「サンセット大通り」
サンセット大通り 1950・米
サンセット大通り

製作:脚本:
    チャールズ・ブラケット
監督:ビリー・ワイルダー
脚本:D・M・マーシューマンJr

撮影:ジョン・F・サイツ
音楽:フランツ・ワクスマン

出演:グロリア・スワンソン
    ウィリアム・ホールデン
    エリッヒ・フォン・
シュトロハイム
    バスター・キートン
    セシル・B・デミル

グロリア・スワンソン

ラストシーン

物語
   
ロスアンゼルスのサンセット大通り、朝5時。ある豪邸で殺人事件が発生。
豪邸のプールに死体が浮いている。背中と腹を撃たれた男は売れない脚本家ジョー・ギリス(ウイリアム・ホールデン)。

話は6ヶ月前にさかのぼる。
ギリスは安アパートで脚本を書いては映画会社に送ったがサッパリ売れない。車の信販会社からエージェントが滞納金の取り立てに押しかける。期日までに金を工面しないと車を持っていかれてしまう。
映画会社に脚本の採用をせがんだが無視される。車の信販会社のエージェントに見つかり車を飛ばして逃げる。運悪く車がパンクして逃げ込んだのが、サンセット大通りにある荒れ果てた邸宅だった。

ガレージには高級車が納まっていた。誰が住んでいるのか?母屋に近づくと怪しげな執事マックス(エリッヒ・フォン・シュトロハイム)が出迎えた。女主人が現れた。飼っていた猿が死んだので葬儀屋を呼んだのだが、ギリスは葬儀屋と間違えられたのだった。

ギリスは女の顔を見て、「あなたの顔に見覚えが・・・、ノーマ・デズモンドだ。昔の大スター」と言うと、「今も大スターよ。映画が小さくなりすぎたのよ」 ノーマ(グロリア・スワンソン)が答えた。ノーマ・デズモンドはかってセシル・B・デミル監督に可愛がられ無声映画時代の花形女優だった。しかし、トーキーの時代になり、映画界から遠ざかりマックスという執事と隠遁生活を送っていたのだ。

この女、ノーマとの出会いがギリスの運命を変えた。ギリスが脚本家だと知ると、ノーマはギリスを引き止め、自分の書いた「サロメ」の脚本を読ませた。読めたしろものではない。
ノーマはギリスに手直しをしてくれと懇願する。金に困っているギリスはやむなく引き受けた。自室をあてがわれ、翌朝目覚めると、ギリスの机や書籍が運び込まれていた。安アパートからマックスの手配で運ばれたのだ。

ノーマの「サロメ」はハチャメチャで、ギリスは手直しに手を焼いた。しかもノーマが片時も離れずにそばから注文を付けるのだ。
ノーマは映写室で昔の出演映画を週に何本も見せる。そんな時、ノーマは恍惚に浸っている。昔の栄光が忘れられないのだ。

マックスという執事も相当変わった人物だ。ギリスはマックスから彼女の過去を聞いた。うつ病で何度も自殺を図ったこと。そのため、部屋にはいっさい鍵がない。剃刀や睡眠薬も置かない。
しかも、いまだに毎日届くファンレターはマックス自身が書いているのだという。
新年会といっても、客は誰も来ない。楽士の演奏で踊るノーマとギリス。ギリスはノーマの愛の押し売りに嫌気がさしていた。
「僕にも自分の生活があるんだ」 するとノーマの平手がギリスの頬に飛んだ。「私の愛は迷惑だと言うの」

雨の中、ギリスは若い映画仲間が集まるアーティの家へ逃げ込んだ。皆がギリスの出現をいぶかる。しばらく顔を見せないと思ったら、分不相応なスーツを着ているからだ。
そこでアーティの恋人ベティ(ナンシー・オルスン)と再会する。ベティは映画会社の脚本係りをしている。
自分の荷物を取り寄せようとマックスに電話を入れたギリスはマックスの言葉に驚く。「マダムがあなたの剃刀で自殺を・・・」

ギリスがノーマの邸宅に飛んで帰ると、ノーマは手に包帯を巻いてベッドに横たわっていた。「馬鹿な真似を」ギリスがあきれ果てて言うと、「あなたに恋するなんてね・・・」ノーマが言う。ギリスは哀れな女を抱擁してやった。「新年、おめでとう」

爛れたようなノーマとの生活。しかし、脚本家としての夢は常に付きまとう。ギリスが手を入れた「サロメ」をデミル監督に送ると電話が来た。しかしデミル本人からでなく助監督だったことにノーマは怒る。「切ってしまいなさい」
デミルに会いにノーマは撮影所へ出向いた。マックスの運転でギリスも同行した。
セシル・B・デミル監督(本人)は、セットで「サムソンとデリラ」の撮影中だった。ノーマを見てスタッフたちが集まってくる。かっての大女優なのだ。デミルと再会したノーマは「サロメ」の話をしたが、デミルは読んでいない。しかし、ノーマには言い出せない。適当に話を濁すデミル。もうデミルには女優としてノーマを使う気持ちなどはないのだ。
その頃、助監督がノーマの車にいたギリスのところへやって来て言う。「この車をビング・クロスビーの映画に借りたい」 ノーマに電話がきたのは車の話だったのである。

