皆さん、こんにちは。
霧隠です。
箱根のお城めぐり最終話は底倉温泉についてです。
底倉温泉・・・Aさんの発言から初めて知ったこの名前。
調べれば調べるほど妙味深い場所だと判明。
今回は、ここの温泉につかることも楽しみの一つでありました。
さて、この底倉温泉、箱根七湯と呼ばれており大層由緒のある温泉
のようです。
歴史を紐解くと、かの太閤秀吉公が小田原攻めの際にここ底倉に立
ち寄り、石風呂をつくり、部下の疲れを癒したと伝わっております。
さらに、秀吉公だけでなく、かの絶世の美女、淀の方も入浴された
温泉だそうです。
さらに、さらに、ここ底倉温泉はかの独眼流政宗公とも深〜い関係
があるのです!
伊達政宗公といえば、秀吉公が小田原北条氏を攻めている時に、合
戦の催促に2ヶ月も遅参したのを、強く責められて死を覚悟した政
宗公は、甲冑の上に白麻の陣羽織を着た「死に装束」で秀吉公の前
に出て、遅参をわびたという話が伝わっております。
その際に、秀吉公は政宗公の首元を扇子でたたき、「もう少し遅か
ったらそこものと首が危なかったものを」と言われたそうです。
という話は知っていましたが、なんと、この底倉の地は、この有名
なエピソードの前の話に関わっているのです。
それは、政宗公が遅参をわびるために秀吉公に会おうと小田原に参
陣した政宗公を秀吉公は怒ってすぐに会わず、この底倉の地に幽閉
したというのです。
その期間は5日間と伝わっています。
つまり、この底倉のどこかに伊達政宗公が、まさに死を覚悟して幽
閉されていたのです。
そのときの伊達政宗公の心情はいかばかりか。
「奥州の名門、伊達家も私の代で終わりか・・・父上、申し訳ござ
らん」
と、自らの手で射殺しなければならなかった父への思いが込み上げ
てきたのでしょうか。
それとも、
「小次郎よ、そなたの命も無駄になってしまった・・・」
と同じく自らの命で成敗した弟への思いだったろうか。
と、いろいろな思いがこみ上げてきます。
小説で読むこのような心情を、実際にその現場で共有できるのもお
城めぐりの醍醐味でなはいでしょうか。
さて、肝心の温泉ですが、露天風呂もあり、疲れた体を本当に癒し
てくれました。
さらに、同じ旅館でおいしい夕食もいただきました。
もちろん、話題はお城めぐり談義。
風呂上りのビールは五臓六腑に染み渡りますし、おいしい食事は空
腹を癒し、楽しいお城めぐり談義は気持ちをなごませます。
趣味を同じくする方々とのお城めぐりは本当に楽しく、今こうして
報告をしながらも楽しかった思い出がふつふつと蘇ります。
今回の温泉&夕食の手配は、オフ会初参加のYさんに予約から何
までしていただきました。
お蔭で、ゆっくり温泉につかることができ、さらにはのんびりと食
事も楽しめました。
この場を借りまして厚く御礼申し上げます。
また、Nさんには縄張り図をご用意いただき感謝です。
さらに、mさん共々お車の運転ありがとうございました。
皆さんとご一緒できて本当に素敵なお城めぐりができました。
また、いずこかでご一緒する際には、よろしくお願いいたします。
最後に、最後まで読んでいただいた皆さん、ありがとうございました
m(_)m
それでは〜