NO.84
1.はじめに
授業で扱う作品は、次の石川啄木の短歌である。
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ふるさとの訛なつかし
停車場の人ごみの中に
そを聴きにゆく
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詩人・歌人・小説家である石川啄木と言えば、歌集『一握の砂』(1910)があまりにも有名である。
啄木の歌風は、近代短歌史上に多大な影響を与えたとされているが、それが広く愛誦されたのは、以下のような独特な歌風による。
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①口語的表現を用いた三行書きである。
②感傷的でありながら、生活に即している。
③自然主義的な生活苦を素朴に告白している。
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もちろん、この背景には、一家を扶養せねばならなくなった失意・社会主義への関心・病苦・貧困・家庭不和などがあったことも知られており、27才という若さで窮死したことは、実に痛ましい限りと言えよう。
代表作に、次の様なものがあるが私自身好きな作品でもある。
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「東海の小島の磯の白砂に/われ泣きぬれて/蟹とたはむる」
なお くらし
「はたらけど/はたらけど猶わが生活楽にならざり/ぢっと手を見る」
「晴れし空あおげばいつも/口笛をふきたくなりて/ふきてあそびき」
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授業は、6年生を対象に行った。この短歌で、話者のいる場所を問うことで討論に持っていければと思い、学習の展開を組むことにした。
伴一孝氏の修正追試であることをお断りしておく。
以下、本時の実際である。
2.授業の流れ
日付・短歌・作者名を黙って板書する。その際、「訛」「停車場」「聴き」にはルビをふる。
視写後、音読の指示。
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指示2
全員起立。自分のペースで1度でいいから、1字1句ていねいにしっかり音読しなさい。
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全員着席後、次の言葉の意味を説明する。
40分授業日課であり、時間短縮のため教師側で教えることにした。
できれば、子供たち自身に辞書を紐解かせたい。
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・「訛」・・・(なまり)その土地や地方だけにある独特な言葉や言い方。
・「停車場」・・汽車の駅。
・「そ」・・・・それ。
・「聴く」・・・注意深く耳を傾けて聞くこと。
(「聞く」とは少し意味合いが違うことを強調しておく。)
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大方の意味が分かったところで、再度音読させた。
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指示3
全員起立。もう一度読みます。今度は、全員の声を合わせて読みます。まるで一人が読んでいるように滑らかに読むんですよ。さん、はい。
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発問1
この文を1箇所で区切るとしたら、どこで区切りますか。
どこか1箇所に区切りの線を入れなさい。
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座ったまま列指名で全員に尋ねた。以下の4つに意見が分かれた。
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A B C D
ふるさとの訛/なつかし/停車場/の/人ごみの中にそを聴きにゆく
A(2人)B(7人)C(4人)D(21人)
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指示4
それでは、そのように読んでもらいます。Aで切った人たちなさ
い。そこで切って全員で読んでごらんなさい。
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A〜Dまで同様に音読させてみる。
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発問2
この中で正しくない、ふさわしくないと思われるものはどれでしょう。とりあえず、1つ選んでノートに書きなさい。
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全員書いたのを確認してから自由起立発言。
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・Cにたいしてですが、停車場と人ごみをつなぐ「の」をくっつけないで区切るとあまりに不自然です。
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この意見で、Cがすぐさま取り下げられた。
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・Aは違う。訛がなつかしいと考えられるし、訛で区切るとなつかしいのは停車場につながる言葉になるので、なつかしいのは停車場ではないと思うので違う。
・Bにたいしてですが、「停車場の」と「人ごみの中に」を分けてしまうと、つながりがある言葉なのに、無理に分けるようでおかしい。
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以上の意見が出されたが、子供たちにとっては、なかなか難問のようであり、後が続かなかった。
