- ドルドーニュ県キュサックの洞窟の壁画
- 1 名前: 収斂
投稿日: 2001/7/8(日) 00:57:43
- 先日、新聞で、昨年9月に発見されたフランス南西部ドルドーニュ県キュサックの洞窟の先史時代の線刻画は、紀元前2万2000—3万5000年に描かれた世界最古級の可能性があるという、仏国立先史センターの見解が報道されました。このことについて、その後ほとんど情報がないので、ちょっと補足します。
ドルドーニュ県キュサックはラスコーの洞窟からたった30キロ足らずの場所にあります。そもそもドルドーニュ県という地名自体、日本ではマイナーですが、石器時代研究をする人なら知らない人はいないというくらい、石器時代の遺物が多く見つかる場所です。ラスコーはその中の秀作の一つに過ぎません。なお私の資料では、フランス国内にあるクロマニョン人の洞窟壁画遺跡は80くらいとなっていますが、多分今では100以上くらい見つかっているでしょう。参考に年代も示します。
ムステリアン期(35000〜110000年前)
オーリニャシアン期(40000年前)
後期ペルゴルディアン期(25000〜20000年前)
ソリュートレアン期(20000年前)
マグダレニアン期(15000〜10000年前)
アジリアン期(10000年前)
ここで注意して欲しいことがあります。日本で邪馬台国の所在地論争が話題になっているような感覚で、ヨーロッパでは、なぜネアンデルタール人が3万年前に突如滅んだのかが熱い議論をよんでいます(もう、よんでいましたかな?)。最近、DNA分析でだいぶわかってきたみたいですが、それまでは大きな謎でした。最近では、クロマニョン人とネアンデルタール人が、ある時期、ヨーロッパ内で同居していたことがわかっています。今回のキュサックの人類がもし3万5000年前なら、ネアンデルタール人がまだいた時代です。現生人類の起源はまだ詳しく解りませんが、少なくとも20万年くらいでしょう(これは最近の学説を知らないので古い資料の内容です。すみません)。しかし現在の人類とほぼ同じになったのは3万7000年前と言われています。つまりキュサックの発見はそういう意味でも貴重です。
話は戻って、クロマニョン人のこん跡を示す遺跡のタイプには2種類あります。一つは、谷に面した岩陰に石を積んで風雪をしのいだ住居タイプで、火の使用の跡、石器や道具や人骨、採集した食料や動物の骨などがまとまって見つかりますが、装飾品はほとんど出土しません。
もう一つが地中深く伸びた通路や洞窟の奥に描かれた壁画です。ここからは人が住んだこん跡は全くといっていいくらいありません。しかも壁画はたいていは洞窟の最奥にあります。つまり洞窟はクロマニョン人にとって聖域だったのです。なぜキュサックの壁画が今までわからなかったのかというと、やはり洞窟の奥にあったからでした。そういうわけですから、まだ未発見の壁画もきっとあるでしょう。
壁画は、洞窟の特定の場所に密集して描かれました。ですから対照的に、何も描いていない場所もあります。このことから、壁画を描いた場所にも、壁画同様に、呪術的意味があったという説が有力です。フォン・ド・ゴーム洞穴では動物が落とし穴に落ちる様子の壁画が多くあり、またラスコー洞窟では古い絵の上に新しい動物の絵を描き足しているものも少なくありません。不思議なのはレ・トロワ・フレール洞窟にある壁画のように、いくつもの動物が一つの絵に合体しているものもあります。耳と角と胴体はオオシカ、尻尾はオオカミ、前足と後ろ足は人間、顔はフクロウ、といった感じです。宗教的意味があったのは間違いないと考えられています。ほかにも、シャーマンの服装を着たヒトの壁画も50くらい見つかっています。この服装もなんと動物の特徴を持った物が多く、儀式の様子が判る貴重な資料になっています。
それからネアンデルタール人の時代から今まで、4万年以上も続き、今でも欧州各地でその名残がある風習がクマの崇拝です。クマは特別な存在でした。クマは狩猟対象でありましたが、同時に崇拝の対象でもありました。この種のクマは、今では欧州では絶滅し、アラスカのコディヤックグマに近い超大型のクマでした。体重は700キロ近くにもなり、体長も2.5メートルくらいありました。
キュサックの洞窟の線刻画には、写実的な女性の線刻画がありました。そこでちょっと補足します。
クロマニョン人の装飾品にはマンモスの骨の首飾りやなんかが多くありますが、氷河期だった後期ペルゴルディアン期になると女性の人形、レリーフが頻繁に出てきます。マグダレニアン期になるとそういったものはずっと数が減ってしまいます。
後期ペルゴルディアン期の気候は寒冷期から酷寒期になる時期で、人々は地面に浅い穴を掘り、獣骨で柱、毛皮等で屋根を造りました。女性像がもっとも出土するのはそういった住居跡であり、それも壁の側で出土します。また、まとまって出土することもあります。
女性像の特徴ですが、東ヨーロッパを含む広い範囲で共通した特徴があります。材料は石、骨、象牙、粘土などいろいろですが、どれも大きさは10センチくらいと小さく、胴体が誇張され、頭、手足は極端に小さく、顔は描かれていないこともあります。また脚の先が尖っていることが多く、地面に直接突き刺した可能性が高いです。
有名な物はオーストリア出土の「ビレンドルフのヴィーナス」でしょう。これは高校の世界史の教科書や資料集に必ずといっていいほど登場するので、日本でも知っている方も多いことでしょう。またチェコスロバキア出土の「ベストニーツァのヴィーナス」、フランス出土の「ローセルのヴィーナス」、「アブリ・パトーのヴィーナス」、フランスのドルドーニュ出土の「ブラッサンプイの貴婦人」なんかが有名です。