「落ちた偶像」
落ちた偶像 1948年・英
落ちた偶像

製作:監督:
    キャロル・リード
原作:脚本:
    グレアム・グリーン
撮影:ジョルジュ・ベリナール

出演:ラルフ・リチャードソン
    ミシェル・モルガン
    ボビー・ヘンリー
    ソニア・ドレスデル
    ジャック・ホーキンス

ベインズ執事とフェリップ

ミシェル・モルガンとラルフ・リチャ−ドソン

フェリップは見た
物語

ぼくは、ある国の大使の息子フェリップ(ボビー・ヘンリー)。ぼくは階段の手すりの隙間から下を慌ただしく歩く執事のベインズ(ラルフ・リチャードソン)を見つめていた。ぼくは大使の外出の世話をするこの執事が大好きだ。子供のぼくとも対等に付き合ってくれる。ぼくは日ごろからベインズを尊敬しているのだ。ベインズは下の階からぼくに気づくとウィンクをした。
大使であるパパは病気療養中のママが8ヶ月ぶりに退院するので迎えに出かけたのだった。

ぼくはベインズの妻(ソニア・ドレスデル)が大嫌いだ。何かと口やかましいし、病的なほどに綺麗好きでヒステリックなのだ。ペットの蛇も捨てるように要求している。ぼくはベインズとベインズ夫人と3人でしばらく留守番することになった。大使館の使用人たちもその日は帰された。

ベインズと散歩に行きたいと思っていたぼくは自分の部屋の窓からベインズがコートを着て裏口から出かけるのを見て、非常階段から降りた。後を追う。
街を探すが、ふとあるカフェの中にベインズの姿を見た。中に入るとベインズは若い女性と一緒だった。若い女性は大使館で働くタイピストのジュリー(ミシェル・モルガン)だった。ベインズはぼくに姪だと言ったことがある。
ベインズたちは少し驚いた風だったがぼくにケーキを勧めた。二人は何やら深刻な話の途中のようだ。
ぼくがミルクを取りにいく時、「死にたいわ」という声が聞こえた。
「だめだよ、ちゃんと話をつけるから・・・」とベインズが言った。「待つんだ」
「拷問だわ」 「拷問?」 ぼくが言うと、「心を傷つけられたりすることよ」 「それならすぐに直るよ」 「子供には分からないわ」 ジュリーが言う。
ぼくの手前、他人事の話をしているような二人の会話は実は二人の問題なのだ。つまり、ベインズはジュリーと愛し合っており、ジュリーは日陰者の自分に耐えられず別れ話を持ち出しているのだった。ジュリーは近々船で田舎に帰ると言う。
「今夜、家内と話す、性格が合わないんだ。話せば分かると思うよ」 「無理よ」 「とにかく行く前に会ってくれ、電話する」


「君の奥さんがいるよ」 大使館の建物が見えてきた時、ぼくはベインズに言った。窓にベインズ夫人が見えた。
「僕の奥さんにジュリーのことは内緒にしてくれないか、奥さんはジュリーが嫌いなんだ」 ベインズが言った。「秘密にするよ」 ぼくは答えた。”秘密”がぼくとベインズの間にあるなんてスリルじゃないか。

「大事な話がある・・・我々のことだ」 「?」 「いつもいがみ合ってる、これでは」 「別れたいの?」 「仕方あるまい」 「唐突な話ね」 「前々から思ってた・・・ここらで別れないと」 「死んでやるわ、日曜の新聞を見て喜べばいいわよ!」
ぼくはベインズとベインズ夫人の会話をそれとなく聞いてしまった。

その後、ぼくの部屋へやってきたベインズ夫人は、服の染みを目ざとく見つけぼくに問いただした。買い食いを嫌うのだ。
「ベインズたちにもらった」 ぼくが言うと、「やっぱりね、本当はあの人たちのことすっかり知ってるのよ」 「姪のこと?」 「彼がそう言ったのね、あの悪党!」 ベインズ夫人の形相が変わっている。「姪は船で行ってしまうから、ベインズはもう会わないよ」 「このことは内緒よ、オモチャを買ってあげるから」

ベインズ夫人が叔母のところへ出かけていった。大使館はぼくとベインズの二人だけの留守番になった。
ベインズが電話している声が聞こえた。
「家内は叔母のところへ出かけた、来ておくれよ・・・子供は問題ないさ。夕食もね・・・」 きっと姪に掛けているのだろう。
ベインズは動物園にぼくを連れて行った。ぼくたちはライオンの檻の前に立った。「ライオンも撃った?」 ぼくはベインズに質問した。「前にアフリカで人を殺したと言ったよ」 「あれは正当防衛なんだよ、白人に暴動を起こして向かってきたからだ」 
「姪が来たよ」 ジュリーがやって来た。ベインズと落ち合うためだ。ぼくたちは鳥や蛇、オットセイなどを楽しく見て回った。

