「死と処女」
死と処女(おとめ)
        1994・米
死と処女

製作:トム・マウント
監督:ロマン・ポランスキー
原作:アリエル・ドーフマン
脚本:ラファエル・イグレシアス
    アリエル・ドーフマン
撮影:トニーノ・デリ・コリ
音楽:ヴォイチェフ・キラール

出演:シガニー・ウィーバー
    ベン・キングスレー
    スチュアート・ウィルソン


ベン・キングスレー

左からスチュアート・ウィルソン、ベン・キングスレー、シガニー・ウィーバー

死と処女

死と処女
物語

ここは独裁政権が崩壊して間もなくの南米の某国。
嵐の夜、岬に近い一軒家でポーリナ・エスコバー(シガニー・ウィーバー)は夫の帰りを待っていた。折から停電になり部屋には蝋燭を灯している。

向こうから車のライトが近づいてくる。助手席から夫のジェラルド・エスコバー(スチュアート・ウィルソン)が降りてきた。運転していた男はスキンヘッドの見知らない男だった。男は帰っていった。
「灯台のところで車がパンクしてね。通りかかった車で送ってもらった」 ジェラルドは言った。「スペアタイヤまでパンクしていた、君の責任だ」 送ってくれた男はロベルト・ミランダと名乗ったという。

深夜になって玄関に車が止まった。ジェラルドが出ると男は先ほど送ってくれたロベルト・ミランダ(ベン・キングスレー)だった。ジェラルドのタイヤを届けに来たのだ。
「お宅も停電?半島全体が真っ暗だ」とミランダ。 「本当に面倒を掛けた」 「いいんだ。そんなに恐縮することない。僕はあなたのファンだ。帰り道ラジオでニュースを聞いて又驚いた。委員会を引き受けたとか」とミランダが言う。
ジェラルドは暗黒時代の整理をするため大統領の委員会に招致された弁護士だった。
「こんな夜にそのままお帰しするわけにはいかない」 ジェラルドが言った。
ポーリナは二人のやり取りを聞いていて戦慄が走っていた。この男の声・・・間違いない!!

「ジェラルドとミランダはウィスキーを飲み始めた。
妻を起こそうとジェラルドがベッドに行くとポーリナは寝入っている。
「実を言うと妻は悪い時代の後遺症でね、夜中のノックの音に怯える」 ジェラルドがミランダに言う。二人は次第に打ち解けあい、大統領や死の軍団の話に及んでいく。
だが、ポーリナは寝ているのではなかった。そっとベッドを抜け出すとピストルを手に外に出る。ミランダの車に乗り込むと発車させた。
ミランダが気づき慌てて追いかけるが無駄だった。
「盗んだのは妻だ。金を全部持っていった」 ジェラルドが調べるとベッドの妻はいなくなり、金目のものがなくなっていた。
訳がわからないジェラルドだったが、「そのうちに帰ってくるさ」 二人は再び飲み始めた。
「女のすることは分からん。ニーチェは言った・・・女の魂を完全に所有することは不可能だ」 ミランダも酔いが回っている。

ポーリナは車を断崖に止め、車の中を物色した。カセットテープの中に見つけた。シューベルトの“死の処女”があった。
ポーリナは車を断崖から突き落とした。

家に戻ったポーリナは長椅子で泥酔して寝ているミランダに近づく。ピストルを構えミランダの体臭を嗅ぐ。眼を覚ましたミランダをピストルの台座で殴る。ミランダは失神して床に倒れる。ミランダの手足を電気のコードで縛り上げる。椅子に座らせ手、足と椅子にガムテープで固定する。
ミランダの頭から血が流れている。恐怖に目覚めたミランダの口にポーリナは脱いだ自分のパンティを押し込む。その上からガムテープでぐるぐる巻きにした。ミランダのポケットから財布を抜き出す。
「やっと本名が分かったわ・・・ロベルト・ミランダ博士・・・」 ポーリナがにやりと笑う。
隣室で寝ているジェラルドに向かってうめき声を発するミランダをポーリナは殴りつけた。「静かにしろ!ブタめ!」

