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「惑星ソラリス」 |
| 惑星ソラリス 1972・ソ連 |
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![]() 監督:アンドレイ・タルコフスキー 原作:スタニスワフ・レム 脚本:アンドレイ・タルコフスキー フリードリッヒ・ガレンシュテイン 撮影:ワジーム・ユーソフ 音楽:エドゥアルド・アルテミエフ 出演:ドナタス・バイオニス ナタリア・ボンダルチュク ウラジスエアフ・ドヴォルジェツキー アナトーリー・ソロニーツィン ソス・サルキシャン ユーリー・ヤルヴェト ニコライ・グリニコ ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
物語 流れる清流。漂う水草。心理学者のクリス(ドナタス・バイオニス)がそれらを眺める。 舞台は21世紀。彼はこれから遙か彼方の未知の惑星ソラリスへある探求に向かうことになっていた。 ソラリスの軌道上にある宇宙ステーション、「プロメテウス」から数年前帰還した宇宙飛行士バートン(ウラジスエアフ・ドヴォルジェツキー)の説明によるとソラリスでは理解不能の出来事が起こっているのだという。彼はソラリスのステーションで信じられないものを見たという。それはいるステーションの中にいる筈の無い人間の子供だった。しかも体長が4メートルもあったという。 バートンの持ち帰ったビデオテープの映像にはソラリスの表面を覆う海が様々な動きで写っている。それは生きているかのような謎を秘めていた。 「ソラリスの海は人間の潜在意識を物質化する能力があるのだ」 バートンは意味不明の言葉を述べた。 バートンは去った後、車の中からメッセージを送ってくる。車は高速道路を走っている。 「言い忘れたが、私がステーションで見た子供は、死んだフェネルの子供にそっくりだったんだ」車は高速道路を延々と走る。 クリスは父親(ニコライ・グリニコ)との別れの後、惑星ソラリスに向かった。 宇宙ステーション、「プロメテウス」に着いたクリスを待っていたのは驚くべき出来事だった。ステーションは張り詰めた静寂と荒廃に満ちていた。 三人いる筈の学者の一人、ギバリャン(ソス・サルキシャン)は原因不明の自殺を遂げていた。残った学者のスナウト(ユーリー・ヤルヴェト)と、サルトリウス(アナトーリー・ソロニーツィン)は何かに怯えているようだ。 彼らはクリスに彼ら以外の人影を見ても気にするなという。 クリスはこの謎を解明しようと自殺した友人ギバリャンがクリス宛に残したビデオを発見したが、それを見ても海にX線を放射したこと以外に謎を解く鍵は見当たらない。 サルトリウスの部屋では他人の人影を見、ステーション内を歩く少女も見た。 やがて眠りから醒めたクリスの目の前に10年前に自殺した筈の妻ハリー(ナタリア・ボンダルチュク)が現れた。夫婦間の行き違いが原因で自殺したハリー。彼女は昔のままの美しさだった。クリスは彼女の服がチャックもなく着脱不可能なのに気づきうろたえた。クリスはハリーをロケットに乗せて打ち上げてしまう。ロケットの噴射した炎によりクリスは焼けどを負う。 自室に戻ったクリスにスナウトは言う。 「X線放射以来、海は人間の意識化にある人物をここに送り込んでくるんだ」 それではハリーはクリスの意識化にあったものが海から送られてきた幻想なのか? ハリーは再び現れた。ドアを閉めるとハリーはドアを破ってきた。体中血だらけになりながら。だが、ハリーの傷はみるみる回復した。 「いいんだよ、君が現れたのは罰かサービスか知らんが私は君を愛している。罰でもサービスでもどうでもいいんだ」 図書館でのスナウトの誕生祝の席上で、ハリーは「自分達は人間の良心の現れではないか」と発言し、考え込む。 「彼らは中性微子(ニュートリノ)から成っている」 サルトリウスが言う。 「ニュートリノは不安定な筈だが・・・」 クリスが言うと「ソラリスの磁場で安定するらしい・・・ここに見本がある」 ハリーを指差した。 「僕の妻だ」 とクリス。「まあいいだろう。お美しい」 サルトリウスは皮肉っぽく言った。 「私は自分のこと何一つわからないの。私はハリーじゃない。ハリーは毒を注射して死んだんだわ。私はまったく別の人・・・」 「誰から聞いた?」 クリスの問いに「サルトリウスよ」 ハリーが答える。 しばらくしてハリーが液体酸素を飲み込んで自殺を図った。しかし、ハリーは激しく痙攣を繰り返し蘇生するのだった。 クリスはいまやハリーを愛の対象として意識するようになっていた。 「愛してる・・・だが愛情は自分には感じても説明することができない。観念だ。今まで我々が愛したものは、自分とか女とか祖国とかで、人類や地球には手が届かなかった。私の言うことが分かるか?人類は数十億しかいない。わずかな数だ。もしかすると我々が人類を初めて実感するのかもしれんな」 クリスは今度は自分の体にX線を放射することを提案した。 クリスは夢を見る。地球の彼の家。クリスの母親とハリーが会話している。母親は若いときのイメージのままだ。何故か汚れている彼の腕を水で洗い流す。 目覚めたクリスにスナウトが言った。 「ハリーが置手紙を残して去った」 と。 クリスの帰還が近づいていた。ソラリスの海が妖しくうねる。クリスの家。家から出てくる父親。この父はクリスの理解者だ。 今、クリスはソラリスの海と邂逅する。海に浮かぶ彼の家と周りの風景と共に・・・ |
| 映画館主から ポーランドのSF作家スタニスワフ・レムの「ソラリス」を旧ソ連のアンドレイ・タルコフスキー監督が映画化した難解な問題作です。 タルコフスキーは本作により一躍世界に名を知られることになりましたが、映画は難解で観念的、哲学的です。 ストーリー性はあまりなく、カメラが延々と回り続ける独特の映像感覚。特に海の描き方は穏やかで神秘的。バックに流れるバッハの音楽が効果的な雰囲気を醸し出します。 アメリカのSF映画とは全く違いますから不覚を取ると眠ってしまいます。面白い映画かと問われれば面白くないと言えるでしょう。 スタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」(’1968年)と比較されることが多いそうですが、映画の解釈を巡り諸説紛々様々なな論議を呼んだところは似ているといえます。 物語は、未知の惑星ソラリスでの不可解な事件を探求するために心理学者クリスが送り込まれるところから始まります。 惑星の表面を覆う海が有機的頭脳を持つと推測され、人間の想念が物質化して出現するという空恐ろしい出来事が主人公の前に出現します。 果たしてクリスの前に現れた妻は幻覚なのか、実体なのか。妻は10年前に自殺しているのです。 しかしクリスは現れた妻を愛しながらも良心に苛まれるのです。そして妻自身も自分の存在について悩み始めるのです。 過去への郷愁と悔恨や愛のあり方、存在の実体とは何か。本作はなにやら見るものを思索に誘い込むかのようです。 タルコフスキーは黒澤明とも昵懇の関係で、酒を飲むと二人で「七人の侍」のテーマを口ずさんだのだそうです。 そういえば、本作の冒頭に出てくる水の流れにたゆたう水草のシーンは黒澤の「夢」のシーンに良く似ています。 これは私の故郷、信州の安曇野のわさび畑に流れる清流で撮影されたのでした。 バートンが延々と車で走る高速道路は東京の首都高でした。親日派のタルコフスキーが東京を近未来都市に見立てたのです。 |
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