大使館にジュリーを連れて戻ると、ベインズ夫人からの電報が届いていた。『叔母病気、1両日中泊まる』と書いてある。ぼくは嬉しくなった。あのうるさいベインズ夫人の顔をしばらくの間見なくてすむ。
ぼくはその電報で紙飛行機を作って飛ばした。紙飛行機は階段わきのバラの鉢植えの葉の奥まったところに吸い込まれた。
その後、ぼくは壁のレンガの秘密の場所に隠した子蛇のマクレガーがいなくなっているのに気がついた。きっとベインズ夫人が見つけ出して殺してしまったのに違いない。ぼくが落胆して泣くとベインズたちが慰めてくれた。「マクレガーのお墓を作ろう」 ベインズが言った。

夕食のあと、ぼくたちは大使館中を使ってかくれんぼ遊びを楽しんだ。ベインズとジュリーはぼくが隠れている合間に抱き合っているようだった。大使館内にはぼくたちしかいない筈なのに何かの拍子にぼくは幽霊を見たような気がした。「もう寝る時間だよ」 ベインズが言った。
かくれんぼが終わりぼくはベッドに入った。寝付かれないでいると、目の前の暗闇から恐ろしい顔がぼくを見つめているではないか。
「あの二人は?」 ベインズ夫人の鬼気迫る顔が言った。「私は家の中に隠れていたのよ、二人の居場所を教えて」 ぼくが黙っているとベインズ夫人はドアを開けて出て行く。ぼくが様子を見にドアの外を見ると下の階にベインズがやってくるのが見えた。
「ベインズ!」 ぼくは大声を出した。ベインズ夫人がぼくを突き飛ばした。ベインズが階段を駆け上がってくる。
「女はここね!」 ヒステリックなベインズ夫人の声。「下で話し合おう」 ベインズの声。二人は階段のところで言い争っている。
ぼくは外階段に出た。じぐざぐな階段を降り踊り場で中を見ると、「やめろ、子供の前でなんだ」 「あの子もただじゃおかないわ、嘘つきで陰険な悪がき!」 激しく罵り合う声が聞こえた。さらに外階段を降り下の踊り場から見た時だ。悲鳴を上げ、ベインズ夫人が階段を転がり落ちて動かなくなった。上にベインズがいる。
「突き落とした!」 ぼくは口走った。ベインズが夫人を突き落としたのだ。

ぼくは怖くなり外階段を降りて裸足のまま街をさ迷った。ぼくの大好きなベインズが夫人を殺した・・・。途方にくれ暗い石畳を歩いていくと向こうから警官がやって来た。
警察に連れて行かれ警官にいろいろ聞かれたがぼくは何も言わなかった。そのうちに警察に電話が入った。「大使館で人が死んだらしい」 「ぼくの家だ・・・」

警官に伴われて大使館へ行くと、警察の検死の最中だった。「事故です」 検死官が言った。ベインズは疲れた顔つきで立ち会っている。検死官がぼくを見て 「やぁフェリペ」 と言った。ぼくが大使の息子であることを知っているのだ。検死官がぼくが何故外を歩いていたのかしつこく聞いてきた。「・・・秘密のことで・・・」 ぼくは口ごもる。「もう寝かせないと」 ベインズが間に入る。「動物園に連れて行ったから疲れてるんですよ」 ベインズがぼくを抱き上げた。「今度も正当防衛だった?」 ベインズはなにも答えなかったが、ベインズに言ったぼくの声を検死官が聞いていたかも知れない。

ベインズはぼくに言った。「今夜見たり、聞いたりしたことは忘れなさい」 「わかった」 「僕の奥さんから来た電報があったろう、君が紙飛行機を作っていたね、あれはどこへやった?」 「捨てちゃった」 「どこへ?」 「忘れちゃった・・・何故?」 「人に拾われたら困るだろう?奥さんも動物園に一緒に行ったと皆思ってる、ジュリーのことは知られたくないしね・・・」

ベインズは相当困っているようだった。ぼくはベッドに入り、突然思い出した。紙飛行機はバラの鉢植えだ。そっと起き出しバラの鉢植えのところへ行くと紙飛行機があった。下ではベインズが刑事たちに囲まれて話している。
検死官がぼくに気づき階段を上がってきた。ベインズも来た。ぼくは紙飛行機をベインズに渡そうとした。しかしその前に検死官が取り上げて、「飛ばすよ」と言って下へ飛ばした。
紙飛行機は広い空間をゆったりと飛び、階下のエイムズ刑事(ジャック・ホーキンス)の胸の辺に当たり床に落ちた。エイムズはそれを拾い上げた。

