(C)Two-way/小学校/学級経営/黄金の三日間/初日の出合い 制作・実践:三村 弘
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初日で一年が決まる!〜出合いの演出 |
1.はじめに
4月4日、第1学期、新任式、始業式が終わり、教室に向かう。
新担任が発表されて、または学級編成で新しいクラスとなって、子供たちの心は期待と不安でいっぱいである。
正直なところ、前年度それぞれの子供が自分なりの1年間をどう過ごしてきたのか、新担任は指導要録などでしか垣間見ることができない。
教師もまた、新鮮な気持ちで特別な緊張感を持って初日の出合いを迎える。
2.初日の1時間で一年が決まる!
始まりの日というのは、ことのほか忙しい。
新任式、始業式を終えて、学級活動、休み時間をはさんで、諸連絡や提出物・教科書の配布など配布物の処理、そして帰りの会をやって清掃活動で下校。
何とも実に慌ただしい。
タイムスケジュールがしっかり決められていて、あっと言う間に一日を終えるのである。
したがって、実際に、クラス担任として我クラスの子供らとじっくり向き合う時間は限られている。正味1時間といったところか。
すると、標題の「初日で一年が決まる!」というのは、もっと言えば「初日の1時間で一年が決まる!」と言い換えても過言ではないことになる。
この初日の1時間の成否で、楽しく素晴らしい一年になるか否かが決まってくるのである。
3.統率者としての学級担任
学級担任は、基本的に学級集団の統率者でなければならない。こういう考え方を示すと、「それは管理主義的だ。」とか「子供の個性を束縛してしまうのでは。」と言う人がいる。異論もあろうが、私は、こういう考え方に素直にうなずけないのである。学級崩壊が起こるのは、教師に統率力がないからだと説明する人も少なくない。同感である。
学級を組織し、統率していくのは、まぎれもなく担任教師なのでありそういう確固たる規律規範の中で、子供は自分の個性を磨いていけるものなのである。こういう根本的なことを欠いては、「個性尊重」「子供主体」などという言葉は体裁のいい美名として一人歩きをはじめるであろう。
さて、その統率者であるべき学級担任は、初めての出合いにおいて、我クラスの子供たちにどのような話をするべきであろうか。
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A「〜なクラスにしたいので、よろしくお願いします。」 |
Aは、新卒の教師によくありがちな言葉掛けである。
まず、「〜なクラスにしたいので」が良くない。「〜したい。」というのは、実に統率者として弱々しい響きを持つ。
「よろしくお願いします。」も一見子供の目線に下りているようであるが、子供にこびているようで、威厳に欠ける。
高学年であれば、すぐ荒れる気がする。
Bは、新卒や若い女性教師に比較的多く見られるようだ。
「協力してください。」という考え方は、悪くない。
しかしこの言い方から子供たちは何か頼りなさや物足りなさを感ずる。
「先生、ぼくたちを引っ張っていってよ。」という声が聞こえそうである。
Cは、口より力で押さえようとしがちな教師に多く見られる。
これは、希望や期待で胸膨らむ子供の心に目を向ける配慮が、足りない。
始めから強制されているようで、子供たちは萎縮してしまう。
Dは、ベテラン教師にごく普通に見られるような言葉掛けである。AやBよりずっといい。
しかし、どう「がんばる」のかが、具体的に見えてこない。
子供らは、がんばろうという気持ちを少なからず持って初日に臨んでいる。
でも、何をがんばれば理想のクラスになるのか、つかみとれない曖昧さがこの言い方にはある。
4.最初の三日間を組織せよ!
もちろん、以上のような言葉掛けだけで、出合いの善し悪しを判断しようとしているつもりは毛頭ない。
子供たちと言葉をかわし、明るく楽しいやりとりをしながら、教師はそれぞれに出合いを演出し、1時間を終えることであろう。
どんな教師であれ、明るく楽しい学級を作りたい、そして、初日や始まりの三日間が大切だということは、誰しも知っているし思うことである。
しかし、それを教師が改めて意識して、意図的に“黄金の三日間”を組織して臨まなければ、1年間ですばらしい学級を作っていくのは容易なことではないと思ったほうがよい。
粗く言って、私は学級開きの最初の三日は次のことに重点を置く。
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この三日間で学級を組織することができれば、一年間の学級作りの半分は成功したと言っていい。
向山洋一氏もこのように言明している。
初日の子供たちは、緊張感にあふれている。
そして、静かで素直である。
期待感も強く持っている。
こんな時こそ、担任の言うことを素直に聞き、意欲的に目を輝かせるときなのである。
この三日間で組織してしまうことは、もはや統率者としての常識と言えよう。
5.出合いの授業を仕組む
それでは、話を初日の一時間に戻そう。
先に述べたA〜Dの声掛けでも、子供たちは素直に聞き、そうしようと張り切って意欲を湧かせることであろう。
それはそれでいいのだが、いかにも一般的で、子供の心に響かせ子供の心を開かせるという点では弱い気がする。
そこで、やはりこの時間をどう生かすのかきちんと吟味され、この一時間の流れにこそ練られた言葉掛け・指示などが意図的にちりばめられていなければならないと思うのである。
いわゆる「出合いの授業」の構築である。
その時間を、単なる出合いの一方的な話で終わるものにしてはならないのである。
「出合いの授業」をきちんと仕組み、知的意欲に満ちた一時間を全員が共有することが大切なことだと考えている。
6.「出合いの授業」を成立させる16のポイント
では、授業であるならば、どういうところに重きを置いて構築すべきか以下に記す。
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1.誉める。できるだけ多く誉める。 |
この1〜16のことを1時間に織り込んで授業するわけである。
これら即ち、学習上のルール・生活上のルール・学級作りのルールの基礎となるものである。
それらを意図的にちりばめながら、目指す『○○なクラス』をともに頭に描き、集団意識を喚起しながら、心に残る出合いによるスタートを踏み出すのである。
7.「出合いの授業」の記録(覚え書き)
次に紹介するのは、その初日の「出合いの授業」の記録である。
3年生を対象に実施したものである。
持ち上がりではなく、クラス替えされた新しい学級でもある。
学年の実態に応じて修正追試が十分可能であろうと思われる。
記録は、新任式・始業式が終わって休み時間の後、教室へ向かい、ガラガラと教室の入口の扉を明けたところから始まる・・・・・。