「渚にて」ラストシーン
渚にて 1959・米
渚にて

製作:監督:
    スタンリー・クレーマー
原作:ネビル・シュート
脚本:ジョン・バクストン
撮影:ジョゼッペ・ロトウィン
音楽:アーネスト・ゴールド

出演:グレゴリー・ペック
    エバ・ガードナー
    アンソニー・パーキンス
    フレッド・アステア


米原子力潜水艦ソーフィッシュ号

グレゴリー・ペックとエバ・ガードナー

アンソニー・パーキンス(右)

米原子力潜水艦ソーフィッシュ号内部

コーラの瓶がモールス信号を打つ

ブラインドに揺れるコーラの瓶

フレッド・アステア

渚にて
物語

1964年。米ソ冷戦の中、第3次世界大戦が勃発した。

もはや戦争とは核による戦争だった。核を保有する何カ国もが時を違えず放った核の威力は地球上を瞬く間に覆った。1年後、原水爆による戦闘のため、地球上の北半分は絶滅し、死の灰は南半球にも迫っていた。死の灰が南半球に達するのはあと5ヶ月と推測された。
北半球で生き残ったのは一部の米国巡洋艦と2隻の原子力潜水艦のみであった。

タワーズ艦長(グレゴリー・ペック)指揮の米原子力潜水艦ソーフィッシュ号は、難を逃れてオーストラリアのメルボルンに入港した。

オーストラリアの若い海軍士官ピーター・ホームズ(アンソニー・パーキンス)は、妻と赤ん坊を故国に残し、ソーフィッシュ号に同乗して北半球偵察に行くことを命じられた。
ホームズには若い妻と生まれたばかりの赤ん坊がいた。

タワーズ艦長に会ったホームズは、艦長を自宅のパーティに招いた。女友達モイラ(エバ・ガードナー)もその席に招かれた。
タワーズ艦長にも妻と娘、息子がいたがこの時点では生きていない。

モイラは酒びたりの生活だった。だがタワーズ艦長に会って強く惹かれるものがあった。タワーズを慰めるつもりだったが酔いつぶれて逆に介抱される始末だった。

パーティの席上、原子科学者オスボーン(フレッド・アステア)の、原子力戦に関する口論で一同は雰囲気をそがれてしまった。タワーズ艦長はモイラにひかれるものをおぼえ、2人はデイトした。しかし、彼が故国の妻子の話ばかりするのでモイラはいらいらした。

この頃、米国西海岸サンデイエゴ付近から不定期で意味不明のモールス信号をキャッチしていた海軍省はその発信元を確かめるようタワーズ艦長に指令した。
モールス信号は解読不能だった。だが時々、単語らしいものが判読できる。
「子供がまだいるのかな?」
「無数の猿と無数のタイプライターがあれば『シェークスピア』が書けるとも言うぞ」 乗組員たちは様々に思案した。

ソーフィッシュ号はやがて出航した。到着したサンフランシスコは死の町と化していた。サンディエゴで死滅したはずの町から発信されている無電を調査した乗組員は、それが風のいたずらであることを知った。
サンディエゴ港の製鉄所・発電施設でコーラの瓶が日よけのブラインドの紐にからまり、発信機にもたれかかっていた。風が吹くとブラインドが揺れコーラの瓶が発信機を叩いていたのだった。

数ヵ月後、ソーフィッシュ号艦はメルボルンに帰港した。だが、死の灰はすでに到達しており次第に体調を崩す人たちで溢れている。オーストラリアの諸都市も次々と死滅していった。
自動車レースが開かれ、自動車狂のオスボーンは愛車のフェラーリで大荒れに荒れるコースを乗り切って優勝した。


鮎釣りも早めに解禁され人々が鮎釣りを楽しむ中、タワーズとモイラは結ばれた。
タワーズとモイラは山小屋で一夜を明かした。

いよいよ、メルボルンにも最後の時が近づいてきた。街では自殺用の薬が配給された。ピーターは身を切られる思いで妻子を納得させ、薬を与えた。
オスボーンは車庫を密閉し、自動車の排気ガスで自殺した。

一方、ソーフィッシュ号ではアメリカに帰国することが決定した。タワーズもモイラへの想いを断ち切って艦に乗った。出航を知ったモイラは渚でいつまでも潜水艦を見送った。艦は一路、死の海に向かって進んでいった。

映画館主から

社会派スタンリー・クレーマー監督の異色SF映画の話題作。
SF作家ネビル・シュートの同名小説の映画化で、第三次世界大戦が勃発し核爆弾による地球の滅亡を描いています。

ただし、戦闘場面も核爆弾も武器も瓦礫と化した街も死体も一切出てきません。
地球を覆った核の死の灰が人々に迫り来る死の恐怖を強く感じながら、生のある今を生きる人々を淡々と描いているのです。

全編に流れる音楽にはオーストラリアの第二の国歌とも言われるオーストラリア民謡「ワルツィング・マチルダ」が使われ、滅び行く運命に哀感を添えています。
その意味で本作は異色の反戦映画なのです。

核爆弾を扱った地球滅亡を主題とした映画には、「博士の異常な愛情」(’64年、監督:スタンリー・キューブリック)がありますがこれは大いなるブラック・コメディ。
「未知への飛行」(’64年、監督:シドニー・ルメット)も同テーマを真面目に描いた作品でした。

「猿の惑星」(’68年、監督:フランクリン・J・シャフナー、主演:チャールトン・ヘストン)は核戦争で人類が絶滅した地球をやがて猿が支配する世界を描いたSF作品でした。

日本でも「世界大戦争」(’61年東宝、主演:フランキー堺)は核戦争により地球が破壊される大作でした。
他にも核戦争を題材にした映画は多くあると思いますが、米ソの冷戦が治まった昨今では当時ほどの脅威は遠ざかった感があります。
しかしながら、北朝鮮やイランをはじめ他のテロリストを孕んだ幾つかの国がある限り核による懸念は皆無とは言えないのです。

日本は広島、長崎の2回の原爆の世界で唯一の被爆国です。日本の指導者は声を大にして世界に向かい核廃絶を訴える権利があります。
核を使用することは悪魔の所業として断固禁止することを叫ばねばなりません。

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