皆さん、こんにちは。
霧隠です。

さてさて、八王子城物語第4話は本丸から詰めの城をご紹介いたします。

八王子城を訪ねる場合、御主殿を見て、ちょっと本丸行って、景色を見て帰る。
時間にして1時間半弱。

ここまでではまだまだ山城レベルは初級です。
中級を目指すなら、本丸からさらに20分ばかり足を伸ばして詰の城まで目指し
ましょう!

八王子城の本当の素晴らしさを体験できます。
その規模の大きさもさることながら、竪堀、大堀切、石塁、石垣馬場道、馬冷や
しなどなど山城ならではの遺構を楽しむことができます。

図に書くとこんな感じです。
   

当日は本丸からちょっとヤブの中に入って、無名曲輪へ突入しました。
ここは名前が残っていませんが、見事な曲輪がそこかしこに存在しています。

本丸の脇道から曲輪にむかう細道があります。
図に書くとこんな感じです。

途中、ヤブに突入します。
本丸からまっすぐ降りると言う野蛮な手段もありますが、危険ですのでおすすめ
できません。
・・・いませんよね。

無名曲輪へは何度か急な坂道(ただのガケともいふ)を降りないとたどりつけま
せん。
木の幹にしがみついて降りたり、転ばないように慎重に降りないとなりません。
また、方向を間違うと馬場道に下りてしまい、またガケを登って無名曲輪に戻ら
ないといけなくなったります。

それにしても、Yさん、ワイルドな山城攻めを体験させてすみませんでした。
ふつーの山城攻めはこんなに危険でないので、ご安心ください(−−)

ヤブをかき分けて見事な曲輪を進むと、馬冷やしに出てきます。
大体ここまでで10分くらい。
馬冷やしは涼やかな風が吹くので、ここで馬を休ませたと言われています。

ここはさりげなく堀切になっております。
堀切とは、

こんな風に順路の途中に空堀を掘ったような場所をいうようです。
当然、敵がスムーズに本丸にたどりつかないようにする防御施設を指します。

また、この馬冷やしのそばには3本の竪堀があります。
馬冷やしのすぐそばの竪堀はなかなかの急勾配で、上から降りるのはかなり危険
です。
真中の竪堀はちょっと降りないと道からは見えません。
一番右側の竪堀は途中ガケがありますが、そこを強引に降りると石が敷いてある
ような沢のような道が延々10分ばかり続きます。
そこから、真中の竪堀、馬冷やし側の竪堀に合流します。

竪堀とは敵兵の横への移動を妨げる意味があるようですが、これくらい急な坂道
だったら、こんな広い竪堀を掘る意味がない気もします。
当日は上からちょろっと見るだけにしました。

馬冷やしから詰の城までは大体15分くらい。
この途中の道が八王子城で一番気持ちのいい風が吹く場所です。
春とか秋に訪れると思わずうたた寝をしたくなるほどの心地よさ。
心和らぐ憩いの場所です。
(のはずだったんですが・・・)

比較的なだらかな道を歩くと、急に登り道が出現します。
ここが金子曲輪から小宮曲輪までの坂道と同じくらい、もしくはそれよりちょっ
とだけ辛い登り道が10分ほど続きます。

でも、横を見ると大きめな石がごろごろと転がっています。
良く見るとところどころ崩れずきちんと積まれているように見えます。
ちょっとした石塁のようです。
この坂道を登りきるとそこが詰の城です。

富士見台の方面から侵入してくる敵を防ぎ、本丸が容易に攻められないように作
られた場所らしいです。
言い伝えによると江戸時代城代として入城した大久保長安がここに天守台を築き、
3層の天守閣を築いたと言う・・・が事実はよく分かりません。
でも、天守台っぽく石で曲輪を囲っています。

この詰の城から
「←富士見台50分」という看板のままに道を下りるとそこは「大堀切」。
馬冷やしの堀切がふつーの堀切(それでも5mくらいの高さはある)だとすると、
こちらの堀切は(さらに)“でっかい堀切”すなわち「大堀切」。

高さはゆうに10mはあり、堀底の広さも幅5mはあり、長さも20mくらいあ
ります。

富士見台から侵入する敵を詰の城の前で完全にシャットアウトするのが目的でつ
くられた防御施設です。
この大堀切は実際の眼で見て、体で感じることが大切です。
ちょっとこの大堀切をまっすぐ登るのはかなり危険です。
敵兵もここで攻撃をちゅうちょすることでしょう。