翌朝、ジュリーが早めに出勤してきた。程なくクロウ警部(デニス・オディア)が部下を引き連れてきた。ベインズが別室でいろいろ聞かれたあとがぼくの番だった。
「何故逃げたの?」 「散歩だよ」 「夜中に?パジャマで?」 ぼくは動物園にベインズと行ったこと、食事もベインズと二人でしたこと、その後、かくれんぼ遊びをしたことを話した。
「誰もぼくを見つけられなかったんだ」 「・・・他に誰かいたの?」 誰もいないよ」 ぼくと刑事のやりとりを聞いていた速記係りを受け持っていたジュリーがたまらず言った。「言ってしまいなさい、構わないから」 「まずいよ」 「本当のことを話しなさい」 その時、ベインズが上から声を掛けた。「その子たちは関係ありません」 クロウ警部が言った。「ベインズと一緒にいたのは誰だ?」 「姪だよ」 ぼくは言ってしまった。「私がそう教えたんです」 ベインズが割ってはいる。「愛人か?」 とクロウ警部。
「私です、彼は私をかばおうとしてくれたんです」 ジュリーが気丈に言った。

「この電報は?」 クロウ警部がベインズに問いただした。ぼくが紙飛行機にした電報は内容が読まれているのだ。
「家内の計略でした」 ベインズが答えた。ベインズは全てのいきさつを話した。
かくれんぼの後、いない筈のベインズ夫人が現れぼくを突き飛ばしたこと、ぼくの悲鳴で駆けつけ階段の上で夫人ともみ合ったこと、「・・・家内が階段を降りかけたので部屋に戻ろうとした時、家内の悲鳴を聞いたのです、家内は階段を転げ落ちたところでした」
「階段を詳しく調べたが滑った跡はない」 クロウ警部は言った。「アフリカと同じ正当防衛とは何のことかね?」 
「外国は知りません・・・ベルギーに一度だけしか・・・」 

このままベインズは警察へ連行されるのか。「アフリカの話は嘘じゃないよね・・・」 ぼくはベインズに聞いた。「あれは冗談さ」 ベインズは言った。「・・・奥さんは殺したでしょ?」 「殺してない」 ぼくは何も信じられなくなった。ぼくが見たのは何だったのだろう。
その時、階段わきのバラの鉢植えのあたりから声がした。
「隣室を覗こうとして花の鉢を倒したんですよ」 刑事が女ものの靴跡を発見したのだ。ベインズ夫人はそこから誤って階段に落ちたのだ。
「無実が証明された、疑って悪かった」 クロウ警部がベインズに詫びた。

それからママが8ヶ月ぶりに退院して大使館に帰ってきた。
映画館主から

イギリスの名匠キャロル・リード監督が、少年の目を通して見た大人の曲折した世界をみずみずしく映像化したミステリアスな傑作。

少年が尊敬する執事の殺人現場を目撃したのですが、それは少年の思い込みで、実際は事故でした。しかし少年の心は揺れます。その辺の微妙なタイミングをリードのカメラはも見事に捕らえます。
少年の作った紙飛行機が秘密を乗せて大使館の広い空間をゆったりと飛ぶシーンなど、スリル満点です。

大使館の執事にかのローレンス・オリビエとともに英国王室からナイトの称号を与えられた名優ラルフ・リチャードソンが扮します。地味ながら上品で知的な演技は晩年まで重要な役柄で渋さを発揮していました。
その愛人役のミシェル・モルガンは40年代から50年代を代表するフランスの美人女優。大きな透き通るような目に強い意志を感じさせました。
大使の息子を演ずるのは愛らしい顔立ちのボビー・ヘンリー。彼の母親が作家でその著書のカバーに載っていた彼の写真をたまたま映画関係者が見たのが抜擢に繋がったとか。

もう一人、刑事役に後に大作映画に欠かせなくなるジャック・ホーキンスが出演しているのも嬉しかったものです。

さてキャロル・リードといえば、何といってもその翌年の「第三の男」(主演:オーソン・ウェルズ、ジョセフ・コットン)です。「邪魔者は殺せ」(’47年、主演:ジェームズ・メイソン)、「落ちた偶像」とグレアム・グリーンの原作を映画化してきたキャロル・リードは映画史に残るサスペンスの大傑作を完成させたのでした。

参考文献:「週刊20世紀シネマ館NO.33」 講談社

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