’98.2.10

                                                                                                  NO.28

詩の授業〜ほたる

                      

1.はじめに

 

 ここで紹介するのは、「視点」を検討させる授業である。

 文章を検討する国語の授業において、論を潰し合う討論に発展したとき、その根拠となるものは、意外に一語であったり、ちっぽけな「が」とか「の」とかの助詞であったりすることも多い。

 言葉にこだわり、言葉を根拠とするということは、こういうことなのである。

 一字一句見逃さず、一字違うと文の意味するところが全く違ってくるということを普段の授業で鍛え、培っていかなくてはならない。

 ひいては、そのことが「言葉の力を育てる」ことになるのである。

 以下の実践記録は、3年生を対象にして行った授業展開である。
 中心発問は松垣和年氏の追試である。(向山型「分析批評」の授業〜明治図書P39〜44より)

 

2.授業の流れ


指示1
先生が黒板に書く文章を、そのままそっくりていねいに視写しなさい。先生がチョークを置くまでに書き終えるんですよ。
 

と言って、できるだけ下位の子供のペースに合うようなスピードで、丁寧に以下の教材文を板書する。


    ほ ほ ほたる 来い
    そっちの水は にがいぞ
    こっちの水は あまいぞ
    ほ ほ ほたる 来い

 

 全員書き終えた後、


指示2
隣同士ノートを交換しなさい。座ったまま、お隣の友達が書いた文を1回音読しなさい。
読んでみて、正しく視写しているかどうか、そのノートの隅に赤鉛筆でその人の視写に点数をつけなさい。

 

 自分でチェックさせると、思い込みや注意力不足から、意外に自分のちょっとしたミスにも気付かないでいることが多いものである。

 このような方法もたまには取り入れて、正確に丁寧に書くという癖を付けさせたいものである。

 ノートを戻させてから、改めて音読させる。内容理解のための音読になる。


指示3
全員起立。2回音読したら座りなさい。
 

 全員着席後、ちょっと聞いてみる。


質問
みなさん。「ほたる」って知っている?
 

・「おしり光るやつ」

・「夏に田んぼや草むらでキラキラ光って飛んでいる虫」などという声。

 「本物を見たことがある」子は3分の1弱。

 ほたるも見られなくなった今日と、その子供たち。何とも言えず寂しい気持ちになる。

 さて、詩の分析に入る。

 
発問1
この詩で対比している言葉はどれですか?←→を使ってノートに書きなさい。書いたら持ってきなさい。
 

 見せにきたノートを素早く、○×でチェックする。○つけたものを黒板に書くように指示する。


 ・にがい←→あまい        ・そっち←→こっち
 

 書いた子に発言させて、全員の確認を促す。


指示4
さあ、この詩を絵にかきますよ。先生と一緒にかきましょう。
 

と言って、以下の絵を板書して、ノートにかかせる。

 全員かいた後、本時の中心発問をする。


発問2
Aの水、Bの水、どちらが甘いのですか?AかBのどちらかをノートに書いてわけも考えなさい。
 

 たっぷり7分くらいの時間を与えた。討論に備える、論を立てる時間を保障するためである。

 7分後、A,Bそれぞれの人数を挙手で確かめる。

A・・・・・・22人     B・・・・・・8人

 少ないB派の意見から発言させる。


(B派)Bと考えます。分けは、Bの方の水が多い気がするから。
(A派)それは、理由になりません。文には何も書いていません。多いことは甘いことと全然関係ありません。
(A派)「こっちの水はあまいぞ」と後に書いているから、甘いのはA側とした。
(A派)ほたるが、Aの方におしりを向けている。Bの方へ行こうとしているが、よびとめてAの方が甘いから来いと言っているのではないか。
(A派)ほたるは、Bの方に行こうとしているから、そっちの方がにがいぞって教えている。
(A派)本当はBに行きたがっているが、「こっち」ということはおしりの方へ声をかけている。
(B派)じゃあ、なぜAの方に行かないんですか?分けが分かりません。

 

 このあたりの意見を聞いていると、自分の思いつきや文から遊離し、絵だけに根拠を求めようとする発言が続いていることが分かる。

 A派が、B派を飲み込まんとする勢いである。

 しかし、B派を徹底的に納得させるだけの論をA派は導いていない。

 「答えは、全て文の中にあるんだよ。」と思考の修正を促し、話し合いを再開する。


(A派)
・「そっち」を調べたら、「自分から離れてそちら」という意味で、離れていこうとしているのはA側だからAが甘い。
・「こっち」を調べたら、「自分に近い方」のことを言う意味と書いてたから、「そっち」とは反対の言葉です。だから、自分側の方が甘いから来て欲しいということではない
かと思います。Aの方から、ほたるに声をかけているということです。
・自分に近づいて来て欲しい時「こっちに来い」と言うし、離れていくとき「そっちに行く」と言うから、ほたるの方向を見るとBに行こうとしています。だからBが「そっち」でAが「こっち」だと思います。
だからAが甘い水だと考えます。

 

 3年生にしては、ここまで根拠を出して発言できることは、期待以上に素晴らしいことであった。
 3年生でも、言われなくても辞書を引いたり、何とか言葉から証拠を見つけようとしたりする態度を、大いに誉めた。

 鍛えれば3年生でも、ここまでできるようになるのである。

 相手をやり込める「論破」までは程遠いが、今の段階では充分と考えた。

 そこで、教師の方から補助的問いと説明を加えることにした。


発問3
「ほたる 来い」というのは、この詩の中に何回出てきていますか。
 

 「2回。」と子供たち。


発問4
この詩の話し手は、ほたるに自分の方に来て欲しいのですか?
 

 「2回も言っているから、来て欲しいと思っている。」と子供たち。

 

 そこで次のように説明する。


説明
来て欲しいから2回も言っているのですね。
「来い」と言っているんだね。「行け」と言っていませんね。
「来い」と呼びかけていることは、「そっち」へ言ってほしくないという気持ちが強いんです。
自分から離れてしまいそうだから、呼び止めているんですね。
この絵のままじゃ、ダメだと、話し手は思っいるのです。

 

 説明後、再度問いかけて次のような指示をした。


発問5
話し手は、AとBのどちら側にいるのでしょう。A,Bどちらかの方に目玉を書き入れなさい。
 

 残念ながら、ここで時間が来てしまった。

 まとめることができなかったが、その後ノートを回収してみたところA側に目玉を全員が書いていた。

 根拠となる言葉は「こっち」と「そっち」だったのである。

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