’98.6.4

                                                                         NO.19


     詩の授業〜「から」
 

                     

1.はじめに

 

 ここで紹介するのは、


文章を検討させる詩の授業
 

である。もっと突っ込んで言うならば、


文章を検討する授業を具現化するための第一の観点となる、作者と話し手(話者)の区別に気付かせる授業
 

である。いわば、「分析批評」への導入の授業である。

 対象学年は3年生であり、学級開きをして間もない時期での拙い実践である。

 

 授業で扱った教材を以下に記す。


   か ら

 ざりがにが、
 すぽっと、からをぬいだんだ。
 赤いじょうぶなから。
 着なれたやつ。
 田んぼのどろのしみたやつ。

 今、
 やわらかい白いからなんだ。
 からをぬぐって、
 どんな気持ちだろう。

 ぬぎすてるたび、
 大きくなるざりがに。
 ぼくにもからがあったら、
 ばりばりぬぐ。
 おとなになって、どこへでも行く。

 

 

2.授業の流れ

 

 いきなり、教材詩を板書する。

指示1

先生が黒板に書く詩を視写しなさい。 

 視写は、「書く」ことの基本中の基本である。
 意外に、国語の授業では、疎かにされている学習活動のような気がする。(私だけかも?)

 全員正確に書き写すことを常に目指す。
 全員正確に書き写すことができる学級は、かなりの力を持っていると考えている。

 だから、書き写した子にはノートを持ってこさせ、必ずチェックを入れるようにしている。
 こういう毎時間の小さな指導の積み重ねを大事にしたい。

 

 全員書いたのを確認し、1回範読後、ルビをふらせて「全員起立。」

指示2

3回音読したら、座りなさい。

 全員着席したのを確認してから問う。

発問1

この詩は、何連でできていますか?ノートにずばり何連と書きなさい。

 全員に答えさせる。2連と答える子が数人いる。この時期、まだ、しっかり「連」という意味を捕らえていない。
 行が空いている1つの大きな固まりを「連」ということをくどいくらい教える。

発問2

この詩の題名は「から」です。
「から」という言葉と、同じ意味で使われている言葉があります。
言い換えている言葉をこの詩から見つけて、ノートに書きなさい。 

 書いた子から、ノートを持ってこらせる。

 正解は「やつ」である。それ以外は×を付ける。

指示3

○もらった人、全員立ちなさい。大きな声で声を揃えて言いなさい。

 「どこにありますか。そこに指を置いてごらん。」といって、全員に確かめさせる。

発問3

作者は子供でしょうか?大人でしょうか?

 子供・・・・31人、 大人・・・・2人

 訳を数人に尋ねる。

・「おとなになって」と書いているから、子供だ。

・「ぼくが」と書いているから子供だ。

 

 正解を告げる。「大人です。」というと、子供は「えっー。」

 逆転現象が起こる。「大人」と書いた子は、大喜びである。

発問4

では、作者は男ですか?それとも女ですか?ノートにどちらか書きなさい。

 男・・・・・27人、女・・・・・6人

 

 「女の人です。」と告げると、27人の子供は「どうして?」という怪訝な表情で、納得いかないと言った様子である。

 そこで次のように教える。

説明1

この詩を書いた作者は、大人の女の人なのです。
「宮入黎子(みやいり れいこ)」という人です。(板書)この詩の中で、お話をしている人は、少年の「ぼく」です。これは、作者ではありません。「話し手」と言います。(板書)
 このように、作者は、作品の中で違う人物「話し手」に語らせることがあるのです。

 分析批評の授業においては、このように作者と話し手を区別して、文に向かい合うという視点を、教えておく必要がある。

 

発問5

この詩で一番大事な連は、第何連でしょう。

 ノート作業後、挙手させて人数分布を見る。

 1連・・・6人、2連・・・19人、3連・・・8人

 

「どうしてそう思ったのですか。」と問う。


1連・なんとなく・・・。
  ・「やつ」と言う言葉は、ここにしかない。
2連・ざりがにの気持ちをかんがえているところだから。
  ・「気持ち」という言葉もここにしかない。
3連・「ぼく」と書いているから、なんとなく・・・。
 

 学級開きをしてから、2ケ月。このような答えしか返ってこない。

 反論など望むべくもないが、今の段階では、自由起立発言ができてきていること、言葉に目を向けた答え方をしていることを認めることにする。

 そこで教師の解を告げる。

説明2

この詩の命ともよべる連は、第3連と考えます。
第3連には、他の連にはない大事な文が隠れているのです。

 説明後、間髪入れず問う。

発問6

では、どの文が大事な命の源なのか?探してみよ!

 この問いにすぐさま反応し、次の文を指摘する子が現れた。


「おとなになって、どこへでも行く。」
 

 「その通りだ!すごいぞ。天才だ!」

発問7

「おとなになって、どこへでも行く。」のは、誰なんだ?

 ・「ざりがに?」

 ・「ちがうよ。『ぼく』だ!」

説明3

そうです。1連と2連は、ざりがにのことを書いています。
しかし、ここ3連は、「ぼく」自身のことを書いているんです。
どうですか。この詩は、ざりがにのからのことを伝えたかったのではなく、それを見ていた「ぼく」が「ざりがにのようにからをぬいで、おとなになるんだ」という強い気持ちと夢を伝えたかったのではないでしょうか。
詩には、「命の連」とよばれる大事な連が、必ずあるものです。
そこにこそ、作者の強い気持ちが込められていることが多いものです。こういうことを考えながら詩を読むと、楽しくなってきますよ。

 最後は、少し理屈っぽい教師側の説明になってしまったが、これからの子供たちの「言葉にこだわり、文を検討する力」が徐々に育っていってくれることを願い、授業を終えた。

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