’98.11.8
NO.48
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詩の授業〜「おちば」 |
1.はじめに
授業前の教材詩の分析を簡単に述べる。
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「ことりにして」「ふとんにして」「さらにして」 「しおりにして」は類比されている。 ⑦第四連「おちばをしおりにして ぼくは ほんのあいだに秋をしまいます」には、「ぼく」の過ぎ去る秋を惜しむような情感すら感じられる。 |
以上の点を発問に絡ませながら、授業の展開を試みた。原実践は、城ヶ崎滋雄氏である。
対象は3年生である。
2.授業の流れと考察
日付・題名・作者名を板書した後、プリント(教材詩)を配布し、すぐ範読する。その後の指示。
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「おちば」「三越左千夫」「ぼく」など書かれている。すばやくチェック。「ぼく」以外は×である。
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話し手を確かめた後は、次の問いかけにも全員の一致を見る。
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子供らは「3人きょうだいのおにいちゃん」だと言う。
「3連に『ふたりのいもうと』と書いてあるから」合わせて3人だと言うのである。
その通りである。というか、この詩に書いてあることを根拠にすればそう考えられる。
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挙手させると、全員「秋」と意見の一致を見る。
「どの言葉から分かりますか?カギになる、証拠の言葉を教えて下さい。」と尋ねると、
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が出された。そこで、もっと「秋」について突っ込んで見ることにした。
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小刻みなノート作業をさせる。ここでは7分与えた。
机間巡視しながら、書けない子には「かんでもいいから、1つえらびなさい。」と助言。
早く書いた子には「じゃあ、何故これは違うの?そのわけを考えていてね。」と助言した。
作業後、挙手させて人数分布をとる。
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まず「はじめ」ではないと考える理由を聞くことにした。次の意見が出された。
「ぼくは〜だ。」という答え方より、「ぼくは〜ではない。」という答え方の方が、実は子供たちにとって抵抗感をもつものである。
こういう話し方も、授業の中で折りに触れて、教えていく必要があると考えている。
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この指示をすると、誰もいない。強制的に聞くことにした。
「おわり」ではないという訳を意図的指名で言わせる。
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「なるほど。わかりました。」と教師。
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まず片手を挙げている子に起立させ、発言を促す。
両手を挙げている子が言ってくれるだろうという、おもねりの気持ちを打破するのである。
時として、このように強制的に発言を促すのである。
全員参加の授業は、ある意味で緊迫感を常に感じさせていなくてはならない。
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と答えた。これでもいい。発言することに価値があるからである。
傍観していては、いけないのだという気持ちにさせればそれでよい。
次に両手を挙げている子に発言させる。
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以上の意見が出されたが、全員を納得させる説得力に欠け、やや沈黙の間があった。
そこで次のように尋ねた。
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作業後、席に座らせたまま自由に言わせた。
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「う〜ん、どれもいいね。」と認めた後に解を示す。
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解を告げた後、もう一度問う。
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「おわりじゃないかなぁ。」というつぶやきが、あちこちで聞こえてきたところで残念ながら時間切れになってしまった。
討論の技術の指導が未熟で、意見を各々言い合う形で、終わってしまい、浅い“しゃべりあい”になってしまったのは否めない。
最後に□に「秋」を入れて1回音読して授業を終えた。
後で考えたことであるが、次の発問の方がふさわしかったかも知れないと思った。
機会があったら、再度試してみたい。
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