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NO.97
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詩の授業〜小景異情(その二) |
1.はじめに
室生犀星 作「小景異情(その二)」を分析批評で授業する。
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この作品は,犀星の「抒情小曲集」に収められている。
およそ,授業にかける指導者としては,これら作品の背景や犀星の生い立ちに少なからず触れておくことが肝要である。
さて室生犀星は,いまさら語るまでも無いと思われるほど,いかに不運な星のもとに生まれ育ったか,よく知られているところである。
本名を照道と言い,私生児として生まれ,言わば貰いっ子として幼少を過ごした。実父に捨てられた悲しみや劣等感を小さな胸に抱き締めつつ,反抗的なわんぱく少年として成長していった。
生みの母の記憶は,まことに希薄であり,再会することも無かった。
その生みの母への慟哭は,他のいかなる詩人にも容易に見られない独特な躍動性を持った命の爆発,そして,寂しさの極みや人懐かしさのとめどもない湧出として,「抒情小曲集」や「愛の詩集」に色濃く描き出されている。
また,自分を一向に受け入れてくれようとしない「みやこ」を野良犬のごとく彷徨していく孤独感や万感こめた切なる呟きが胸を打ってやまない。
この「ふるさとは遠きにありて思ふもの」で始まる有名な詩「小景異情(その二)」からは,そこはかとなく「みやこ」に帰りたい孤独な強い思いが伝わってくる。
したがって,授業においては,最後の二行「遠きみやこにかえらばや」というのが,この作品を鑑賞する上で非常に大事な部分になってくるだろう。
主発問はただ一つ,これである。
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これを考えさせることで,この詩の裏側にある話者(犀星)の切なる「みやこ」への思いに触れることができたらと思う。
対象は6年生である。
2.授業の流れ
65分扱いの授業として扱った。
前半20分を作品視写と音読,意味調べ,そして自分の考えをまとめる時間とした。
ここで紹介する記録は,後半45分の討論である。
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前時に挙手にて,人数分布を確かめてある。
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から意見を述べてもらいます。全員から意見が出されたら,質問並び に討論へと入っていきます。 |
指示はこれだけで,あとは終わりまで一切口を挟まなかった。
以下,子供の発言の記録を記す。
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う。 ている。そういう気持ちを持って,都に帰ろうとしている。 から,都にいると考えるのが自然。 に思うのは変だ。 したいことや希望を表す。現代語では、「帰りたい」と言うこと。 か。 ことだと思う。 れないところにあると話者は感じていると思う。 弱々しいあんまり強い希望ではなくて,そうあったらいいなぁという思 いだと考える。 ど帰れない。 「みやこ」をふるさとと考えれば納得いく。 ちょっと遠慮しているということ。帰りたくないと言うことではない。 |
3.おわりに
終了のチャイムと同時に授業を終えた。
あえて教師側から解を示さず終えた。
子供らは,「かへらばや」の「ばや」,「都」と「みやこ」の違いに着目し,活発な討論を繰り広げた。言葉にこだわり,言葉を根拠に論争した。
事前の予想では,難しい詩ではないかという感じもしていたが子供たちは,「やまなし」での分析批評の授業で培った力をフルに出してくれた。
どの子も知的に集中して思考し,討論する姿はいつ見ても分析批評のすばらしさを感じさせてくれる。
最後に私自身の解を述べる。
話者は,「都」にいるのだと考える。
人並みの生活を送れず,まさに心は異土の乞食となりて,東京と故郷
(金沢)を行き来する犀星。
いよいよ食い詰めると,金沢に戻り母と争い,人々からは白い眼で見られる。故郷から見放されている孤独を痛切に味わう往復の十年間。
この時に,「小景異情(その二)」は書かれていったのである。