ポーリナが“死と処女”をカセットに入れた。シューベルトの曲が流れる。「これを見て昔の記憶が甦ったわ」
音楽を聞いて隣室で寝入っていたジェラルドが起きてきた。異様な状況にジェラルドは驚愕した。「何だ、何があった!」
「奇跡よ、思いがけないプレゼント」 ポーリナはピストルを構えている。「ドクターよ。“死と処女”のレコードをかけたドクターよ」 
ジェラルドはポーリナが過去に市民運動家の時代に捕らえられ拷問を受けた話を聞いている。“死の処女”のレコードをかけながら拷問した医師の話も・・・ しかし、この男がその男であるはずが無い。
「君は病気だ」 「彼よ、間違いないわ、この声、笑い方」 ジェラルドがミランダのコードを外そうと椅子に近づいたとき、ポーリナが撃った。弾は床に当たりはじけた。ジェラルドは床に伏せミランダは恐怖に固まる。
ポーリナは確信していた。この男エスコバーは、かって目隠しされたポーリナを拷問し、幾度となくレイプした男であることを。顔は見ていないが声と体臭は忌まわしい記憶に焼きついているのだ。
「弁明の機会を与えるわ。この国で一番の弁護士も付いている、未来の司法長官よ」 

ミランダのガムテープの猿ぐつわを外すときジェラルドは耳元で、「僕に任せろ」とささやいた。
ミランダの口の中からパンティが出てくる。ジェラルドは信じられない思いだ。むせるミランダに水をグラスに用意するとき、ジェラルドはナイフを手に隠す。ミランダに水を飲ませながらナイフでミランダのコードを切ろうと・・・。「離れて!」 ポーリナが銃を向ける。ジェラルドが離れる。
ポーリナはカセットをセットした。
「・・・私はあんたと会ったこともない・・・頭がどうかしてるぞ」 ミランダが言う。「やめさせないと、あんたも共犯で訴えるぞ」 ジェラルドに向かって言った。
「脅迫する気?もうそんな時代は終わったのよ」 ポーリナがミランダにピストルを突きつけた。その時ジェラルドの手からナイフが落ち床に突き立った。!!殺気が走る。
ポーリナがそれをとろうとした。ポーリナの足をミランダの足が捉え転ぶポーリナ。ピストルが床に転がる。「ピストルを取れ!」 ミランダが叫ぶがジェラルドは立ちすくみ動けない。
「縛って!」 ピストルを手に立ち上がったポーリナは夫に命令した。

「私には覚えが無い、一体何をしたと?」とミランダ。 「容疑を聞きたい?」ポーリナが語る。「・・・ロベルト・ミランダはポーリナ・ロルカに投打をくわえ電気ショックを与えた・・・ジェラルドが私を抵抗運動に誘ったの。有能な指導者だった・・・あの時彼の名前を言ってたら彼はとっくに殺されたわ・・・加えてミランダ博士はポーリナを14回も犯した。その際、必ず“死と処女”のレコードをかけた」
「犯した?」 ジェラルドは驚く。そんな話は聞いたことが無い。
「そう、犯したの・・・」 ポーリナはミランダを睨みつけた。
「暴行とか拷問とか、まったくの濡れ衣だ・・・話し合おう、いつの話だ?」 ミランダが言う。「1977年よ」 「75年から78年の間、僕はバルセロナの病院にいた。電話してみろ」 「でも車が無いから無理ね。うちのはパンク、あんたの車は1キロ先の崖から落ちた。ドライバーも助からないわ」

