐に於ては則(すなはち)廣韻。 宋に於ては則(すなはち)集韻。 金に於ては則(すなはち)五音集韻。 元に於ては則(すなはち)韻會。 明に於ては則(すなはち)洪武正韻。 皆當世に流通し。後學に衣被す。 其(それ)傳りて未だ甚顯はれざる者(は)尚數十百家。 其(それ)編輯に當て。皆自ら謂ふ毫髪憾(うらみ)無(なし)と。 而(しかして)後儒の推論輙もすれば同異多し。 或は收むる所之(の)字。繁省中を失ひ。 或は引く所之(の)書。濫踈準無く。 或は字に數義有(あり)て詳(つまびら)かならず。 或は音に數切有(ありて)備はらず。 曽(かつ)て善兼ね美具はり奉じて典常と為(な)して易(ととの)はらざる可き 者(は)無(なし)。 朕毎(つね)に念(おも)ふ経傳は至博。 音義は繁頤。 一人之(の)見に據り。 一家之(の)説を守り。 未だ必(かならず)會通して缺く罔き能(あたは)ざる也と。 爰(ここ)に儒臣に命じて。 悉(ことごと)く舊籍を取り。 次第に排纂し。 切音解義は一に説文玉篇に本づき。 廣韻集韻韻會正韻を兼ね用ひ。 其餘字書の一音一義之(の)採る可(べき)者は遺逸有る靡(なび)く。 諸書引證未だ備はらざる者に至ては。 則(すなはち)経史百子自(よる)。 以(もつ)て漢晋唐宋元明以来詩人文士の述る所に及び。 旁羅博證依據有(あり)使(し)めざるは莫(な)し。 然る後古今形體之(の)辨。 方言聲氣之(の)殊。 部分班列。開巻了然。 一義之(の)詳(つまびら)かならざる。一音之(の)備はらざる無し。 凡そ五(いつた)び歳閲(けみ)して。其(その)書始(はじめ)て成る。 命じて字典(じてん)と曰ふ。 於(おける)に以(もつて)同文之(の)治を昭(あきらか)にし。 學を承(うけつ)ぎ古を稽(かんが)ふる者をして。 以(もつて)文字之(の)源流を備(つぶ)さに知るを得て。 官府吏民も亦遵守する所有ら俾む焉(や)。 是を序と為(な)す 康熈五十五年閏三月十九日  日講官起居注翰林院侍講學士加五級臣陳邦彦奉 勅敬書 </書下し文>  渡辺温訂正『標註訂正 康煕字典』1977年、講談社、より抜粋・書下し。