皆さん、こんにちは。
霧隠です。

長々と書きつづけてきたこの九州攻めも本日で最終話です。
今まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございますm(_)m

さて、残り時間40分あまりで、往復3kmの島津義弘公の陣所跡
(波戸岬のすぐそば、つまり、名護屋城からはもっとも離れており、
かつ、朝鮮半島にはもっとも近い場所)に向かいました。

ヒーヒー
ふぅふぅ

この日の波戸岬は近年にないほど風の強い日だったらしく、アゲンストの
風をモロに受けながらの自転車での進軍は本当に辛かったです。
でも、15分で到着し、10分散策し、15分で名護屋城まで戻るのには
時間との戦いです。

名護屋城すぐそばには、加藤清正公の陣所跡があり、看板もしっかりあっ
てちょっとした丘のようになっております。
・・・し、しかし、時間がない(TOT)
泣く泣く清正公の陣所を横目で見つつも、義弘公の陣所に急ぐ、急ぐ。
あぁ、絶対、また来るぞ〜

さて、波戸岬に無事つくこと、3時15分。
予定通りです。
景色はすんばらしいです。
やっぱり海はええです。

あ、すみません。
今地図を見てみたら、義弘公の陣所は波戸岬までは行きません。
その手前にあります。
観光案内所でもらえる地図を見ると分かりますが、波戸国民宿舎を横切り
テニスコートも通りすぎ、海岸線をぐるりと5分ほど歩くと到着します。

ん? 何やら石垣っぽいものがあるぞ!
おぉ、ここが義弘公の陣所跡か!
ちょうど海にポコッと突き出たところで、おりしの強風で波が
ザパァーン
ザッパァ〜ン
とすごい勢いで海岸に打ち寄せております。

波しぶきに注意しながらも海に向かってたってみると、気分は(勝手に)
島津義弘公。
この地に義弘公がいたんだぁ〜と思うだけでもうれしくなります。

時間がないので、ここが義弘公の陣跡だというあかしでもある看板を探す
ことに。
ない、ない、どこにもないよ〜
でも、広大な曲輪、というか屋敷跡には、石垣でしっかり仕切ってあり、
ところどころに見事な石垣があり、どうみても島津軍の陣跡だと一目で
わかります。
それだけでもかなりの興奮ものなのですが、やっぱり証が欲しい。
と、5分ほどうろうろしたところ、中央にひっそりと「島津義弘公陣跡」
という木の碑がたっておりました。
あれ? 他の九鬼氏とかは立派な看板があり、しかも縄張り図っぽいのも
あるのに、義弘公のはこれっぽっち?
ただ、あまりにも時間がなかったので、他の場所にどーんとあったのかも
しれませんが、辺りを見渡すかぎりどこにも看板らしきものはなく、当然
楽しみにしていた説明文も読めませんでした。

んが! そんなものは必要でないほどの遺構がここにはあるのです!
すげ〜、すげ〜
すんばらしいぃ〜
そう心の中でつぶやきながら足早に陣所を駆け巡りましたが、ほんにええ場所
です。
陣跡というより、ちょっとしたお城の本丸、二の丸くらいの規模のものです。
石垣の高さも2mほどあるのもあり、土塁はもちろん、堀切っぽいものもあり
ます。
とにかく、石垣の数といいますか、量がもんのすごくあるのです。
もう、石がゴロゴロっていう感じで、大きな石、小さな石が所狭しと転がって
おります。
しかし、ほとんどは崩壊せずに当時の姿をとどめているところがさすがです。
あぁ、時間がないうことがうらめしい、と思いながらも思わず時間を忘れる
くらいのおもしろさ。
来てよかったぁと心から思える陣跡です。

さらに波の荒々しさが島津軍の猛々しさにマッチし、雰囲気最高! の陣跡
です。
思わず身震いしそうなこの島津義弘公の陣跡。
島津好きにはたまらない場所ですが、そうでない方もまだ(まったくといって
いいほど)手付かずなこの陣跡、名護屋城にお越しの際にはぜひ、訪ねてみた
らいかがでしょうか。

・・・ただ、ただ、近くに駐車場はあれども、看板はないので、お見逃しなく〜
・・・隣なのですよ。隣にこんなにすっげー陣跡があるってーのに、何の看板も
ないないんて〜(TOT)

名護屋城からもっとも遠い場所にあるので、ここまで手がまわらないのでしょう
か。
惜しい、悲しい、もったいないでする〜
せっかく、陣跡1番目をもらっているのに、この扱いは残念無念。

と、興奮するままにながながと書いてしまい、すみませぬm(_)m
たかだか5分間の滞在でしたが、大満足の攻略でした。

あまりにも感動したので、また半年以内に帰ってくるぞ〜と誓い、陣跡を
後にしました。

と、帰り道、ちょこっと名護屋城を通りがかったので、ふと横を見ると
さっき行けなかった山里口ではないですか!
時間はなかったけど、ちょっとだけよ〜んと立ち寄ることに。
・・・よかったです。
ここは石垣修理をしてくださっており、当時の姿に復元されており、
ダイナミックな枡形門が体験できます。
大手口が崩壊した石垣に対して、こちらは修復された石垣ですが、丁寧な
修復作業は当時の姿通りという言葉通り、風情があり、力強さを感じます。
ここも見所の一つだと思いました。

さて、ここから唐津駅までまた自転車で帰ったのですが、自転車で唐津か
らお越しになる皆様! っているのだろうか(−−)
帰り道には十分ご注意を!
うっかり、呼子に行かないように・・・大回りになって遠くなりまする。
橋を渡ってすぐのみちを右に行かないと大変なことに。
というよりですね。
行きはヨイヨイ、帰りは怖い〜
という歌もあるように、行きにはあんだけ曲がり角ごとにあった「←名護屋
城跡」という看板に対し、帰りは「←唐津」という看板がほとんどないんで
す。

ということで、ほとんど勘で帰らなければならなくなるので、唐津から自転
車で名護屋城に行こうと思っている方は、行く時のコースをしっかり覚えて
参りましょう〜
え? もういいって・・・失礼しました〜

帰りは下り坂なので、50分ほどで帰れました。
ので、無事に東京にその日の内に帰る事ができ、5泊6日の九州攻めの旅は
終わりを迎えることができました!

これにて九州攻めのご報告を終了したいと思います。
最後までお読みになった方々、本当にありがとうございます。
また、ご一緒してくださった、Kさん、Iさん、Hさんありがとうご
ざいました!
2日の日はお忙しい中、某のために宴を開いてくださった、Nさん、
Mさん、Nさん、夜遅くまでありがとうございました!
ほんに楽しい宴でした(^^)

それでは、失礼いたいまする。

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