ポーリナとジェラルドはベランダに出て話し合った。
「知ってたはずよ、女は全員レイプされたわ。裁判にかける」 「インチキ裁判だ」 「彼こそ私が求めてた連中のうちで最悪の男よ。囚人を守る立場の医者だったくせに科学や哲学を語りニーチェを引用、拷問の苦痛を和らげてやると注射し、私の全身に電極を取り付けて金属棒を私に突っ込んだわ。電極を通すと中は火傷状態、体が飛び跳ね、絶えられない痛み、大声でわめいたが手加減はされなかった・・・」 ポーリナは涙声になる。ジェラルドは妻の話を悲痛な思いで聞いている。
「医者が来て『もういい』と言って皆を外に出したわ。その医者が“死と処女”をかけ私を犯した男・・・殺したいほど憎い男・・・私の前で告白させたいの」 「告白?」 「彼がやったことを全部告白させビデオに撮るの・・・そうしたら開放してやるわ」 「拒否したら?」 「拒否したら殺すと言って」

「告白してくれ。そうしたら許すと言ってる」 ジェラルドだけ中に入りミランダに言った。「告白しなければ殺すのか?それが民主主義か、正義を語る法律家か」 ミランダが答える。「感謝と愛だ。僕の命を救ってくれた。・・・僕は『解放』という地下新聞の編集長でポーリナは原稿集めをしていた。彼女だけが僕の身元を知っていた・・・それで拷問を受けた」
「小便がしたい」 ミランダが訴えた。ジェラルドはポーリナを呼ぶ。ジェラルドがライトで照らす中、ピストルを持ったポーリナがミランダをトイレに連れて行く。後ろ手に縛られたミランダのファスナーを開けペニスを取り出すポーリナ。「これじゃ出来ない・・・」 「屈辱は慣れるものよ」 便器に排尿するミランダ。
トイレから出た時、突然電話が鳴った。ポーリナ思わずピストルを発射した。ガラスを撃ち砕きミランダは床に伏せた。「撃たないでくれ!」 
電話に出たジェラルドが戻った。「大統領からだ。私の命を狙っている奴がいるという情報が入ったらしい。警官をこちらに差し向けたという電話だった」 警官は6時に着くという。

「あと4時間しかない、告白させるのは難しい」 「じゃ、殺すのよ」 「殺す?」 車を落とした崖から落とすの。事故死だわ。いやなら告白させて」

「電話をかけろ、もう通じるはずだ」 ミランダが言う。「こんな夜中に?」とジェラルド。 「バルセロナは昼間だ。病院の部長代理エレナ・ガルバンが事実を証明してくれる」 「告白すれば許すといってる」 「無実なのに何を告白する」

「私は94回、拷問に立ち会いました・・・」 ビデオカメラの前でミランダが告白を始める。「医者として手当てを・・・囚人も治療を受ける権利があるからです。囚人の健康状態を考え、ショック死や心臓麻痺が起きないようにしました。充分な食事と水の確保・・・」 
「私のことを言いなさい」 ポーリナが催促する。
「・・・ポーリナは弱りきっていました・・・3日間水も食べ物も与えられず机にロープで縛られていました。背中とももを酷く殴られ乳房には火傷が・・・また電気ショックを上半身と性器に受けていました・・・これ以上虐待を続ければ死に至ると思い、二人だけで話したいと彼らに頼みました・・・気持ちを静めるため音楽を掛けました」

「私が縛られていたのはロープ?」 ポーリナがミランダにピストルを向ける。「彼の情報だ」 ミランダがジェラルドを見る。「夫にはロープだなんて言ってないのよ」 「・・・電気のコードだった・・・」とミランダ。「本当?」 「確かにコードだった」
「何て教えたの?」 ポーリナが夫に聞いた。「彼にカマをかけたのよ、あなたは何て?」 「・・・ロープと・・・」 「ほらねロープだった。電気コードと言い直したわ、本当にコードだったのよ。まだ疑う?」 ポーリナは夫を見た。
その時だ!ミランダが突然ポーリナを襲った。ピストルが床に落ちミランダは素早く拾うとポーリナの頭に突きつけた。
「殺人は嫌いだ!こんなゲームは真っ平だ!下がれ、出て行くぞ」 瞬間、電気がつきラジオが大音響で鳴り響いた。怯んだ隙にポーリナがミランダからピストルを奪おうとして殴り倒される。そのミランダの後方からジェラルドが頭を強打した。ミランダは失神した。