第1発問としては高度であったと思える。
しかし、このような発問をいきなり投げかけることによって、これから学習しようとするこの作品に、じっくり目を向けざるを得ない状況に追い込むことができると考えた。
ここでは、深入りせず、短歌であることだけ告げた。
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発問3
「そを聴きにゆく」と書いてありますが、「そ」つまり「それ」とは、何ですか。
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口々に言わせる。「訛」である。「ふるさとの訛」である。
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発問4
話し手は、今、どこにいるのですか。
ノートにずばり一言で書きなさい。
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これも列指名で、全員に尋ねる。
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「停車場」「汽車の中」「ふるさと」「停車場の外」「人ごみ」「自分の家の前」
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が出された。
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指示5
全員で検討します。おかしいなと思うものをつぶしていきます。
意見のある人は、自由にどうぞ。
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(人ごみ×)人ごみの中になまりがあるのだから、人ごみには今いなくて、これから行こうとしている。
(汽車の中×)「人ごみの中にそを聴きにゆく」だから、汽車の中にいては、そういうことができないし、「停車場の」と書いてあるから違う。
(停車場×)停車場にすでにいるなら「そを聴きにゆく」ではなく「そを聴きにきた」というような言い方になる。
(家の前×)文の中に1つも書いていないし、それを表す言葉もこの詩の中には見つけにくい
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再度、自分の考えに近いものに挙手させた。
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「停車場」22人、「汽車の中」4人、「ふるさと」3人、「停車場の外」5人、「人ごみ」0人、「自分の家の前」0人
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「停車場」にいると考えている子供が、わがクラスでは多いようである。
そこで、その停車場をさらに明確にさせるため、次の中心発問を投げかけて討論を促すことにする。
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発問5
話し手は、今、ふるさとに帰ってきているのか(○)いや、今、ふるさとにいるのではない。(×)どちらでしょう。わけも一生懸命考えなさい。
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全員が同一の問題を抱え、うまい具合に分裂した。
討論するには、絶好の状況である。少ないほうの○から意見を述べさせる。
その後、×派が意見を述べ、自然発生的に相手の非をつく討論へと導いていく。
以下のような発言が飛び交った。
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○ ふるさとに帰ってきたからこそ、なつかしく感じられて、その駅で人ごみに歩いていったと考えられる。
○ 「ふるさとの訛なつかし停車場の」と書いています。「ふるさとの」という言葉は「停車場の」のことを説明する言葉で「ふるさと
の停車場の」と考えるので、ふるさとにいる。
○ ふるさとに来たてほやほやで、そこの駅で、はっと気付かされて訛になつかしさを感じたのではないでしょうか。
○ もし、ふるさとにいないのであれば、ふるさとの停車場に人ごみがあるかどうか分からない。
× もし○ならば、「ふるさとは」と「の」が「は」になると思う。
×「なつかしい」を調べたら、「むかしのことを思い出す」と書いていたから、ということは、「ふるさとに行きたい。」という気持ちを言っているだけで、実際にはふるさとに来ていないのではないか。
○ 「ふるさとは」と言ったけど、それでなくても別にふるさとにいないということにはならない気がするんですれど。
○ 以前にふるさとに来たことを思い出して、それを離れたところで思い出して書いている気がします。
○ ふるさとの訛をその場で聴いたから、ふるさとをなつかしがっているんじゃないですか。
× 聴いたのなら「なつかし」でなくて、「聴いた」と書いてもいいわけで、遠くにいるから「なつかし」と感じたんだから×です。
○ はっきりしていないんですが、話し手は、ふるさとに帰ってきてお母さんとかと待ち合わせしていて、人ごみの中にその姿を見つけたと思えるですが。
× 反対です。この詩には、そんなこと一言も書いていないので、それはあなたの思い込みではないですか。
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時間切れである。チャイムがなった。
3.おわりに
最後の解であるが、どちらとも考えられるがはっきりしているのは、ただ1つ、「話し手は、ふるさとから離れたところに住んでいる。」ということである。
そうでなければ、わざわざ訛を聴きにいく行動が不自然になる。
また、「ふるさとの」の「の」は「訛」にかかるのか「停車場」にかかるのか、どちらにかかる格助詞なのか明らかにすることが大事であろうと思われた。
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