’97.8.10
NO.36
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詩の授業〜「いるか」 |
1.はじめに
授業で扱った詩教材「いるか」を下に記す。
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この詩は、谷川俊太郎氏の作品「ことばあそびうた」(福音館書店)に収められているものの一つである。
全てひらがなで書かれている。
ひらがなで詩を書くということについて、谷川氏は、自作の朗読ライブで次の様におっしゃっている。
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(A) |
また、続けて、この作品については次の様な話をされている。
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(B) |
※(A)(B)とも「谷川俊太郎〜自作を読む第1巻(草思社カセットブック)」に収録されている、東京クレヨンハウス(’88.3/5)でのライブからの引用である。(テープ起こしは、三村)
さて、このお話はとても興味深い。
詩というのは、作者でも、常に論理的な意味を持たせて文字化しているわけではないということ、そして、楽しい言葉遊びをしながら、高田敏子氏の言われる「良い思いっこのゲーム」であるということを示されたものとして注目に値する。
しかしながら、作者の意図に反するようだが、この詩を教材化し「言葉にこだわる」という授業で、上記の発問を是非子供たちに投げかけ検討してみたくなったのである。
以下、授業の記録を簡単に述べることにする。
2.授業の流れ
プリント(教材詩)を配布する。
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着席後、「どう?この詩。」と尋ねると、
・「何か、わかんない。」
・「『 、』『 。』もないから読みにくい。」
・「いるかってあのイルカのこと?」 等の声があがる。
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どの子も真剣に数を数えている。全員調べ終わったのを見計らって、列指名で答えさせる。
全員「12」という一致を見る。
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「イルカ」が登場しているという前提で、検討させる。
そうでないと、全て「居るか」と考えても不自然ではなく、単なる言葉の音韻遊びだと考えれば、それまでだからである。
教師の解をまず先に述べることにしよう。
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結論から言う。
上記の3つの「いるか」以外が「イルカ」である可能性がある。
別の言い方をすれば、この3つは、「イルカ」ではなく「居るか」と考えたほうが自然だということである。
「イルカ」である可能性があるということは、どういうことなのか、子供たちにすれば、はっきりして欲しいということになる。
当然であろう。子供にすれば、発問しておいてそれはないだろと言うことになる。
発問するということは、教師の解が明確でないと、それは無責任になるからである。
つまり、この解は、「。」「、」「!」「?」など一切ないため、証拠となるものもなく、この3つ以外は全て「イルカ」と考えても構わないということである。
1行目など「イルカ イルカ」でもいいし、「居るか イルカ」「イルカ 居るか」「居るか 居るか」でも意味は通じる。
したがって。12−3=9で、「0〜9匹いそうですよ。」という解にしか成り得ない。
それでも、授業の実際場面においては、次の様な分析・検討が意見交換として出された。
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教師の解を示した後は、「えーーー。なんでーーー。」「いっしょうけんめい考えたのにーー。」「先生のうそつき。」という声さえとび出た。
にっこり笑いながら次の様に話して、授業を終えた。
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授業後も、教室のあちこちで「これはイルカだよ。」「ちがうよ。」という声が、しばし続いていた。