皆さん、こんにちは。
霧隠です。
鉢形城の報告、続きです。
二の丸にも立派な空堀が存在します。
西側にある空堀ですが、ここも立派です。
ここも伐採されているので、はっきり遺構が分かります。
その高さは7mほど。
下から上を見上げるとなかなかの高さです。
やはり空堀は実際に降りてみないと。
今度は堀底から登って、上から空堀を撮影しました。
こうして写真にとると良く分かりますが、人間の目の遠近感はすごいものがあ
るなぁと思います。
はたして某のへたっぴな画像で空堀の臨場感が伝わるだろうか・・・
せっかくなので、堀底にダッシュして下りた画像もとってみました。
それにしてもすごい仕事をするものです。
氏邦公のすごさを実感できます。
二の丸を十二分に堪能した後は、本丸に向かいます。
本丸にはこんなかわいい(?)看板があります。
そ、それにしてもこの看板を書いた人のセンスって・・・
・・・思わず笑ってしまいました。
けど、夏に鉢形城に来る方は、ヘビ姫様には十分注意しましょう!
本丸は試験場になっており入れません。
このような金網が・・・
遠めに土塁が見えるのにぃ(TOT)
本丸からのながめはそれほど良くありません。
もう少し、景観を考えて伐採してくださるとありがたいのですが。
そうすれば、もう少し人が来るかもですね。
どうやら来月20日に寄居町で「北條祭り」をやるそうです。
もっと詳しいページがあります。
ご案内いただいたMさんのページです。
鉄砲隊や合戦絵巻もあって楽しそうです。
本丸から笹曲輪へ行き、外曲輪を歩き、鉢形城の大外郭を歩きました。
車も乗り入れられるようにアスファルトでコーティングしてあるのはせっかく
の風情が台無しです。
まぁ、それはさておき、横に見える空堀は見事です。
高さはそれほどありませんが、当時は弁天池同様水堀だったでしょうか。
なかなかの広さです。
以上で、鉢形城の報告を終えますが、今回鉢形城へ行って感じた感想は、
すごい!
の一言です。
空堀のでかさ、三の丸、二の丸、本丸の広大さ、本丸下の絶壁、どれをとって
も北条氏邦という武将が非凡だということが実感できます。
こんなすっごいお城の持ち主北条氏邦という武将に敬意を払いながらお城を後
にしました。
家に帰った後に、氏邦公に俄然興味を持ったので、さっそくネットで調べたと
ころ・・・
北条氏を専門にしているHPでさえも、氏邦公の名前はなかったり、あっても
たいした説明もなく、忘れ去られた存在になっています。
なぜだぁ!
実際の氏邦公は、藤田氏に養子に来て、実権を握り、北条氏の上州方面司令官
のような立場を担い、武田との同盟が破棄された後も、信玄公の猛攻をしのぎ、
小田原合戦の際には、小田原城に篭城するのではなく、討って出ることを進言
したとも言われています。
結局、小田原城に篭城になるようになった段階で、鉢形城に向かい、ここで前
田、上杉連合の北陸勢を1ヶ月間くぎ付けにするも、衆寡適せず城兵の助命を
条件に開城します。
その後は、前田家預かりになり、加賀で生涯を終えたそうです。
あまりエピソードが残っておらず、地元の方もあまり知らない武将。
・・・地元の方は、鉢形城をお城がないっていうし(^^;
あんな立派なお城を築いた北条氏邦公。
もっと世に知られてもいいのにな、と思いました。
それにしても北条氏のお城はどれもすごいですね。
小田原城、韮山城、八王子城、興国寺城、山中城、鉢形城、武州松山城、杉山
城、唐沢山城。
どれも石垣などはありませんが、見事な土塁と空堀を多用したすばらしきお城
達。
訪れた者の心をうつお城を今に伝える北条氏についてもっと勉強せねばと思い
ました。
と、最後はとりとめのない文章になりましたが、最後まで読んでくださりあり
がとうございました。
それでは〜