ポーリナはミランダの手首を縛りなおし立たせ外に出した。崖に連れて行くつもりだ。
「ビデオに撮ったんだ。もう忘れよう」 ジェラルドが言ったが、「嘘の告白だから証拠になる筈がないわ」 ポーリナはミランダをせきたてて歩いていく。「バルセロナに電話をする」 「無駄よ」 ポーリナは歩いていく。夜が明けようとしていた。
ジェラルドはあせってダイヤルを廻した。病院につながった。「総務部のエレナ・ガルバンを・・・」 「ガルバンはわたしです」 「ロベルト・ミランダという医師について聞きたい」 「何でしょう?」 「77年4月、そちらにいましたか?」 「いました」 電話が答えた。

波が打ち寄せる断崖の上。ミランダが手を縛られ目隠しをされて断崖の淵に立たされていた。
「エレナ・ガルバンが確認した!」 ジェラルドが走って来た。「彼を覚えていた、本当にいたと」 「手配しといたのね。たいした仕掛けよ。奴らは偽のアリバイを作りビザだって偽造するわ・・・15年もたって都合よく覚えているなんて」 ポーリナは冷たく言い放ちミランダの目隠しを外す。
「私を覚えてるわね、卑猥な言葉、汚い欲望、突っ込んだわね」 ポーリナはミランダの眼を覗き込む。するとミランダが頷いた。「何回?」
「何度も何度も・・・犯した。14回だ。初めは品行方正だった。僕は耐え続けた。一人も殺さず大勢を救った」 ここにきてミランダは告白を始めたのだ。「僕は皆に信頼された・・・それが始まりだった・・・目の前の無抵抗な人間・・・思うが侭だった・・・」 
ジェラルドは怒りの余りミランダを崖の上から突き落とそうと・・・しかし出来なかった。ポーリナはミランダのロープを切った。夫婦はその場を離れていった。ミランダだけが崖に残され立ちすくんでいる。

あるコンサート会場。ジェラルドとポーリナが並んでシューベルトの“死と処女”を聞いている。ふと見上げると二階席にミランダがいてこちらを見ていた。横に息子らしい姿があった。音楽は過去を洗い流すように流麗に流れていた。
映画館主から

舞台劇を映画化した鬼才ロマン・ポランスキーの息詰まるようなサスペンス。
もともと舞台劇だけに場面は限定され、登場人物も3人だけです。

岬の近くの一軒家で夫の帰りを待っていた妻。夫を送ってきた男。物陰からその男の声を聞いた妻に背筋も凍る戦慄が走る。その男はかって抵抗運動をしていた頃、自分を拷問しレイプした男に違いなかった。
妻は泥酔した男を縛り上げ夫の静止も無視して詰問する。無実を主張する男。声と体臭から過去の忌まわしい記憶の男と断定する妻。妻の壮絶な復讐が開始される。果たしてこの男は何者なのか?濡れ衣かそれとも・・・。ラストまで息をつかせない緊張感。そして何か余韻を残すコンサートシーン。

ロマン・ポランスキーの作品は常に異常な状況に我々を誘導し見る者を釘付けにします。
その状況設定は「水の中のナイフ」(’62年)以来一貫しています。彼自身の数奇な体験がその根底にあるといえます。
ロマン・ポランスキーをご参照ください。

「エイリアン」(’79年)で世界に躍り出たシガニー・ウィーバーが大熱演。180センチの長身で男二人を相手に渡り合う姿は壮観。

対して「ガンジー」(’82年、監督:リチャード・アッテンボロー)で初主演ながらアカデミー主演男優賞に輝いた演技派ベン・キングスレーが火花を散らします。

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