皆さん、こんばんは!
霧隠です。
引き続きまして、尼子攻めのレポートをご報告したいと思います。
月山富田城は尼子家の居城で一時期は中国11カ国の太守になり、
完全に毛利氏も従属していた時期もあったのです。
あと、有名どころとしては、山中鹿介(しかのすけ)が月に向かって
「願わくば我に七難八苦を与えたまえ!」と毛利に滅ぼされた尼子家の
再興を願った話は有名です。
月山のいたるところに鹿介の石碑や銅像があります。
(尼子はいずこ〜というくらい)
さて、最近ふもとから山城を攻略するのがひそかな楽しみになっている
某は、ちょっとだだをこねて下から登りはじめました。
馬場曲輪を右目にみながら、整備した道をてくてく歩くと、千畳敷曲輪へ。
さらに上には太鼓曲輪、ほにゃらか曲輪(ただいま会社で資料がないので)、
山中曲輪へ! ここが3つののぼり口、塩谷口、ほにゃらか口、ほにゃらか口
の全てにつながっており、月山富田城の心臓部になっています。
広大で、ここから各守り手口へ指示がでていたことでしょう。
ここまで大体20分くらい。
ここからが、山城大好き♪ にはたまらない上り坂が!
七曲りと呼ばれる急な石段がくねくね続き、ぜーはーぜーはー楽しく
登りながら、10分くらいで三の丸へ!
みごとな石垣がきちんと整備されています。
さらに二の丸もまわりをコンクリートで見事に固めている最中で、
保存にはいいのでしょうが、そのままの姿にエクスタシーを感じる方と
してはちょっぴり残念です(TOT)
と、ここで、大問題!
二の丸と本丸の間が整備中で、本丸を目前として向うにいけない〜(TOT)
ので、整備してあるところをこそっと迂回して、工事の邪魔をしないで、
本丸へ侵入・・・というか、たどり着きました。
そこからからめて口に降りていくと、尼子晴久(大河ドラマでは、妻に
毒殺された・・・その理由は晴久が妻の実父の一族を皆殺しにしたから・・・)
のお墓が、ふもとからちょっと離れたところにポツンと。
おじいさんの経久はちゃんとお寺にお墓があるのに、こんなところに・・・
合掌。人望があったのか、周りには14人の家臣の殉死のお墓が・・・
大体2時間半ばかりでしたが、なかなか味わい深い山城でした。
と、長くなったので、次回の報告はまたの機会に。
では。