山道を人の手でここまで掘り下げてしまうその労力にビックリです。
氏照公の気合を感じることができます。

この大堀切をさらに50分ほど歩くと富士見台につきます。
ここは物見台として使用していたようで、景色もなかなかですが、今回は行くの
をやめました。

大堀切を堪能した後は、「←富士見台」という看板の逆側、つまり向かって右側
の“ガケ”道をおもむろに降りだします。
ちょっと急な坂道ではありますが、ちょっとした曲輪が段々に存在しています。
辺りには石が散乱しており、10分ほど降りると、左側のガケに見事な石垣が現
存しています。

最初の柵門台のそばで見たようなきっちり積まれた石垣達です。
規模的にはこちらの方が量も高さも長さも文句なしです。
とろこどころ崩落していますが、それでも保存状態もよく、ええ感じでコケむし
ています。

ここの石垣はちょっと気をつけないと見落としてしまいます。
詰の城の右側のガケを降りながら、左手のガケを注意しながら降りていけば見逃
す事はないでしょう。
(でも、危険なので、必ず下を確認しながら降りてください)

大体15分くらいで道にぶつかります。
この道を右に曲がり、15分くらい歩くと、馬冷やしに戻ります。
ここの道はとても歩きやすいです。

馬冷やしからは、今度は馬場道に行きました。

この馬場道は文字通り、馬の訓練に使った道といわれていますが、絶対ウソで
す・・・というくらい、すっごく道が細く、途中3箇所ばかり、高所恐怖症の
方にはかなり厳しいガケがあります。

ええと、道の左側がガケになっています。
しかも、ものすごく道が細くなっています。
その道幅およそ40cmくらい。
気を抜くと谷間に転がり落ちそうなくらい。

軽〜い気分で来ると泣きをみるかもです。
ある意味スリリングな場所と言えるでしょう。

さて、この馬場道自体は15分くらいです。
そして、たどりついた場所は高丸。
最初に「9合目」とあった場所です。

この高丸から秘密の道が隠されています。
こんな感じです。

ええと、秘密の道は“ぱっと”木に隠されて、道があるとは思えません。
でも、きちんと曲輪があります。
縄張り図を見ても、段々に曲輪が存在しています。

調子に乗って曲輪を最後まで確認しようとずんずん降りて行くと・・・

・・・迷子になりかけるので、お気をつけてください。
なんだか、(ただの)ガケを降りているよう〜と思ったら、危険信号。
右を向いてもガケ。
左を向いてもガケ。
さらに10分降りてもガケ。

そんな場所に遭遇したら、迷わず元の道に戻りましょう。
10分降りて道を見失ったら大変でも元の道に戻るのが一番安全です。
山城でふもとを目指して谷間に向かっていたらシャレではすみませんから。

文字通りのガケ登りをさせてしまって、参加者の皆さんにはすみませんでした。

無事にもとの場所に戻り、それから前田軍進軍ルートと言われている道を降りる
ことに。

すでにさきほど本物のガケ道の上り下りを経験しているので、このガケがなんだ
かなだらかに見えます。

かなり急なガケ道ですが、途中に井戸跡があります。
ここは10分足らずで下にたどりつきます。

ここは4つの道の交差点になっています。
松竹橋への道も続いております。

ここの交差点の道を右に5分ほど進むと柵門台に出てきます。

柵門台から金子曲輪までは10分たらず。
金子丸は金子重茂という人物が守っていたそうです。
縦長の曲輪になっており、なかなかの広さです。
ここで、敵の進撃を防いで、本丸に行かせないようにしたのでしょう。
しかし、ここも簡単に落されてしまう。

ここの曲輪にはかわいらしい2段の石垣があります。
つい見落としがしですが、こんな石垣もかわいくくていいです。

さらに10分ばかりよく整備された道を降りるとアシダ曲輪にたどりつきます。
アシダ曲輪は6月23日の落城日には、近藤綱秀が守っていたと伝えられていま
す。
ここもなかなかの広さの曲輪です。

ここまで大体4時間半。
太鼓曲輪を除けばほぼすべての遺構を確認したことになります。
Mさん、Yさん、本当にお疲れ様でした。

この後、Yさんの案内でおいしいお豆腐の料理を堪能し、温泉に入り、解散いた
しました。

また、紅葉のきれいな時期に訪れたいですね。
Mさん、お車の運転どうもありがとうです〜

それでは〜

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