ノーマは映画に出る錯覚に陥り、翌日から美容師の一団に占領された。回る筈のないカメラの前に立つ気なのだ。
ギリスは毎夜こっそりと抜け出し、撮影所へ通う。ベティと共に、ある脚本を書くためだ。
そんなある夜、マックスが玄関先で待っていた。「私のスパイか」「ノーマが心配で・・・」「だったら、嘘を重ねて撮影の準備などせずに、本当のことを言ってやめさせろ」
すると、マックスが意外なことを言った。「ノーマを16歳の時に見つけてスターにしたのは私なのです。そして、最初の夫は私でした」 マックスはサイレント時代の映画監督だったのである。そしてノーマに捨てられ、何もかも手につかなくなったマックスは彼女の僕としての執事に収まり、言うなりになっている身であった。

毎夜、撮影所の部屋でギリスと脚本を書くうちにベティはギリスが好きになっていた。ギリスも同じ思いだが、ベティは友人アーティの恋人なのだ。
そんな夜、ノーマがギリスの部屋にあった脚本のタイプ原稿を見つけた。「題名のない恋物語」と題された脚本はギリスとベティの連名になっていた。
ノーマは嫉妬に狂う。ベティの自宅を突き止めると電話を入れた。「ギリスがどんな生活をしているかご存知?」「あなたは誰?」とベティ。「・・・本人に聞くといいわ・・・」
そこへ帰っていたギリスが来て電話をノーマからもぎ取った。「私だ」「ギリス、今どこなの」「来て、自分の目で見るといい・・・。住所はサンセット大通り10086だ」
ノーマが泣き崩れた。「憎まないで、今の私にはあなたが必要なの」

やがてベティが車で駆けつけた。ギリス、邸の中を見せる。あっけにとられるベティに言う。「ノーマ・デズモンドの屋敷だ。裕福な中年女の孤独を慰める若い男が私の役だ。・・・解ったか」
「荷物をまとめて帰って」ベティが叫ぶ。「家賃も払えないアパートへか?ここは長期契約だし気に入ってるんだ」ギリスは自虐的に言った。
ベティ、耐え切れずに泣きながら去っていった。ノーマは二人のやり取りを二階から見ていた。

ノーマがギリスの部屋に入ると、ギリスはトランクに荷物をまとめている。
「行かないで!生きていけない」 ギリスは無視した。トランクを下げ出て行く。ノーマ、拳銃を持ち出してきた。「使えないと思ってるんでしょ」「勝手に使えよ」「ファンが悲しむわ」「目を覚ませ。ファンなど20年前からいないんだ」
マックスが駆けつけた。「マックス、話してやれ、出演依頼などは無く、ファンレターも君が書いてるのだと」
「嘘よね、マックス」 マックスは答えた。「マダムは大スターです。・・・ギリスさんのお見送りを・・・」 「聞いた?私は大スターよ、誰も私から離れられないわ」
邸を出て庭を行くギリスを追い、ノーマが発砲した。二発、三発。ギリスはプールに落ち、水に浮いている。

翌朝、邸宅に警察が来て尋問が始まった。ノーマは放心状態だった。そのうちに報道陣が駆けつける。ノーマの耳に“カメラ”という声が聞こえた。
ノーマは異様に目を輝かせた。「カメラ!・・・マックス、監督にすぐ行くと言って!」やおら立ち上がったノーマ、警察や報道陣を尻目に階段の上でポーズを取る。マックスが映画撮影用のカメラを階下で構えている。マックスも今や昔の大監督になっている。
「用意、スタート!」マックスの掛け声で、ノーマは女王よろしく優雅に階段を降りていくのだった。

    左から、エリッヒ・フォン・シュトロハイム、ホールデン、スワンソン
映画館主から

名手ビリー・ワイルダーがハリウッドの内幕を描いた傑作。
主演のグロリア・スワンソンは役柄そのままに実際もサイレント映画時代の大スターで、彼女がモデルとも言われます。

更に、怪しげな執事役のエリッヒ・フォン・シュトロハイムは俳優に転向する前は映画監督で、実際にスワンソン主演の映画も手がけています。俳優としての「大いなる幻影」’37年も有名です。

そして、劇中に登場するセシル・B・デミル監督は本人なのです。実際にこの年に「サムソンとデリラ」を撮影しています。スワンソンの育ての親としても知られ、まさにこの映画は実話の様相を呈しています。デミルはこの6年後に彼自身のかってのリメイク版「十戒」を発表し、大ヒットを飛ばします。

グロリア・スワンソンの迫真の演技(多少オーバー気味)はラストで極まり、狂気の表情が焼きつきます。この年のアカデミー女優賞候補でしたが受賞は逃しています。

かっての大女優に愛されたあげくに殺される悲劇のヒーロー、ウイリアム・ホールデンも男優賞候補で受賞はしていません。
しかし、プールに浮かんだ死体(ウイリアム・ホールデン)がドラマの進行役のナレーターを務めるという発想がユニークで、アカデミー・オリジナル脚本賞を得たのも納得です。

かっての栄光が忘れられず、狂ったあげくに犯罪を犯してしまうという異常な心理を描いた傑作、「何がジェーンに起ったか?」(’62年、ロバート・アルドリッチ監督)と比較して見るのも一興と思います。

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